■才色兼備な歌姫であるために
白いほどに冴えかえった太陽光の中。
食材を抱えて戻ってきたガーベラの顔は、心が満たされ明るい。
「こんなに満ち足りた生活でよいのかしら」
疑心してしまうほどに、充実している。
宿で寝泊まりしていた時より仕事は増えて忙しいが、友人が増えたので楽しい。
暇を見つけては、館にいるマダーニと、市長の娘であるアリナが文字を教えてくれた。街の案内もしてくれるし、唄の仕事が無い時は共に呑みに出歩いている。三人一緒なので、夜道も心強い。
また、彼女らの伝手で、唄の仕事も随分と増えた。学校や酒場で唄えるのは、二人のおかげだ。
唄だけでなく、率先して食事を作っているし、庭の手入れも欠かさない。あまりの働きぶりに、相応の給料が支払われることも決定した。
文字が書けるようになったので、昨日アリナが祝いとして上等な羊紙を贈ってくれた。ガーベラは、そこに日記をつけることにしている。
紙が文字で埋まる様子は、見ていて楽しいだろうと思った。
この世界についてもなんとなく分かって来た。
アサギを含めた勇者は、地球という惑星から召喚された子供たちらしい。魔王を倒したというのに、何故今も勇者らが動いているのか問うと、“破壊の姫君”なる新たな脅威に備えているという。
実感がわかないので、今でも雲の上の話だと思っている。
この館は、新たな戦いに身を投じる勇者一行が住まう場所。そんな中に唄うことしか出来ない自分が紛れてよいのか狼狽えたが、仲間たちは親しみやすく、すぐに打ち解けた。
破れた衣服を直したり、薬草や食材を買い出しに行くことも嫌な顔一つせず手伝う。何事にも真面目で一生懸命な為、非常に重宝された。自分が出来る範囲で、求められることをしている。
「今日も楽しかった」
会話をし、少しずつ皆の事を知っていく。そして自分を知ってもらい、打ち解ける。
以前よりも生き生きとしたガーベラは、数日後、新たな人物をアサギから紹介された。
「前話していた、ガーベラだよ。とっても歌が上手なの!」
にこやかに微笑み、とっておきの宝物を披露するようなアサギ。
また新しい人かと、疲れた顔を向けたトランシス。
幼いアサギに、自分と同じような年齢の恋人がいたことに驚きを隠せなかったガーベラ。
腕を組み、複雑な心境でそれを見ていたトビィ。
「……初めまして、トランシスです」
「初めまして、ガーベラと申します」
キィィィ、カトン。
何かが鳴る音とともに、ガーベラの金髪がふわりと揺れた。
果実酒を紅茶に垂らし、香りを愉しむ。
気難しい顔をしていたガーベラに、文字を教えていたマダーニが首を傾げた。
「どうしたの?」
「あの、訊いても構わないかしら。トビィと、アサギの恋人のトランシスさんって、色々と似ているのだけれど兄弟なの?」
先日アサギに紹介された男。
何処かで見たような気がすると思ったら、トビィに雰囲気がよく似ていた。彼のほうが幼い感じはするが、髪も瞳も同じ色だ。
マダーニはややあって頷き、苦笑する。
「赤の他人よ。私たちも最初見た時驚いた」
「あそこまで似ることがあるのね」
「トランシスちゃんは、惑星マクディという場所の住人。彼は魔王戦にも参戦していないし、ここへ来るようになったのは最近よ。……そうだ、似ているとトビィちゃんに言うと機嫌が悪くなるから、気をつけて」
「気をつけるわ」
二人は肩を竦め、再び勉強に戻る。
ガーベラはトランシスに興味を持ち、少し安堵した。勇者の仲間でなくとも、ここに居てもよいのだと漠然と思った。一体どういう経緯でアサギと知り合ったのか気にはなるが、自分には関係ない。ただ、心強く思えて、親近感が沸く。
「ミシアさんにはあまり御会いしないけれど、彼女は何処に?」
マダーニには、ミシアという妹がいる。二人が似ていたので、トビィたちも兄弟では思ったのだ。彼女は、初日にガーベラが見た同じ年頃の女だった。
「あの子は、病院へ薬草を届けることが多いわね。治癒の魔法が得意だから、怪我人を看てまわってる」
マダーニが嬉しそうに話すので、彼女に睨まれたような気がするとは言えず、ガーベラは口籠る。時折姿を見かけたことはあるが、会話したことはない。
「マダーニの妹さんも、お酒が強いの?」
「あの子は嗜む程度よ」
「一度、お話してみたいわ」
「そうね、今度一緒に呑みましょうっ」
今日の文字書き練習は、会話を文字に起こすことだ。ガーベラは懸命に綴っていた。
「それにしても、覚えが早いわねー! 教え甲斐があるし、何より字が上手い!」
「マダーニにそう言ってもらえると、自信がもてるわ」
上機嫌のマダーニに、ガーベラは照れ臭そうに笑う。
「何か不自由していることはない? 遠慮なく言ってね」
「ありがとう。今のところ大丈夫よ」
一息ついて紅茶を啜っていると、騒がしい足音が近づいてきた。
「よっ、お二人さーん! 菓子を買ってきたから一緒に食べよーっ」
「きゃあっ」
背後からアリナに抱きつかれ、ガーベラは悲鳴を上げた。彼女は誰に対しても遠慮がなく、最初は戸惑った。しかし、慣れてしまえばこの馴れ馴れしさが心地良い。
焼き菓子に柑橘類を蜂蜜で煮込んだものを垂らして食べるらしく、マダーニが皿を用意する。
「また勉強? ガーベラは真面目だなぁ」
「たくさん覚えて、本を読みたいの。歌詞の勉強にもなるし」
「君のそういう何に対しても真剣なトコ、ボク大好き」
口説くように熱のこもった瞳で告げられ、ガーベラは薄く微笑む。娼館に居た時にはよく告げられたが、彼女の言葉は似て非なるものだ。
「アリナはどうして同性が好きなの?」
爽やかな柑橘を紅茶で流し、ガーベラは問う。同性愛者に偏見はないつもりだが、初めて見たので気になった。
「うーん、可愛いからかな。考えたことがなかった」
驚嘆した様子でアリナは告げ、菓子を頬張る。
「こんなボクは嫌い? ところで今夜どう?」
「ふふっ、考えておくわ」
手を握られ、情欲の瞳で見つめられる。冗談か本心か分からないが、普通に流している。
娼館に居た時と同じように、同じ年頃の女と語り合う。二人はまるでニキとエミィのようで、とても落ち着く。
「それにしてもガーベラは才色兼備だなぁ。惑星チュザーレでも有名な歌姫だったろ?」
アリナの素朴な問いに、ガーベラはにっこりと微笑んだ。
「いいえ。売れない唄い手だったの。飲食店で働きながら唄っていたけれど、褒めてくれる人はほとんどいなかった。だから、こちらへ来て驚いたのよ。こんな私の唄を必要としてくれる人が大勢いたんだ、って」
「意外……! あの美声を理解出来ない人種が存在するだなんてっ」
「こんなに親切にしてもらって、みんなに受け入れられて。罰が当たりそうなほど幸せ」
懐かしむように語るガーベラに、アリナはしみじみと腕を組んで頷く。
ただ、マダーニはどことなく違和感を覚えて不思議そうに瞬きを繰り返す。以前何気なく訊ねた時もそうだった、ガーベラは過去の事を極力話さない。今が幸せだと、すぐに切り替えてしまう。余程辛い思いをしたのだろうと、遠慮して追及しなかった。
ガーベラもまた、言葉を濁すことに若干の抵抗があった。信頼している二人には本当のことを話してもよいのではないかと思いつつ、汚れた自分は徹底して隠すと決めたので嘘を吐く。
娼婦であった自分は、消さねばならないのだ。輝かしい未来のために。