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見たいもの

 どう娼館に戻ったのか、あまり記憶がない。

 ニキとエミィに支えられ歩き、二人が代わりに泣いてくれたことはなんとなく思い出した。

 娼館につくなり、満身創痍の姿を見た仲間たちが悲鳴を上げた。そして、手厚く手当てを受けた。


「痛かったろうに、可哀想に」

「どうして娼婦は蔑まれるのだろう。毎日危険と隣り合わせで生きているのに。決して、楽な仕事ではないのに」


 腕や足、背中は腫れ、青あざになっている。顔にも擦り傷があるので、ガーベラは完治するまで休むことになった。

 憤慨した館の主人は、ログとカルヴェネの家へ怒鳴り込みに行こうとした。

 しかし、躍起になる彼を、ガーベラが止める。これ以上騒ぎを大きくしたところで、利はないと説得した。余計に、娼婦の心象が悪くなることが目に見えている。


「だが、これは暴行罪に値する」


 嘆く主人に、ガーベラは困惑し微笑む。

 確かにそうだが、適応されるのは“一般人”のみ。娼婦ではなく普通の娘であったならば、周囲の誰かが助けてくれたに違いない。泣き寝入りかもしれないが、荒立てる気はなかった。

 正直、二度と関わりたくないと思った。


 掃除や洗濯をこなして数日、二人の噂が流れてきた。娼婦仲間はガーベラを気遣い、影で会話していたが聞こえてしまったのだ。

 カルヴェネの両親に責め立てられたログは、逃げるように一家で街を出た。

 そして、向けられる好奇の目に居辛くなったカルヴェネも一家で引っ越した。

 二人共、もう、この街にはいないのだ。


「……本当に、終わってしまったのね」


 ガーベラのせいで破局したわけではないと、皆は言う。しかし、経緯はどうであれ間違いなく原因になってしまった。


「私に会わなければ、あの二人は結婚していただろうに」


 罪悪感で、胸がいっぱいになる。

 だが、寄り添うニキは首を横に振った。


「それは違うよ、ガーベラ。仮にあの二人が結婚しても、どこかで亀裂が走る。破局が先延ばしになっただけ」

「そうかしら……」

「そうとも。真に結ばれる恋人たちであれば、何が起ころうと離れない。離れたとしても、戻る。一時の感情に流されず、強い絆で結ばれ離れられない者を、運命の恋人と呼ぶんだ」


 運命の恋人。

 ログがそう言っていたことを思い出し、口角が自然とあがった。思い上がりも甚だしい。


「ガーベラの美しさに心が揺れる事はあってもいい、男だから。だが、あの男は女二人の気持ちを無視し、自分本位で動いた。アイツが狂ってる。ただ、それを見抜けなかったあの女も、おかしい」

「恋って、人を狂わせる恐ろしいものなのかしら」

「そうだね、好意を抱いた相手を客観的に見ることが出来ない。怖い感情だよ」

「あの人たちも、軽率に恋愛していたわけではないだろうに……」


 嘆くガーベラを、ニキは優しく抱き締める。


「この世に産まれた以上、誰しも運命の相手が何処かに存在する。けれども、逢えるかどうかは解らない。人は皆、業を背負って生きている。……そう習った」

「生きるって、本当に難しいのね」

「うん。だからガーベラ、これ以上自分を責めないで。運が悪かったんだ、妙な男にあたってしまって。罰するべきは、アイツを娼館に連れてきた友人だと思う。原因はソイツらだ」


 沈黙するガーベラの背を撫で、ニキは涙声で続けた。


「悔しい。友人が酷い目に遭っているのに、助けられなかった」

「仕方がないわ、別の場所にいたもの」

「それでも、辛い。ガーベラは優しいから、自己嫌悪に陥ってる。結果的に男を奪ったことになっても、何も悪くない。堂々としていて」

「過去に戻れるなら、どこを正そうか考えてしまう」

「きっと、回避し続けても無駄だよ。破局は避けられない」


 ニキは、懸命にガーベラを慰めた。こちらに非はないと、教え込んだ。


()()()()()()()()()()、運命の恋人。……そんな二人がいるのならば、()()()()()()()


 ニキの言葉を鵜呑みにするならば、自分にも運命の恋人が存在するのだろう。だが、逢いたいとは思えない。 

 しかし、“運命の恋人たち”を()()()とは強く思った。

 その二人の話は、きっと羨ましくて愉しいのだろうと。


「ありがとう、ニキ。避けるべき方法は、幾らでもあった。けれど、今だからこそ気づくこと。これ以上悩むのは止めるわ、あの時の私は、間違った対応をしていなかったもの」


 簡単に吹っ切ることは出来ないが、これ以上自分が苦しんだところで二人の仲が戻るわけではない。戸惑いつつ、柔らかな笑みを浮かべる。


「前向きにいく。でないと、この仕事は向いてない」

「そうだね、ガーベラ。でも……無理して笑う必要は無いよ。客の前では笑っても、仲間たちの前では泣いていい」

「私の運命の恋人は、ニキでは?」

「ふふっ、そうかもね」

 

 友人がいてくれてよかったと、ガーベラは心底感謝した。凍り付いていた心が、じんわりと溶けていく。


 傷が治り復帰すると、意外な事に新規の客が増えた。

 あの一件が広まったらしく、惚れさせてやると闘争心に火が付いた者、噂の娼婦を見物したいだけの者などが押し寄せた。怪我の功名かもしれない。

 そんな中、常連客は「大変だったね」と慰めてくれた。

 客が増えたとしても、淡々と仕事をこなすだけ。ガーベラは今まで通りに対応した。

 泥棒猫と、呼ばれても。

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