■着飾った男と女
よく通る声は、皆が顔を見に行くほどに注目された。
「お招きいただき、ありがとうございます!」
薄桃色のミニドレスで現れたアサギは、朗らかに微笑む。髪を上げ、紫色の装飾品を見にまとう姿は、普段より大人びて見える。
上品で煌びやかな姿に、誰しもが目を奪われた。改めて存在感に圧倒され、ガーベラは溜息を吐く。
そして、ドクンと胸が高鳴った。
「ぁ……」
隣にいる性的魅力に溢れた男に目を奪われ、艶を含んだ溜息がもれる。
きっちりと身支度を整えた誇らしげなトランシスに、身体の芯が熱くなった。自分のものだから手を出すな、という独占欲がひしひしと伝わってくるほど、過剰にアサギと密接し歩いている。
挨拶に行こうと思ったが、天界人に唄をせがまれる。断り切れず、披露することになった。
「私たちを引き離すことが出来ますか 私たちが出会うことは宿命です
私たちは愛し合うことを止めないでしょう 例えこの身が滅びようとも
私たちの思い出は消えません いつまでも憶えています
私たちは忘れることはありません 例え、この身が滅びたとしても」
唄っている間も、トランシスを見続ける。彼に唄が届けばよいのにと思い、声を張り上げた。
艶やかで繊細な節回しに、多くの者が耳を傾ける。
数多の瞳が一斉にガーベラに注がれると、眩暈に似た恍惚感におそわれた。最近この感覚がやみつきで、身震いする。
自分の唄は、何処でも人々の関心を引く。その事実が嬉しい。
しかし、すぐに心が冷える。
トランシスはこちらを見ていない、彼はアサギを見入っている。
これは恋なのか、それとも闘争心に火が付いただけなのか。自分でも答えが分からぬまま、唄い続けた。
「我は忘れない 君のことを
愛しい愛しい、君のことを
いつの日か 君をこの胸に抱く時を夢見て
今度こそ 君を抱きしめることを夢見て
我の思い出は消えることなく
あぁ 愛しい君
どうして君はあの時裏切った
あぁ 愛しい君
裏切った君が酷く憎らしいよ
こんなにも愛していたのに
愛しているよ 愛しているよ
愛しているから 戻っておいで
我の愛しく美しい君
神に愛された 美しい少女
早く我のモノになれ
我に殺される前に」
途切れたら彼らに挨拶をしたいが、天界人たちは遠慮を知らず、次から次へと所望する。流石に疲れてきたガーベラは、マダーニに助け舟を求めて離席した。
会場を出て、石の配置が美しい庭にやって来た。芳しい若葉の匂いが充満している中で、蜂蜜が入った湯を飲む。溜息を吐き、唇を噛み締めた。
ここは静かだ。頭の火照りを冷やしてくれる。
「一度も、私を見なかった」
ガーベラは唇を噛み締めた。唄でトランシスを揺さぶることが出来なかった事実が、とても悔しい。
しかし、それだけではないのだ。
『オレ、ここへ来て日が浅いから、馴染めなくて。ガーベラは話しやすい気がする』
『それは嬉しいわ。私も来たばかりだから、仲良くしましょう』
そんな会話を交わした日を懐かしく思い、項垂れる。手を振ったり、会釈をしたり、知人として挨拶がしたかった。
「恋じゃないわ。同年代の異性の友達は初めてだから、どうしてよいのか分からなくて浮かれているだけよ。彼とは上手くやっていけそうだもの、もっと仲良くなりたい」
諄々と説教するように、自分に言い聞かせる。
憂鬱な顔つきで周囲を見渡すと、噴水がまるで生き物のように踊っていた。近寄り、水飛沫に身を委ねる。
水面に浮く大きな花びらをつまみ、そっと鼻を寄せた。柑橘系のような爽やかな香りに、心が真っ直ぐになっていく。
「戻りましょう。私は招かれた歌姫、楽しまないと損だわ」
水面に映る着飾った自分を見て自嘲気味に微笑むと、ゆっくり踵を返した。
会場に戻ると、マダーニとアリナに声をかけられる。待っていてくれたらしく、美味い酒を勧められた。
「さぁ、呑みましょう!」
「ぃえーっ!」
二人の騒々しさは、沈んだ心を吹き飛ばしてくれる。天界人たちは露骨に顔を顰めたが、ガーベラは気にしなかった。
三人で美酒を味わっていたが、瞳の隅に映ったトランシスに目を奪われる。意識しないと決めたのに、何故か追っていた。
執着していると恥じて目を逸らそうとしたが、彼は少し酔っているようだった。ほどよく着崩された衣服は、だらしないというより色気を引き立たせている。危険な香りが漂う品行が悪い男は苦手だが、彼は平気だ。
それどころか、眺めていたいほど魅力的だった。
ただ、困惑しているアサギに何か告げており、様子がおかしい。助けに行くべきだろうかと思案していると、二人が消える。
どうやら、カーテンに隠れたらしい。
凝視していると、時折カーテンが揺れる。身を潜め、愛を語っているのだろうとそう思った。
胸を掻き毟られるような思いで、酒を煽る。不思議なことではない、二人は恋人なのだから。
絞首されているように息苦しくて、壁にもたれかかる。それでも、微かに揺れるカーテンを見ていた。
「アサギを見なかったか?」
怒りに震えた声を出し、トビィがアリナと会話している。
あそこにいるわよ、と教えるために、右手を動かそうとした。けれども、棒のように強張って動かない。
教えたら、二人の秘事が曝される。カーテンの中で濃厚に抱き合い、接吻をしているのかもしれない。
そんな姿は見たくないと漠然と思った。
だから、ガーベラは言わなかった。
唇を噛み締め、二人を捜すトビィとアリナの声を潮騒のように聞き流す。