流浪の唄い手
数日が経過し、新天地にも慣れてきた頃。
ガーベラは自分なりに考えをまとめた。とはいえ、文字を書く事が出来ないので、脳内で留めているだけだ。
「ここは、惑星クレオという場所」
故郷は惑星チュザーレといい、この二つの惑星は、宇宙という広大な空間に存在している。宇宙とは見上げた空のその先を指し、太陽や月、他の天体が浮かんでいる。
惑星を移動することは、勇者の仲間たちに与えられた特権。本来ならば、ガーベラのような一般人が惑星間を移動する手立てはない。
だが、神の愛児である勇者アサギの目に留まったため、この僥倖を得た。
「魔王は勇者が倒したから、今はいない」
真実らしいが、どうにも信用出来ずに溜息を吐く。
勇者アサギは、小柄で華奢。一体どうやって魔王を倒したのだろう。
ただ、事実は誇張するものだと知っている。トビィには否定されたが、魔王を倒したのはアサギではなく、別の屈強な誰かではないかと思っていた。
剣を構えている姿は見たが、戦っている彼女を見たことがない。
この場所で着実に、ガーベラは歌姫として歩み始めた。
『御縁があって、遠い場所から参りました』
そう自己紹介をしており、流れてきた美貌の歌姫に街中が沸いている。自身のことを多く語らないため、様々な憶測が飛び交った。何処かの貴族の娘、もしくは、王族に連なる者。天界人と人間の混血や、はたまた天界人そのものではないかと。
異界からやって来た元娼婦とは、誰も思っていない。
美しい歌声ゆえに、無償だが教会で唄って欲しいと依頼が入るようになったので、毎朝出向いている。
この惑星の聖歌は知らないので唄えなかったが、聞いていたらすぐに覚えた。誰もが唄えるように作られたのか、非常に憶えやすく感心した。
街の人々は神を心から崇拝しており、そこもガーベラの興味を引いた。
早朝に教会で祈りを捧げ、仕事に行く人が多い。しかも、礼拝後には教会から温かな野菜スープが振る舞われる。費用は募金や、有志者からの援助で賄っているそうだ。
身分は関係なく、全員が恩恵を受けられることに感銘した。この街ならば、飢えて命を落とす者はいないだろう。
誰もが笑顔で挨拶をしてくれる、夜に歩いたところで危険な目に遭う事もない。文字が解らないと正直に伝えると、様々な場所で皆が教えてくれた。「軒先に実ったから」と果実をいただき、「作り過ぎたから」と食事をもらい、「余ったからおまけだよ」と様々なものを受け取った。
まさに、天国だった。
主に教会で読み書きを教えてもらい、その御礼として毎朝のスープ作りも手伝い始めた。謙虚で真面目なので、すぐに人々に馴染んでいる。
何もかもが素晴らしく、新しい生活を知れば知るほどに震えた。
そうして、日陰で生きてきた自分が、光と同化し始めたことを知った。
悪く言えば、もてはやされて気が大きくなっていた。
さらに、ガーベラは知らなかった。神が住まう天界で、自分が渦中の存在であることを。
惑星クレオの神の名は、クレロ。空に浮かぶ島に住まう、“天界人”の長。
天界人は自由に空を飛ぶことが出来る種族であり、自分たちが最も高貴だと自負していた。ゆえに、人間や魔族、エルフなど、地上に住まう者たちを蔑んでいる。
魔王が出現しても、彼らが動く事はなかった。人間を救う慈悲も慈愛も、持ち合わせていない。
これが、人間が神と崇めているものの正体。
ただ、天界人は美しいものを好む。人間の中にも、天界人の御眼鏡にかなう者がまれに存在した。それは、容姿であったり、心であったり、才能であったり様々だ。
ガーベラの歌声と美貌は、天界人の興味を引くのに十分だった。彼女の名は、天界でも広がり始めている。
しかし、肝心の神クレロは頭を抱えていた。
「胸騒ぎがするのだよ。……彼女から目を離さないでくれ、頼む」
悪意を期待するかのような空気に曝され、告げられたトビィは背筋が凍るのを感じた。
たかが人間の元娼婦が不安要素であるなど、誰が勘付いたであろう。
ガーベラが新天地へ来ることになったのは、偶然ではない。
必然だ。