賢者アーサーの功績
ワイバーンが去っても、街が平穏を取り戻すまで時間がかかる。
ガーベラが身を置く娼館は無事だったが、破壊された建物も多い。よって、暫くは復興作業に専念することとなった。
力仕事は苦手だが、太陽の下で身体を動かすことは楽しいと思った。作業をしながら口ずさんでいると、気も紛れる。
それを小耳に挟んだ人が、「明るくなるから大声で唄って欲しい」と言ってくれたことも嬉しかった。最初は遠慮していたが、皆が故郷の唄を教えてくれたので、自然と憶えて唄った。
唄うと、辛い作業でも皆の顔に笑みが浮かぶ。改めて、唄の力強さを知った。
他に変わった事といえば、上客が一人減った事だ。
今回の件で、市長は糾弾された。娘のグランディーナが一役買ったと聞いているが、騙されたとはいえワイバーンの卵を購入した市長によって引き起こされた人災である。彼は心を入れ替え、市民の為に尽力すると誓ったらしい。
よって、娼館通いを止めたそうだ。
彼は、挨拶にも来なかった。しかし、未練はないので構わない。娘を大事にし、街の為に働いてくれたらそれで良い。過去を使い脅迫するなど、馬鹿な女がすることだ。
「今夜も頑張りましょうね、稼ぎ時だもの!」
洗濯をしていると、先輩に声をかけられた。正直、男の相手をするより家事のほうが楽しいが、にっこりと笑って頷く。
現在、国が派遣してくれた支援部隊が滞在しており、夜は賑わっていた。
「頭が固い賢者様が共に来ていると聞いたけど、娼館通いをする人が咎められたりしないのかしら。客は嬉しいけれど、心配ね」
ニキが肩を竦めると、エミィが同意する。
「そうね。不興を買って、ここが取り壊されても困るし。でも、案外固い男のほうが、快楽にのめり込むものよ」
噂によると、“賢者アーサー”は、相当な美形で独り身らしい。またとない優良物件だと、狙う娼婦らも多いそうだ。
「でも、その賢者さまには想い人がいるんですって」
「へぇ。お姫様と禁断の恋とか? 雲の上の話ね」
「ううん。この間ここに来てた、めちゃくちゃ可愛い緑の髪の女の子だって。あの子の正体は、勇者らしいよ」
何気なく聞いていたガーベラだが、流石に反応した。
「勇者様なの? あの女の子が? 魔王を倒したの? あの細腕で? 本当に?」
娼婦たちの話は、尽きることなく続く。
「そもそも、この街を支援するよう進言したのは、あの子ですって。あの子が言ったから、賢者様が直々に辺境の港町へ足を運んだそうよ」
「あらまぁ、可愛い顔をして男を扱うのが上手いのね!」
「噂話だから、本当かどうか分からないけどね」
聞きながら、ガーベラはやはり自分とは世界が違うと思った。勇者だから正義感の塊なのか。正義感が強いからこそ、勇者なのか。
弱気を助け、強きを挫く。
偽善ともとれるその行為を堂々と出来る彼女は、やはり光の人間なのだろう。
「いいわね、好きな事が自由に出来る人って」
そんな中、貧困層に手が差し伸べられた。
噂の賢者アーサーが直々に訪れ視察した後、彼らに食事を振る舞い、仕事を振り当てた。きちんと賃金が支払われ、簡素な集合住宅だが家屋も与えらえた。
流石賢者様は違うと皆が称賛し、彼の評判は上がっていく。
熱っぽい視線を送る娼婦に紛れ、ニキとエミィに連れられたガーベラも彼を見た。なるほど、徳の高そうな顔をしていると思ったが、それだけだった。
「素敵よね、アーサー様! 想像以上の美丈夫よっ」
「賢者だけれど、剣術にも秀でていらっしゃるそうよ! 服の下はすごいんですってっ!」
「あぁん、一夜でいいからお相手したいっ!」
「『おぉ、麗しき姫よ。共に我が国へ参りませんか、貴女なしでは生きていけませぬ』……なんて、求婚されたりしないかなぁっ」
「ごめん、多分それはない」
色々な意味で、街は活気で溢れた。
男一人でこうも楽しめるのはよい事だと、ガーベラも混じって笑った。