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“アイツ”

 久し振りの快楽だった為か、トビィとの相性がよかったのか。

 思考を奪われるほどに感じ、乱れる。

 それともただ、先程言われた言葉を忘れたくて溺れたのか。

 自覚してはいけないと抑えていた感情が、暴走しそうになると同時に牽制され、行き場を失った。

 

 ……気づかれていただなんて。

 

 口を塞いで声を押し殺し、それでも溢れる自分の嬌声を聞きながら、ガーベラはうっすらと瞳を開く。トビィの長い髪が、自分の肩にかかっている。

 紫銀の髪。それは、“アイツ”と同じ髪の色。

 二人の着衣が乱れることはほとんどなく、ただ、荒い息遣いが響き渡る。主導権をトビィに最初から渡してしまったガーベラの意識は、すっかり飛んだ。

 舌打ちしたトビィは瞳に入った木の葉に、自嘲気味に笑った。もう多くは紅葉しているか落ち葉として地に降り積もろうとしているのに、何故か一枚だけ若々しい緑色した美しいものがある。

 誰にも穢されず、周りにも流されず、凛とそこにある葉。

 トビィは、愛しい娘の名を呼んだ。その葉の色によく似た、深い緑色の瞳を持つ愛くるしい娘の名を。先程ガーベラに皮肉たっぷりに言われた言葉が甦り、それを払うかのように腰を振る。

 

「どうしてオレを選ばなかったのか、だと? 馬鹿げたことを訊いてくれる。……()()()()()()()()()()()()()()()


 悲壮感に満ちた瞳が、揺らぐ。

 トビィが苦し紛れに発したその言葉を、喘ぐガーベラが知る事はなかった。


「溜飲は下がったか」


 どのくらいの時間が経過したのだろう。

 幾度か絶頂を迎えたガーベラは立ち上がることが出来ず、長椅子に座らされていた。余裕のない瞳で見やると、トビィは平然としている。


「貴方、()()()()()()でしょう?」


 吐き捨てるように告げ、唇を噛む。娼婦だった頃、客は全員褒めてくれた。顔も身体も最高だと、もう他の女など抱けないと。

 ところがどうだろう、目の前の男を満足させることは出来なかったらしい。

 屈辱感で身体が小刻みに震える。ガーベラは居た堪れない気持ちになって、カクンと俯いた。身体は冷えているのに、顏だけが羞恥心で熱い。


「気にするな」


 飄々と告げられ、余計に腹が立った。女として失格だと言われたような気がして、自尊心が打ち砕かれる。


「オレが愛しているのは、お前じゃない。アサギだ」

「私はトランシスを愛していないとでも?」


 売り言葉に買い言葉、名前を告げてしまい喉を鳴らす。トビィは軽く目を見開き、呆れたように肩を竦めた。


「愛しているのか? アイツのことなど、何も知らないだろ」

「だ、黙って」


 硬直し押し黙るガーベラに、トビィは深い溜息を吐いた。


「まぁいい。他人の想いなど、知ったことではない。お前も言っただろ、この関係は利害の一致。今後も適当な男がいないのならオレを呼べ」

「……お互いに、本命には手が出せないから。ということね」

「そういうことだ」


 憎々しげにトビィを睨む。暗すぎて彼がどのような表情でいるのか分からないが、何処となく寂しそうに思えた。


「身体を冷やす。帰るぞ」

「そういう優しさは、閨事で見せて頂戴」

「アサギになら見せる」

「本当に嫌な男」


 ただ、足に力が入らない。少しだけ休んでから、二人は館に戻ることにした。

 先を行く広い背中を見やり、ガーベラは唇を噛む。確かに、少しだけ気持ちは静まった気がした。抱えていた秘めた想いを予期せぬ形で声に出せたから、鬱憤が晴れたのか。

 いけ好かない男ではあるが、この関係は崩してはならないと思っている。遣り切れない想いを吐き出す場は、精神安定のために必要なのだから。


「確かに、利害の一致ね」


 トビィは、抱きたくもない女を抱く。

 ガーベラは、抱かれたい男に似た男に抱かれる。

 そこまで考えて、ガーベラは我に返った。


「ねぇ、私が言うものもなんだけど……トビィに利点はあるの?」


 マントを掴み申し訳なさそうに告げると、トビィは皮肉めいて笑った。


「存外謙虚だな。……害だけだとは思うが、一応利点もある」

「そこはお世辞でも構わないから『ある』と言って欲しかったわ。でも、裏表がない貴方だもの、許してあげる」

「どーも」


 満足できない女を抱いて、何が愉しいのだろう。

 ガーベラは不思議に思ったが、言葉に甘えて自分だけよい思いをすることにした。使えるものは、なんだって利用する。


 小望月が雲に覆われた頃、二人は人目を忍ぶように館に戻った。

 とはいえ、足を踏み入れたのはガーベラだけで、トビィは再び出掛ける。相棒の竜に跨り去っていく姿は、暗闇に溶け込み見えなかった。ただ、風を切る羽音は微かに聞こえる。

 まだ部屋には戻りたくないでしょうね、と小さく呟き、ガーベラは冷える身体を擦った。自室へ行く前に温かな酒でも飲もうと、自然と足は食堂に向かう。

 夜風にあたり、すっかり身体は冷めてしまった。

 未だ、身体の芯は熱いのに。そして、何処か疼くのに。

 先程の情事を思い出し、ガーベラは気怠く壁にもたれかかる。甘い言葉も囁かれず、極力身体は触れ合わず、それでいて快楽だけは与えてくれた。

 

「本当に、嫌な男」


 苦虫を潰したような顔をして、ガーベラは毒を吐く。ずっと背後からで、彼の表情すら解らなかった。悔しいのは、それでもこちらは幾度か絶頂を迎えてしまったということだ。

 平然と去る男相手に。


『抱いた女には情が湧く』


 男たちは寝台でそう囁き、恋人のような戯れをしたものだが、トビィは違う。

 

「あの人には愛する女がいるものね。私への情なんて、ないもの」


 低く自嘲気味に呟くと、ふらつく足取りで食堂に入る。

 悲しいわけではない、久し振りに動かした身体が軋んでいるだけだ、と言い聞かせた。ただ、元娼婦としての自尊心は間違いなく傷をつけられた。


「失敗したかしら」


 卓子に突っ伏し項垂れるガーベラは、酒を飲む気が失せ静かに瞳を閉じる。

 身体が重く、沈んでいく。もう、起き上がりたくない。

 

「アレ、こんばんはー」


 このまま眠ってしまおうと思っていた矢先、その声に叩き起こされた。

 

「こっ、こんばんは」


 緊張で声が裏返る。

 顔を上げて微笑もうとしたが、飛び込んできた姿に小さな悲鳴を上げて仰け反った。とんだ取り乱しように、恥じたガーベラは顔を赤く染めて俯く。

 

「あー、ごめんごめん、人がいるなんて思わなくて」


 トビィに釘を刺された“アイツ”。

 トランシスが、上半身を曝け出した状態で姿を現した。

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