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第80話「俺の剣はお前の工具だ」

 レオンが鞘から剣を抜いた。


 かちゃり。金属が金属を擦る音。暗闇の中で、壁面の自発光に照らされた刀身が——青白く光った。


 介錯の剣。処刑騎士の家系に伝わる剣。千年の歴史の中で聖女を殺すために振るわれ続けた剣。石の床に突き立てた剣。師匠に「もう抜くな」と言われた剣。


 レオンが——その剣を、アカリに向けて差し出した。


 柄の方を向けて。


 刃ではなく、柄。


 「使え」


 アカリはレオンの目を見た。灰色の目。揺るぎない目。


 「電極にするんだろう。回路に電気を流すために。金属の棒が必要なんだろう」


 「……うん」


 「俺の剣はお前の工具だ」


 アカリの手が——剣の柄に触れた。


 重い。


 片手で持てるが、ずっしりと重い。ステッキとは比べものにならない。鍛えられた鋼。人を殺すために最適化された重量バランス。刀身は——六十センチくらい。幅は三センチ。厚みは五ミリ。


 鋼。導電体。銅ほど導電率は高くないが——電気は通す。


 「……ありがとう、レオン」


 レオンは何も言わなかった。空になった右手を見下ろした。剣がない右手。空っぽの鞘。処刑騎士が剣を手放した。


          ◇


 石の床に材料を並べた。


 歯車プローブ。真鍮の歯車。直径四センチ。歯が十二本。七本が残っている。


 永久磁石。スピーカーから外した磁石。直径八ミリ。


 銅線。残り一メートル半。


 レオンの剣。六十センチの鋼の刀身。


 これで——発電機を作る。


 「ザインさん」


 「何だ」


 「磁石の近くで金属を動かすと、電気が生まれる。私の世界では——ファラデーの法則って呼んでる。磁場の中で導体を動かすと、導体に電圧が発生する」


 ザインが数秒黙った。


 「……魔力の場の中で金属を動かすと、金属に魔力の流れが誘導される。同じ原理か」


 「同じ原理だと思う。磁石が魔力の場を持ってるなら——この磁石の近くで銅線を回せば、銅線に電流が流れる」


 「逆でもいい。銅線のコイルの近くで磁石を回してもいい」


 「そう。どっちでもいい。動くのが磁石でもコイルでも、相対的に動けば電流が生まれる」


 ザインの声が——変わっていた。興味の声。理論家が新しい理論に触れたときの声。


 「それを——どう組み立てる」


 アカリは石の床の上で、指を動かした。ティックの燐光に照らされた指が、空気中に設計図を描いた。


 「まず銅線をコイルにする。残りの一メートル半を——直径三センチくらいの筒状に巻く。十五回巻きくらい。これが電気を受け取る側」


 「コイルの巻き数で出力が変わるのか」


 「変わる。巻き数が多いほど出力が上がる。十五回巻きで足りるかどうかは——やってみないとわからない」


 「続けろ」


 「コイルの中心を磁石が通過するように配置する。磁石を歯車に固定する。歯車を回せば磁石が回る。磁石が回ればコイルに電流が生まれる」


 「歯車の回転軸は」


 「——剣」


 アカリはレオンの剣を見た。


 「剣の刀身の先端に歯車を固定する。剣先が回転軸になる。柄を持って刀身を回す——んじゃなくて、柄を固定して、歯車の方を回す。剣先の尖りが軸受けになる」


 「軸受け」


 「回転体を支える支点。剣先が石の窪みに入れば——歯車が剣先を中心に回転できる。コマと同じ原理」


 アカリの手が動き始めた。


 銅線を巻く。残りの一メートル半。精密ドライバーの軸に巻きつけて、筒状のコイルを作る。一巻き。二巻き。三巻き。暗闘の中で、指先の感覚だけで。巻き数を数える。四巻き。五巻き。均一に。隙間なく。重ならないように。


 十五巻き。


 コイルができた。直径三センチ。長さ二センチ。小さなコイル。しかし——これが電流を生む。


 次に歯車。真鍮の歯車の裏面に、永久磁石を固定する。固定材は——LED基板から取った銅箔の切れ端。磁石の磁力で歯車の金属面に吸着している。しかし回転の遠心力で飛ばないように、銅箔の端を歯車の穴に通して折り曲げた。原始的な固定。しかし——持つはずだ。


 剣の先端。刀身の尖り。ここに歯車の中心穴を嵌める。歯車の中心には、もともとネジ穴があった。ステッキの本体に固定するためのネジ穴。直径三ミリ。剣先の尖りが——三ミリの穴に入る。


 入った。


 歯車が剣先に嵌った。回してみた。くるり。回る。剣先を軸にして歯車が回転する。磁石が回る。


 コイルを歯車の近くに配置する。歯車が回ったとき、磁石がコイルの中心を通過する位置に。コイルの固定は——ステッキのプラスチック本体の残骸を支柱にして、壁面に押し当てた。


 「……組み立て完了」


 アカリは石の床の上の発電機を見下ろした。


 みすぼらしかった。


 介錯の剣の先端に、コスプレ衣装の歯車が嵌まっている。歯車の裏にスピーカーの磁石が貼りついている。その隣に、銅線を巻いたコイルが壊れたステッキの残骸に支えられて立っている。


 中学理科の教科書に載っている簡易発電機。しかし材料が——異世界の処刑騎士の剣と、日本の女子高生のコスプレ道具。


 「これで——電気が作れる」


 レオンが発電機を見ていた。自分の剣が歯車の軸になっている光景を。


 「……回せばいいのか」


 「うん。歯車を回す。速く回すほど電流が大きくなる。でも——」


 「でも?」


 「一人で回しながら、同時にコイルの出力を回路に接続する作業ができない。回す人と、接続する人が必要。接続は私がやる。剣先の固定と歯車の回転は——力がいる。レオンの仕事」


 「わかった」


 レオンが剣の柄を握った。


 違う握り方だった。人を殺すための握りではなかった。工具を扱うための握り。剣を水平に保って、先端の歯車が安定して回るように。


 「もう一つ問題がある」


 ザインの声が飛んだ。


 「コイルの出力は微弱だ。十五巻きのコイルと八ミリの磁石では——バイパス回路を起動するのに十分な電流は得られない可能性がある」


 「……わかってる」


 アカリの声が小さくなった。


 わかっていた。計算しなくてもわかる。この発電機は小さすぎる。磁石が小さすぎる。コイルの巻き数が少なすぎる。回転速度を上げれば出力は上がるが——人の手で回せる速度には限界がある。


 一人では——足りない。


 「回す人が、もっといれば——」


 「交代で回すのか」


 「交代じゃなくて、同時に。もっと大きな車輪があれば。もっと速く回せれば。もっと——力があれば」


 暗闇の中で、沈黙が落ちた。


 足りない。材料が足りない。人手が足りない。ここにいるのはアカリとレオンとザインとイレーネとティック。ザインは理論家で力仕事はできない。イレーネは記録者で技術者ではない。ティックは小さすぎる。


 アカリが壁にもたれた。


 足りない。あと少し。あと少しなのに。


 その時——螺旋通路の奥から、音が聞こえた。


 足音。


 一人ではない。複数の足音。金属が鳴る音。鎧の音。


 壁面の奥で、グランの橙色の光が——一瞬、揺れた。新しい振動を検知している。足音。金属音。壁面に近づいてくる質量。守護者のプログラムが異物の接近を計測している。しかし光は赤に戻らなかった。橙のまま——揺れただけだった。


 レオンが振り向いた。剣は——手元にない。発電機の軸になっている。素手で身構えた。


 足音が近づいてくる。螺旋通路から。バルトロメイが塞いでいたはずの通路から。


 「——師匠が破られたか」


 レオンの声が低くなった。


 しかし足音は——走っていなかった。急いでいるが、攻撃の足音ではない。


 通路の入口に——人影が現れた。


 若い騎士。鎧を着ている。息を切らしている。汗をかいている。螺旋通路を駆け上がってきたのだろう。


 その顔を——アカリは知っていた。


 エミル。


 十七歳の見習い騎士。大聖堂でアカリの光を見て「本物だ」と叫んだ少年。


 エミルの後ろに、さらに三人の若い騎士がいた。全員が息を切らしている。


 「聖女様——!」


 エミルの声が、暗闇の円形の部屋に響いた。


 「お手伝いに来ました!」


 エミルの目が——発電機を見た。レオンの剣と歯車とコイルを見た。何が何だかわかっていない目。しかし——手伝いに来た、という意志だけは、はっきりと見えた。


 アカリは壁にもたれたまま、エミルを見上げた。


 「……エミルくん。車輪、回せる?」


 「車輪……ですか?」


 「うん。車輪を、速く。ずっと。止まらずに」


 エミルが胸を張った。十七歳の見習い騎士が。


 「騎士団の訓練で、石臼を一日中回してました! 車輪なら——任せてください!」


 アカリは——笑った。


 暗闇の中で。泥だらけの顔で。血が滲んだ手で。涙の跡が残ったメガネの奥で。


 笑った。


 足りなかったものが——来た。

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