表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/88

第28話「師匠の決意」

 焚き火を囲んでいた。


 街道脇の空き地。バルトロメイが火を起こしてくれた。レオンと同じ手際の良さ。師匠と弟子は火の起こし方も同じだ。


 誰も喋らなかった。


 焚き火がぱちぱち鳴っている。あとは虫の声。夜の風。それだけ。


 サキの動画を見てから、もう一時間以上経っている。日が暮れて、星が出て、焚き火が起きて。それでもまだ、空気が重い。


 アカリはスマホを見ていた。


 80%。スマホは生きている。でもモバイルバッテリーは、バックパックの底で冷たくなっている。インジケーターはゼロ。もう光らない。


 80%だけで、ここから魔王城まで。


 いや——ここから、封印の儀式まで。


 封印の儀式。聖女が死ぬ儀式。冷却フィンの代わりに燃え尽きる儀式。サキも、その前の聖女も、その前の前の聖女も、みんなそうやって消えた。来て、泣いて、光になった。


 そして私が次の「みんな」になる。


 ……怖い。


 怖いに決まってるじゃん。死にたくない。帰りたい。家に帰りたい。お母さんのご飯が食べたい。学校に行きたい。部室で工作がしたい。推しの新作が見たい。


 でも——。


 村の子供の顔が浮かんだ。「おいしい!」って笑った顔。井戸の水が戻ったとき泣いた老人の顔。あの少年の「ろーどあうと!」。サキの「ごめんね」。


 何も考えられなかった。怖いと、帰りたいと、でもと、ぐるぐるぐるぐる回っていて、どこにもたどり着かない。


 「……二十年前の携帯にバックアップ全部使っちゃった」


 声に出した。独り言のつもりだった。でも焚き火の前だから、全員に聞こえている。


 「でも後悔はしない。……多分」


 多分。また「多分」がついた。でもこれは本当だ。多分を含めて、本当。サキの声を聞けた。サキの怒りを知れた。冷却系のバグのことを知れた。それは80%のバッテリーでは買えないものだ。


 バルトロメイが顔を上げた。


 涙の跡が、焚き火の光で乾いて光っていた。目は赤い。でも目の奥に、さっきまでとは違うものがあった。沈んでいたものが、浮いてきている。決意の色。


 「聖女よ」


 声が低かった。でもさっきの嗚咽とは違う。地面から響くような、元の声。


 「儂はお前と行く」


 全員が動きを止めた。


 「師匠」


 レオンが声を上げた。低い声が、わずかに裏返っている。


 「サキの声を聞いてしまった」


 バルトロメイが焚き火を見つめている。炎が目に映っている。


 「二十年間、あの端末の中で、あの子が泣いていた。怒っていた。一人で戦っていた。儂はそれを知らなかった。知ろうとしなかった。端末を首から下げて、墓標のつもりで、弔ったつもりで。あの子はまだ——中で叫んでいた」


 声が震えた。一瞬だけ。すぐに立て直した。


 「もう引退者のふりはできぬ。サキが見つけたバグ——冷却系の欠陥。あの子の理論を、途絶えさせてはならん。お前がこの先、同じ道を歩くのなら——」


 バルトロメイの目がアカリを射抜いた。


 「儂の剣が、少しは役に立つだろう」


 レオンが立ち上がりかけた。何か言おうとして——言えなかった。唇が動いて、止まった。


 バルトロメイがレオンを見た。


 「レオン」


 「……はい」


 「お前の『任務』の正体を、儂は知っている」


 レオンの顔から血の気が引いた。


 焚き火の明かりでもわかるほど白くなった。灰色の目が見開かれている。唇が薄く開いて、閉じて、また開く。何も出てこない。


 「師匠……それは……」


 「護衛ではないな」


 短い一言が、夜の空気を裂いた。


 護衛ではない。レオンの任務は護衛ではない。


 アカリの思考が止まった。護衛じゃないなら何。魔王城まで送り届けると言った。送り届けた先で、封印の儀式がある。聖女が死ぬ儀式。聖女が冷却フィンの代わりに——。


 つながりかけた。何かがつながりかけた。でもつながる前に、頭が拒否した。考えたくない。今は。


 「だからこそ行く」


 バルトロメイの声が続いた。


 「二十年前、儂はサキを守れなかった。儂は聖騎士団長でありながら、教団の決定に従い、あの子を——」


 言葉が切れた。唇を噛んだ。深い皺が歪んだ。


 「……同じことを、繰り返させるわけにはいかん」


 焚き火がぱちんと爆ぜた。火の粉が舞い上がる。


 レオンは座ったまま動かなかった。白い顔で。師匠の言葉が、自分の任務の意味を暴いたことを理解して。


 イレーネが焚き火の向こう側にいた。膝の上に羊皮紙が広げてあった。でもペンは動いていなかった。インク壺の蓋も開いていなかった。広げただけ。書く準備はしていたのに、書けなかった。


 ティックはアカリの肩で眠っていた。小さな寝息。光の粉が翅から零れている。何百年分の「みんな」を語った妖精は、今は小さな寝息を立てている。


 アカリはスマホを握りしめていた。80%。冷たい画面の光だけが、手のひらを照らしている。


 来て、泣いて、光になるの。


 ——まだ、泣いてない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ