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■歌姫ガーベラ

 今日も高らかに声を張り上げる。

 鋭利な視線に気づきそちらを見やると、トビィだった。時折様子を見に来てくれる彼は、律儀な男だ。ただ、その視線は自分に気があるのではないかと勘違いしてしまうほど熱く難儀に思える。

 多くいる女の中で、自分だけを見つめる瞳。それはアサギの為であり、他意はないと知っている。ガーベラは身の程を弁えているつもりだった。

 ゆえに、そ知らぬ顔をして唄い続ける。


『金髪碧眼の容姿端麗な()()


 やがて、自分がそう噂されていることを知った。

 容姿を褒められることはさほど嬉しく思えなかったが、自分の武器だと割り切っている。だが、声を褒められると、純粋に胸がときめく。

 もう、娼婦ガーベラではない。

 歌姫ガーベラと誇ってよいのだと、興奮した。


「何処の国から来たのだろう。本当に不思議な曲調だ、素晴らしい」


 惑星が違うためか、住民らは異国の雰囲気に圧倒されていた。


「なんと美しい声だろう。それなのに、どこか物悲しい言葉の並びが心を揺さぶる」


 爪先から鳥肌が立つような抑揚のある歌声は、人々を魅了した。

 何処にいても凛とした佇まいで堂々と胸を張り、高音から入る歌い方は第一声で人を虜にする。道行く人々も、多くが足を止めてしまう。


「実を幾つも幾つも 恩恵を受けてならせたもう

 至上の楽園に育つ大木 誰しもが欲し手を伸ばす

 魅惑で甘美なその実を 惜しげもなく人々に分け与えん

 一口齧れば笑み溢し 二口齧れば涙溢れ

 三口齧れば生命湧き出る

 全ての生命の根源は ただ皆に分け与える

 実を口にし、幸せそうに微笑む生命達を

 この上ない喜びだと思い 大木は歓喜する 

 風に乗って声を出し 多くの生命を呼び寄せる


 浅葱色した、綺麗な花が咲き誇る

 不思議な色合い 幻想の扉

 触れたくとも触れられない 魅惑的な異界の花

 触れた者には幸福有りと 広がる噂に皆奔放する

 けれども花は見つからない たった一輪の花を探し

 人々は滑稽に駆け巡った


 焦がれて欲する私の楽園

 浅葱色した花と共に その花の隣に芽吹きましょう

 そこで咲きましょう 永遠に咲き誇りましょう

 勇気を下さい そこで咲き誇れる勇気を下さい

 摑めない空虚な花ではなく 誰からも触れられる花を目指しましょう


 所詮は御伽噺 手にした者など一人もおらず


 者は極き、臆病の者

 弱くて、強く、反した者たちの楽園を」


 暫くすると、トビィから話を聞いたアサギも時間を作り、唄を聴きに出向いた。

 公園にはかなりの人が集まっているものの、ガーベラは目立つ二人をすぐに見つける。アサギが元気いっぱいに手を振るので、軽く手を挙げて苦笑した。

 毎日唄っているが、この街の人々は飽きもせずに立ち寄ってくれた。人気にあやかろうと、屋台を出す店も増えている。

 危うい陽炎のように実感はないが、これらの集客は努力の賜物。謙虚に生きねば、図に乗ってはならぬと言い聞かせるが、それでも事実に興奮する。

 人々を見渡し、一人一人に声を届けるように唄う。その気遣いが彼らの心を捉えていることを、ガーベラは知らない。特に今日は二人が揃っているので、いつも以上に感謝を籠めた。

 数曲唄うと、世界が揺れるような拍手が巻き起こる。いつも、この瞬間が爽快だ。足元から痺れて、絶頂を迎えたような感覚に陥ってしまう。


「あの、ガーベラ! お部屋が一つ余っているのです。よかったら、私たちの館に住みませんか?」


 大喝采の後、人々が散らばっていく。

 頃合いを見て駆け寄って来たアサギに、ガーベラは瞳を丸くした。頬を朱色に染めて提案され、戸惑う。トビィを見やると、苦笑している。


「私がお邪魔して問題はないのかしら?」

「はいっ!」


 アサギはガーベラが一番だと心酔していた。まるで、御伽話に出て来る姫君のような容姿と、天使の歌声。心が安らぐ歌声に、心と身体を委ねてしまう。

 熱狂的な支援者となったアサギに怖気づきつつも、ガーベラは差し伸べられた手を拒まなかった。働き口は幾らでもあるが、慣れない土地では何かと不便。顔見知りがいてくれるだけで安心できるので、はにかんだ笑みを浮かべる。


「宿代は不要だ。だが、食事や掃除などを手伝ってくれると皆助かる」

「では、お言葉に甘えて。掃除洗濯は任せて、料理も得意よ」


 宿代くらいは今の稼ぎでまかなえているが、余裕があれば教会に寄付していたため、所持金は増えていない。好条件だと思い、喜んで頷く。

 

「やったー! あの、時間がある時に唄を教えてください」

「まぁっ、勇者に唄を教えるだなんて、そんなこと」


 アサギには太陽の光に向かい、伸び伸びと育つ若芽のような真っ直ぐさがある。純真無垢で、正直苦手だ。

 しかし、好意は受け止めたい。彼女の口から出る言葉は本心だと分かっているからこそ、歯痒い。打算をし、仕事とはいえ嘘を言い続けてきた自分がより一層醜く思えてしまう。

 けれでも、過去は捨てたのだ。自分も光の中を進まねばと唇を噛んだ。

 今の自分は、栄光の中を進む女なのだから。


「オレとしては反対だが、アサギが言う通り一部屋余っている。それに、食事係を募集しようと思っていたところで都合がよかった」

「歓迎してくれないのね、トビィ」

「自分の力で伸し上がるところが見たかったので」


 大喜びで飛び跳ねているアサギとは反対に、トビィは気難しい顔をしている。つまらないと肩を竦めたガーベラは、大袈裟に瞳を伏せた。


「いつ頃、館へ来られる?」

「明日でも構わないわ。荷物などほぼないし」

「了解。宿へ迎えに行く、その時詳細を話そう」

「えぇ、お願い。居候するつもりはないわ、きちんと働く。宿代を払っても構わない」


 トビィは、『彼女から目を離さないでくれ、頼む』そう告げた神の言葉が気になっていた。館に居てくれるのであれば、目が届く。

 胸騒ぎがするものの、よかれと思って招いてしまった。 

 何より、アサギが望んでいたのだ。


 翌朝、トビィに案内されて館へ向かった。

 辿り着いた場所は想像以上に立派で、驚嘆する。三階建ての館を見上げながら庭を通過し、建物に入った。華美ではないが、きちんとした清潔感があって心地良い。ほんのりと甘い香りも漂っている。

 新しい住まいが気に入り、ガーベラはうっとりと溜息を吐いた。


「ここに、勇者と仲間たちが住んでいるの?」

「平たく言えばそうなるが、集合住宅だと思ってくれ。お前の部屋は二階で、オレの向かいだ」

「あら、トビィの部屋もあるの?」

「たまにしか滞在していないが、一応」


 出入口は玄関の一カ所だけなので、分かりやすい。右に進むと、左側に食堂がある。


「皆が多く集まっている時は、分担して食事を作っている。協力してくれると嬉しい」

()()()()()()、食事は当番制だった。大人数分用意することは得意よ」


 故意に、娼館とは言わなかった。ガーベラは、過去を捨てることを徹底している。絶対に知られたくない()()だと思っている。 

 悪い事ばかりではなかったはずなのに。

 食堂への入口には扉がなく、廊下から直接入ることが出来る。中を覗くと、見事な装飾のダイニングテーブルとチェアーが設置されていた。


「素敵ね」

「元は宿泊施設だったらしいが、主人が手放し買い取って改修したらしい。廊下を進んだ真正面の扉の先が、休憩所になっている」

「仲間たちは仲が良いのね。馴染めるかしら」

「話術が得意なお前なら可能だろう」

「得意というわけでは……。話を聞くに徹するのは好きだけれど」


 トビィに案内されながら、ガーベラは感心して周囲を見渡した。


「あら?」


 紫色の髪が揺れ、異国的な美女と視線が交差する。同じくらいの歳だろう、ガーベラは頭を下げた。

 だが、その女は冷徹な視線を向けただけですぐに立ち去ってしまう。


「…………」


 何か粗相でもしたのだろうかと不安になったが、トビィに訊ねることも出来ず口を噤む。

 扉の向こうは茶色の絨毯が敷かれており、様々な物が転がっている場所だった。


「休憩所というか、憩いの場というか。部屋は寝るだけで、皆は大体、食堂かここのどちらかにいるな。雑魚寝している」

「皆さんと気兼ねなく御話が出来るのね」

「あぁ。……ここの掃除も頼めるとありがたい」

「分かったわ、任せて。それにしても、珍しいものがたくさんある」


 ガーベラは、不思議そうにクッションを摘まんだ。勇者が持ち込んだ地球の物で、柄が布に印刷されている。


「どういう技術かしら……。刺繍には見えないのに、華やか」


 布に触れながら感嘆する。


「そのうち説明するが、それはアサギたちの惑星の物だ。想像できないようなものが、あちらには存在する」

「そうなの? 一般人に理解出来るかしら。そもそも私、皆さんのことほとんど知らないのだけれど」

「やたら人数が多いが、気にするな。勇者だけで六人いる」


 聞き流しそうになったが、ガーベラは驚いて目を丸くした。


「そんなにいるの!? てっきりアサギだけかと」

「アサギが()()()()だが、一応他にもいる」


 狼狽しているガーベラを見て、トビィは可笑しくて吹き出した。


「そういえば、オレも最初の頃は驚いた。今ではすっかり慣れたが」

「その勇者たちが、魔王を倒したのね?」

「…………」


 トビィにしては珍しく当惑したような顔を浮かべ、ぎこちなく頷いた。違和感を覚えたが、ガーベラはそれ以上何も言えなかった。

 

「次は浴場だ、この部屋の奥に存在する」

「至れり尽くせりね、何でもある」

「ここの掃除はすでに作業者を雇っているので、掃除は午前中に終わっている。好きなように使うだけでいい」

「不思議な間取りね。でも、入浴後にここで皆さんとお酒を呑み交わしたり出来るのかしら。楽しそう」

「それで溜まり場になって、ここが毎回うるさい」


 肩を竦めたトビィに、ガーベラはつい吹き出した。相当騒がしいのだろう。

 ようやく二階の自室に案内され、荷物を置く。


「皆の紹介はそのうち。面倒見のよい奴がいるから、後で連れて来る」

「ありがとう。助かるわ」


 トビィが出ていくと、ガーベラは寝台に腰掛けた。真新しい布の香りが新鮮で、心が落ち着く。寝台と机以外は何もないが、十分だ。

 窓の外から街を一望し、ガーベラは入り込んだ風に髪を揺らす。

 改めて、自分は強運の持ち主なのだと思った。このような優遇、有り得ない。


「それにしても、ここは眩い。気を付けねば消されてしまいそうな程、強い光で溢れている。心をしっかり持って、私らしく生きていかねば」


 光で影が消えることはない。

 逆に、濃い影が落ちるものだ。


 キィィィ、カトン。


 何処かで、何かの音が鳴る。

挿絵(By みてみん)

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