第13話「焚き火の歌」
焚き火がぱちぱち鳴っている。
森の中の小さな空き地。レオンが枯れ枝を集めて火を起こした。手際が良い。野営の経験が多いんだろう。火打ち石を三回打っただけで火種を作って、枯れ葉から小枝へ、小枝から太い枝へ、火を移していった。ガスコンロしか使ったことのない人間には魔法みたいだった。
イレーネが干し肉を切り分けている。均等に。三人分。ティックには蜜を溶かした水。ティックはもう寝ている。焚き火の傍の苔の上で丸くなって、翅がゆっくり上下している。今日、たくさん光の粉を使ったから疲れたんだろう。
アカリはバックパックの中身を広げていた。
胸部装甲板のLED配線。影狼戦でぶつけたとき、衝撃で接続部が断線していた。基板は無事。チップLEDも生きている。切れたのは基板と電源を繋ぐ配線の一本。銅線が引っ張られて、ハンダが割れている。
ポーチからニッパーと銅線のリールを取り出す。断線した部分を切る。新しい銅線を切り出す。長さを合わせる。被覆を五ミリだけ剥く。
ハンダごてが使えないから、焚き火で代用する。銅線の先端を火に翳す。赤くなるまで待つ。赤くなったら素早く接続部に押し当てて、ハンダの残りを溶かして接着する。三秒。離す。冷める。指先で引っ張ってみる。くっついた。
もう一箇所。同じ手順。火に翳す。押し当てる。三秒。離す。確認。大丈夫。
接続部にアルミホイルを巻いて絶縁する。テープがないから、これで代用。見た目は最悪。でも通電すればいい。通電すれば光る。光れば戦える。
バッテリーボックスを繋いで、テスト。スイッチを入れる。
青白い光が、小さく灯った。
「……よし」
消す。電池がもったいない。でも配線が生きていることを確認できた。これで次に影狼が来ても、ストロボが使える。
手を膝の上に置いて、息を吐いた。修繕をしている間は、手が動いている間は、余計なことを考えなくて済む。狼のお母さんのことも、68%のことも。
焚き火の向こう側に、レオンがいた。
背中を木に預けて、剣を膝の上に置いている。目は閉じていない。火を見ているようで、見ていない。焚き火の向こう——アカリの手元を、ずっと見ていた。
目が合った。
レオンは目を逸らさなかった。いつもなら逸らすのに。焚き火の炎が灰色の目に映って、揺れている。
「……あの光は何だ」
静かな声だった。怒っているんじゃない。責めているんじゃない。ただ、聞いている。
「え?」
「影狼を退けた光。あの点滅する光。それと——」
アカリの手元を見た。さっきまで修繕していた配線を。
「今、お前がやっていたこと。祈りではないな。あれは……何かを繋いでいた」
心臓が跳ねた。見られていた。全部。銅線を切って、火で熱して、接続して、テストして。祈りの儀式なんかじゃない。ただの配線修理。
「え、えっと……LEDだけど……あ、いや、聖なる……光の……」
しどろもどろだ。自分でも何を言っているのかわからない。聖なる光のLED? 意味不明。
「俺に嘘をつくな」
低い声。でも怒声じゃなかった。焚き火のぱちぱちいう音の方が大きいくらいの声で、静かに言った。
「あれは魔術ではない。俺にはわかる」
息が止まった。焚き火の煙が目に染みる。それを言い訳にして、目を伏せた。
ばれた。最初からわかっていたのかもしれない。この人は戦いのプロだ。魔術と物理現象の違いくらい、見ればわかるんだろう。
何を言えばいい。本当のことを言う? 私は異世界から来た工業高校二年生で、あの光は発光ダイオードっていう半導体素子で、魔法なんか一切使えなくて、聖女でもなんでもなくて——。
言ったら、どうなる。
沈黙が長かった。焚き火がぱちんと大きく爆ぜた。火の粉が舞い上がって、暗い木々の間に消えていく。
レオンが口を開いた。
「……お前が何者でも、俺の任務は変わらない」
顔を上げた。レオンは焚き火を見ていた。アカリではなく、火を。
「お前を魔王城まで送り届ける。それだけだ」
任務。送り届ける。それだけだ。
……追及しないんだ。嘘だとわかっていて、追及しない。
なぜ。この人にとって、私が聖女かどうかはどうでもいいの? 任務だから? 命令されたから? それとも——。
「……ありがとう」
声が小さかった。自分でも聞こえないくらい。でもレオンの耳がぴくりと動いた気がした。
返事はなかった。レオンは火を見つめたまま、何も言わなかった。
焚き火の向こうで、イレーネの目が光っていた。暗がりの中で、火に照らされた目だけが見えた。微笑んでいるのか、いないのか。その手元に羊皮紙があるのかないのか。暗くてわからない。
わからない方が、今はいい。
ポケットのスマホに触れた。68%。もったいないと思いながら、音楽アプリを開いた。オフラインに保存しておいたプレイリスト。一番上の曲をタップする。
アイアン・ベルのオープニングテーマが、小さな音量で流れ始めた。
スマホを膝の上に置く。画面を下にして。音だけが、焚き火のぱちぱちに混ざる。アニソンと焚き火。合うわけがないのに、不思議と耳障りじゃなかった。
レオンが何か言いかけて、やめた。
ティックが寝返りを打った。翅がぴくぴく動いている。夢を見ているのかもしれない。
歌が、森の暗闘に小さく響いている。今日起きたことの全部——影狼の赤い目、ストロボの光、灰色の毛皮、お母さんの乳房、68%——その全部が、焚き火の煙と一緒に夜空に溶けていく気がした。
溶けてはいかない。わかっている。でも今だけは、歌に預けていたかった。




