第40話「聖具の光、消ゆ」
中継塔を発った。
マナの遺品は全て持ち出した。紙束はザインが抱えている。白い外套の内側に、羊皮紙のように挟んでいる。関数電卓はアカリのポケットにある。シャーペンと消しゴムと定規は、工具ポーチに入れた。アカリの道具と、マナの道具が、同じポーチの中にある。
灰色の旅装束だけは地下室に残した。あれはマナの寝床だった。持ち出す気になれなかった。
街道に戻った。中継塔が背後に遠ざかっていく。振り返ると、丘の上に細い石の塔が立っている。てっぺんの金属棒が、朝日を受けて光っている。あの中の回路を、アカリの銅線がまだ繋いでいる。魔力灯がまだ光っているだろうか。
歩いた。六人と一匹。隊列が少し変わっていた。
先頭はレオン。変わらない。二番目にバルトロメイ。三番目にアカリ。ここまでは今までと同じ。変わったのはその後ろ。ザインがアカリのすぐ後ろを歩いている。紙束を抱えたまま。歩きながら数式を読んでいる。ときどき質問を投げてくる。アカリが答える。答えられないとザインが唸る。唸りながら歩く。
イレーネはその後ろ。全員を見渡せる位置。荷馬を引きながら、視線だけが前方の五人を巡回している。
ティックはアカリの肩。いつもと同じ。
午後になった。
ステッキを突きながら歩いていた。コスプレ用の魔法少女ステッキ。歯車エンブレム。スピーカー。LED。影狼戦で光を放った聖具。井戸の前でストロボの代わりを務めた道具。
LEDが——ちらついた。
足が止まった。
ステッキの先端。LEDの白い光が、一瞬消えて、ついて、消えて、ついて。点滅している。不規則な点滅。さっきまで普通に光っていたのに。
「……え」
ステッキを顔の前に持ってきた。LED部分を見る。光が弱い。さっきまでの輝度の半分くらいしかない。そして——ちらつき。まばたきのように、不規則に明滅している。
ボタン電池だ。
LEDの電源はステッキに内蔵されたボタン電池。LR44を三個直列。コスプレ用の電池だから、もともと長時間使用は想定されていない。文化祭の数時間。それが設計寿命。
この世界に来てから何日経った。十日以上。LEDを常時点灯させていた時間、ストロボ代わりに最大輝度で使った回数、影狼戦で全力照射した負荷——ボタン電池の容量を、とっくに超えている。
光が弱くなった。ちらつきの間隔が長くなった。点いている時間より、消えている時間のほうが長い。
そして——消えた。
ふっ、と。音もなく。
ステッキの先端が暗くなった。白い光がなくなった。歯車エンブレムの影が消えた。ただのプラスチックの棒になった。
立ち止まった。
全員が止まった。
レオンが振り返った。アカリのステッキを見た。灰色の目が、光を失った先端に止まった。
「……消えたのか」
短い。いつもの一語。でもその一語に、何かが混ざっていた。確認ではなかった。もっと——重い一語。
ティックがアカリの肩から飛び立った。ステッキの先端にとまった。小さな手で、LED部分をつんつん突いた。
「壊れちゃったー?」
「壊れてない。電池切れ」
自分の声が平坦に聞こえた。感情を意識的に消しているわけではない。ただ——事実を言っただけ。電池が切れた。それだけのこと。
「でもスピーカーは生きてる。音は出る。スピーカーの電源はスマホからのBluetooth給電だから、スマホが生きてる限り音は出せる」
技術的に正確な説明。感情がない。工業高校のレポートみたいな口調。自分でもわかっている。こういうとき、技術用語に逃げる癖。泣きたくないときに回路の話をする癖。
バルトロメイが近づいてきた。ステッキの先端を見た。「光の棒か。儂も昔、サキの——」。そこで口をつぐんだ。言いかけてやめた。何を言おうとしたのだろう。サキの道具も、同じように光を失ったことがあるのだろうか。
ザインは紙束から目を上げて、一瞬だけステッキを見た。何も言わなかった。目を紙に戻した。ザインにとって、LEDの消灯は技術的事象に過ぎない。感傷はない。
イレーネが微笑んだ。「聖女様、お気を落とさず。聖女様のお力は光だけではございませんもの」
お力。イレーネはまだ「力」と呼ぶ。技術とは言わない。
ステッキを握り直した。
軽い。LEDが消えても重さは変わらない。歯車パーツもついている。スピーカーも生きている。音は出せる。ロードアウトの音声は流せる。
でも光がない。
影狼戦で影を切り裂いた光。井戸の前で黒い水を照らした光。ストロボの代わりに、フラッシュの代わりに。あの光がもう出ない。
ステッキの光が消えた。スマホのバッテリーが減っている。モバイルバッテリーはもう空だ。
持ってきたものが、一つずつ死んでいく。
ポケットのスマホを確認した。64%。
ステッキのLEDが死んだ。次はスピーカーか。その次はスマホの画面か。最後にはスマホ本体が。
一つずつ。順番に。光が消え、音が消え、画面が消え、最後にはすべてが——。
「……半分切ってる」
声が漏れた。
64%。もう半分に近い。半分って。折り返し地点を過ぎているってこと。帰りの電車賃がないみたいな。遠足に来て、お弁当を食べ終わって、帰りのバスの時間を気にし始める、あの感覚。
でも帰りのバスは来ない。
ステッキを杖のように突いて、歩き出した。光のないステッキ。ただの棒。でもまだ音は出る。まだスマホは生きている。まだ——。
「まだ」ばかり数えている。
ティックがステッキの先端から飛び立って、アカリの肩に戻った。翅がぱたぱたと動いている。
「ティックが光るよー? ティックの粉、光るよー? ステッキさんの代わりにー」
光の粉。ティックの粉は確かに光る。でもそれはティックの体力を消耗する。
「……ありがとう、ティック。でも大丈夫。光はなくても、やれることはある」
ティックが首を傾げた。「やれることー?」
「計算。設計。ザインと一緒に、マナの回路図を完成させること。光がなくても、回路図は描ける」
嘘ではない。でも全部でもない。回路図を描くにはスマホの画面が要る。撮影した写真を見返すために。スマホが死んだら、写真も消える。回路図も消える。マナの仕事も消える。
考えるのをやめた。
歩いた。光のないステッキを突いて。左のポケットにマナの電卓。右のポケットにスマホ。肩にティック。後ろにザイン。その後ろにイレーネ。前方にバルトロメイ。先頭にレオン。
六人と一匹は、一つ光を失って、先に進んだ。




