港町カーツの娼婦
穏やかな日差しが降り注ぐ、晴天。
明け方まで降り続いていた雨は嘘のように消え去って、空には澄んだ碧が広がる。純白の雲が綿飴のようにふんわりと空に漂う、そんな午後だった。
賑わう商店街の高級服屋の前で、少女たちは溜息を吐く。
「さーっすが、ラシェ様の洋服っ。きっれーいっ」
店先に飾られている、煌びやかなドレス。食い入るように見つめていた少女が、甲高い歓声を上げた。
後ろで友人二人が肩を竦め、苦笑する。
通り行く人々が、店に不釣合いな彼女らに蔑んだ視線を投げて通り過ぎていった。
この街で知らない者はいない、他国にも名を馳せている高級服屋とお世辞にも育ちがよいとは思えない少女たち。
「でも、ここの服はエミィには似合わないんじゃないかな」
黒髪の少女が、そっとエミィの肩に手を置く。
「何よ。……胸が不足しているって言いたいの?」
「そこまでは言ってない」
唇を尖らせ、その手を振り払うエミィはそっぽを向いた。
機嫌を損ねてしまったことを詫びる様子もなく、艶やかな黒髪をかき上げニキは呆れたように呟く。
「ガーベラなら、似合うけれどね。そもそも、あの服は……」
ニキが後ろを振り返ると、ガーベラが困惑気味に笑みを浮かべていた。
一際異彩を放つ彼女は、同性の目から見ても麗しい。見事な糸のように煌めく金髪に、蒼玉に似た憂いを帯びた瞳。常にうっすらと微笑むその姿は、誰でも魅入ってしまうような存在感を醸し出している。
今年で十七歳になるガーベラは、少女の初々しさと女の色気を絶妙に持ち合わせていた。
「あらあらー、こんなところに娼婦が三人も? 汚らわしい、消えて欲しいですわーっ」
「いやぁねぇ、みっともない。いくら着飾っても、醜さは隠せなくてよ」
棘のある声に、三人は眉を顰め緊張感を走らせる。
高級服屋ラシェの店から、少女たちが数人かしこまって出てきた。磨かれた宝石をこれみよがしに身にまとい、嘲笑しながらガーベラらを一瞥する。
「市長の娘グランディーナと、取り巻きたちよ」
ニキが、ガーベラに耳打ちする。
「……そう。あの子が」
うわ言のように呟いたガーベラは、小さく頷いた。グランディーナは、燃えるような赤髪。氷に似た嘲笑を唇の端に浮かべ、意地悪な光をたたえた瞳で射抜くようにこちらを見ている。
富裕層からしたら、こちら側は廃棄物同然なのだろう。同じ人間と思っていないような憎悪を向けてくる。
「もう一度言うわねー? ここはねぇ、貴女たちが来られるような場所じゃないのー。今をときめく大人気服飾家ラシェ様のお店よ。まぁ、ラシェ様自身が端正な顔立ちですし、お洋服も心が震えるほど素晴らしいから、憧れる気持ちは分かりますわ。見ているだけでうっとりしてしまいますけれどー、お近づきになろうだなんて、勘違いも甚だしい!」
「ですわーっ! そもそも、私たちのような上流階級の者が袖を通さねば、お洋服が気の毒っ」
「といいますか、貴女方には購入出来ませんよねぇ? 喉から手が出る程欲しいのでしょうが、着ていく場所もないのではなくて?」
おーっほほほほほっ!
扇子を片手に、彼女らは一斉に高笑いをした。
「ぶふっ」
あまりに息があった笑い方に、堪え切れずエミィが吹き出す。ここまで来ると、馬鹿にされていても愉快だ。寧ろ、彼女らが滑稽だ。
エミィを刃物のように鋭利な視線で射抜いてから、グランディーナは鼻の穴を膨らませる。顎で指しずし、後方に控えていた友人に催促する。
「ラシェ様は、数年前まで上流階級の御婦人方を対象とした衣装を手掛けておられました。けれども、一年ほど前から私たちの年代も着られる、若々しく華やかで、それでいて艶っぽさを感じさせる衣装を作り始めたのです」
「分を弁えぬ貴女たちに教えてあげる。血反吐を吐いてお金を貯めても、娼婦には似つかわしくないお店なの。品位を損なうわ、もう来ないで頂戴」
「でも、『娼婦お断り』なんて書いてないわ。誰でも入ってよいと思う。だって、私たちはお店からしたらお客様よ。身なりだってきちんとしている」
エミィが不思議そうに首を傾げ、正論を告げた。
「減らず口をっ! 口は達者なのね、それで殿方を翻弄するのかしら。ああいやだ、汚らわしいっ」
「同じ空気を吸うのも耐えられないっ。グランディーナ様、行きましょう」
「んもうっ! 折角ラシェ様に採寸していただけて夢心地だったのに。最悪ですわっ」
こんな時まで優雅に身を翻し去っていく彼女たちを見送り、ニキは疲弊した溜息を吐く。
「お嬢様たちから見たら、私たち娼婦は汚れた女。仕方がない」
「でも、イラッとする。一体私たちが何をしたって言うの。そもそも、あそこに飾られているお洋服は」
ガーベラたちは、静かになった店の前で再度洋服を見つめた。
身体の線を強調する、黒色のドレス。それはまるで、黒百合。品良く作られており、適度な露出で着てみると派手ではない。
「ガーベラの為に作られたものでしょ」