第6話「この聖女、小さくないか?」
装甲を外す。肩アーマー、左、右。胸部装甲板。ユーティリティベルト。グローブ。
バックパックに全部詰め直して、メガネをかけた。世界の輪郭が戻ってくる。石壁の目地。天井の染み。燭台の蝋の垂れた跡。さっきまでぼやけていた全部が、くっきり見える。
控え室の鏡を覗き込んだ。
百五十五センチ。旅装束。メガネ。一つ結び。さっき大聖堂を沸かせた「聖女」は、もうどこにもいない。鏡の中にいるのは、ただの女の子だ。
「聖女様」
扉の向こうからイレーネの声がした。「護衛の騎士をご紹介いたします」
護衛。そういえば旅をするとか言ってた。魔王城とかいう場所に。
扉が開く。
最初に見えたのは、胸元だった。視線を上げる。首。顎。口元は引き結ばれている。もっと上。目が合った。
——こわ。
灰色の目をした青年が、仏頂面で立っていた。革の鎧。腰に剣。背が高い。高すぎる。百八十は余裕で超えている。肩幅が控え室の扉ぎりぎりだった。
「処刑騎士レオン。聖女の護衛を命ぜられた」
声が低い。表情が動かない。目がアカリを見下ろしている。見下ろすというか——観察している。頭のてっぺんから足元まで。
ほんの数秒の沈黙のあと、レオンが口を開いた。
「……お前、こんなに小さかったのか」
は?
「さっきはもう少し大きく見えた」
大きく見えたのは装甲板のせいだ。肩アーマーで肩幅が広がるし、厚底のブーツを履く予定だった——ブーツはスーツケースの中だけど。それに姿勢も変えてた。ベルの立ち方を真似して、背筋を伸ばして顎を引いて。
「……装備を外したら縮むの、普通だと思うんですけど」
「普通の聖女は装備で大きさが変わったりしない」
……何それ。普通の聖女って何。
イレーネが微笑んでいる。いつもの微笑みだ。でも目の端がほんの少しだけ緩んでいる。笑いを噛み殺してる? この人でもそういう顔するんだ。
レオンはそのまま、ずかずかと部屋に入ってきた。控え室の狭さが際立つ。壁際のバックパックをちらりと見る。ステッキを一瞥する。アカリの手元を見る。
「その板は何だ」
スマホのことだった。ポケットから半分はみ出している。
「えっと……聖具、的な……」
「さっきも光っていた。戦に使うものか」
「戦……いや、そういうのじゃなくて……」
うまく説明できない。スマホって何ですかと聞かれたら、何て答えればいいの。電話です? カメラです? SNS見る道具です? 全部正しくて全部足りない。
「……便利な道具、です」
レオンの眉がぴくりと動いた。信じていない目だ。でも追及はしなかった。
代わりに、また部屋の中を見回す。視線が壁に止まった。アカリが何気なく触っていた壁の目地。指で撫でた跡がかすかに残っている。
「壁を触っていたな」
あ、見られてた。
「あ、いや……つい。この目地、モルタルじゃなくて漆喰系なんだなって。粒子が細かくて、強度はありそうなんだけど導電性が——」
口が勝手に動いている。止めたい。止まらない。レオンの顔がどんどん険しくなっていく。聖女が壁の導電性を語る光景は、たぶんこの世界の歴史上初めてだ。
「……すいません。癖なんです」
レオンは何も言わなかった。
しばらくの沈黙。レオンが扉のほうに向き直る。
「明朝、もう一度来る。旅の支度をしておけ」
それだけ言って、出ていった。革靴の音が石の廊下に遠ざかる。
残されたアカリとイレーネ。ティックが天井の梁から降りてきて、アカリの肩に止まった。
「あの人こわいねー」
「……うん。めっちゃ怖い」
ティックと初めて意見が完全に一致した。
イレーネが扉を閉める。「レオン殿は寡黙なお方ですが、腕は確かでございます。どうかご安心を」
安心。する要素がどこにあるのか、ちょっとわからない。あの目。ずっとこっちを観察してた。護衛っていうより——査定されてるみたいだった。
鏡の中のメガネの少女が、不安そうな顔でこっちを見ている。
——ねえベル。ベルの護衛騎士ギアは、もうちょっと優しかったよね?




