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第5話「ロードアウト、アイアン・ブート」

 大聖堂は、でかかった。


 天井のアーチが遥か頭上で交差している。ステンドグラスが七色の光を石の床に落としている。柱の一本一本に聖典の一節が刻まれ、空気には香の煙がたゆたっていた。


 その中央に、アカリは立っている。


 旅装束のまま。メガネをかけたまま。百五十五センチ。周囲を埋め尽くす修道士と騎士の壁が、やけに高い。


 「では、聖女様。民にお姿をお見せくださいませ」


 イレーネが一歩引き、道を開けた。大聖堂の正面扉の向こうに、広場が見える。人がいる。大勢の人が待っている。


 心臓がうるさい。肋骨の内側で暴れている。手が冷たい。指先の感覚がぼやけている。


 広場の人々の顔が見える。メガネ越しだからよく見える。期待している。聖女を待っている。光り輝く聖女が出てくると思っている。


 出てくるのは、メガネの、百五十五センチの、工業高校二年生だよ。


 足が動かなくなりかけた。ステンドグラスの光が床に落ちている。その光の中に立っているはずなのに、足元だけ暗く感じる。


 バックパックを足元に下ろす。中身はもう確認した。胸部装甲板。肩アーマー左右。ユーティリティベルト。グローブ。全体の三割。スカートも、ブーツも、マントもない。三ヶ月かけた衣装の七割は、現実世界のホームに眠っている。


 三割。三割しかない。でもゼロじゃない。


 ……やる。三割で、やるしかない。


 深呼吸。ポケットのスマホを確認する。84%。メガネのレンズ越しに、装甲パーツを見下ろす。


 ——ベル。力、貸して。


 メガネに手をかけた。


 外す。世界がぼやける。柱のディテールが消え、ステンドグラスの輪郭が溶ける。はっきり見えるのは手の届く範囲だけ。自分の指先と、目の前の装甲板と、足元のステッキ。


 ティックが飛んできた。どこにいたのか、いつの間にか傍にいる。アカリの前で布を広げる。白い薄絹。光を通す。


 「きれいなの始まるー?」


 「うん。始まるよ」


 薄絹の裏で、手が動く。


 胸部装甲板。EVA素材にメタリック塗装。背面のマジックテープを剥がして旅装束の上から巻きつける。位置を合わせる。歯車のエンブレムが正面に来るように。指先がエッジをなぞり、ずれていないことを確認した。


 肩アーマー。左、右。ベルトで固定。可動域を確かめるために肩を回す。金属板が衣擦れの音を立てた。


 ユーティリティベルト。腰に巻く。ここにポーチとバッテリーボックスをぶら下げる。工具とモバイルバッテリーが腰で揺れる。重心が安定した。


 グローブ。両手を通す。指先の感覚が変わる。革の内側に薄い導電繊維が縫い込んである。コスプレ用だが、ハンダ作業にも使えるよう自分で改造したものだ。


 右手がステッキを握る。歯車の装飾が掌に食い込む。


 LEDユニットの電源を入れた。


 胸の歯車エンブレムの縁に沿って、青白い光が走る。一瞬の遅延のあと、肩アーマーの接続部にも光が伝播する。配線が生きている。全部繋がっている。


 ティックが薄絹を離した。光の粉が舞う。金色の微粒子がLEDの青白い光と混ざり合い、アカリの全身を包んだ。大聖堂のステンドグラスの七色が、光の粉を通して乱反射する。石の床に虹が走った。


 見えない。メガネがないから何も見えない。


 でも——聞こえる。


 どよめき。それが波みたいに広がっていく。大聖堂の石壁に当たって跳ね返って、何重にも重なって、うねりになる。誰かが泣いている声。誰かが祈っている声。布が擦れる音——膝をついている。大勢が、一斉に膝をついている。


 視界がぼやけている分、音が近い。耳元で全部が鳴っているみたいだ。


 息を吸う。お腹の底から。——いけ。


 「ロードアウト——アイアン・ブート!」


 声が石壁に反響した。自分の声なのに、自分の声じゃないみたいだった。喉の奥がひりつく。震えているのか、叫んでいるのか、自分でもわからなかった。


 ステッキの効果音ボタンを親指で押した。


 「シャキーン!」


 安っぽい電子音が、大聖堂に響き渡った。


 騎士たちが一斉に剣に手をかけた。「聖女の聖具が唸ったぞ!」。修道士たちが膝をつく。「聖女が——聖女が変身なされた!」。広場から歓声が押し寄せる。


 その最前列に、少年が一人いた。見習い騎士の制服。短い金髪。目を限界まで見開いて、両手を握りしめている。


 「ろーどあうと! ろーどあうと!」


 声が裏返っていた。意味なんかわかっていないだろう。でも目が輝いている。星みたいに。


 アカリは見えないふりをした。メガネがないから本当にぼやけている。でも少年の声だけは、はっきり聞こえた。


 大聖堂の奥。柱の影に、白い法衣の人影が立っていた。


 老人だ。召喚の夜にも見た顔。あのとき「召喚は成就した」と叫んだ、白い法衣の老人。表情は変えない。拍手もしない。祈りもしない。


 ただその目だけが——何かを、測っていた。

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