第11話 側近ペルーニオン
「随分と機嫌がよろしいですね。何かございましたか」
「ああ、分かるかい?」
分かるも何も顔に出ている。
私の主人は、素直なのか天邪鬼なのか未だに分からない。
「ヒロインデータだけどね。ユトンには偽のデータを渡しておいたよ」
瞳は生き生きしているが、昨夜はおそらく眠れていない。
王太子リベールが、魔王の支配するルイーベ国の星の丘で寝転ぶ時は、妖魔退治の後なのだ。
銀色に光る草の上に放ったまま開いてもいない本が、何よりの証拠だ。
一応は王太子なのだから、本来ならば側近の一人や二人傍に控えるのは当然の事だが、人に干渉されるのを酷く嫌う性分だ。
王太子に向いていないのではないかと、口さがない貴族たちが陰口をたたく事もある。
陰口は耳に入っているが、気に病むような性格ではない。
確固たる実力もあるので、誰の助けも必要としないのだ。
「僕に歯向かうなんて到底できないわけだから、所詮は野良犬の甘噛みだよ」
そう言って笑うのだ。決して傍にいさせてくれない。
「偽のデータですか、その理由は?」
「きっと苦しむと思うんだ。まさか、ヒロインが高校生だなんて思わないだろう?ユトンは真面目すぎるから罪悪感を抱くだろうね。いい気味だよ」
一体どこまで子供なのか。
「それは、また、随分と趣味の悪い」
「突然来て、ラーシャみたいな事を言わないでよ。僕は、まだ休んでるから、先に帰ってよ。国王には、いつものように昼寝だと言ってくれ。寝転んで『真珠の言葉』を読んでいたら眠ってしまったと」
「御断り致します。いくらルイーベ国とフルーヴ国が友好関係でも、何かあった時に魔王は助けてくれませんよ。今のお体で妖魔に襲われでもしたら、一体誰が助けてくれるのです?」
「自分の身くらい、自分で守れる」
全く、どこまで不器用なのか。
無言で見つめると、そっぽを向かれた。
「データには、いくつとお書きになったのです?」
「……」
すぐにすねる所も、幼い頃から変わらない。
言う気はないようだ。
「それにしても今回は随分とお疲れですね。御自分の命も省みず、お一人で何もかも背負われるのですから、困った御方です。悪戯にからかわれて、すっかり嫌われて……可愛い義弟君を狙う妖魔は絶えませんから、苦労も絶えませんね」
「それ、僕に言ってる?」
「さあ、どうでしょう。忘れてしまいました。なにぶん私も年を取りましたので」
とぼけると、案の定むくれた。
本当に、幼い頃からお変わりない。
亡き王妃と同じで、泥をかぶるのがお上手だ。
「腹黒気取りの王太子リベールに仕える事が出来て、光栄の極みでございます。私は、ただの側近でございます。昨夜の一件、何も見なかった事に致しましょう。ですが、第二王子の寝室に現われた妖魔にブチ切れておられた姿は、流石この国の王太子でございました。それだけお伝え致します」
「やっぱり来てたのか、来なくていいと言っただろう?」
睨みつけられたが、知らんぷりした。
「怪我でもされたら困るんだ」
「あら、それはどうして?」
「!ラーシャ様?」
振り向くと、音もなく現れた美女が、口元に笑みを浮かべていた。
「やあ、迎えに来てくれたのかい?」
素早く起き上がったのを見て、思わず溜息がもれた。
私以外には絶対に弱みを見せない。
「そうだねえ、『真珠の言葉』を読み終えたら戻るよ」
「嘘おっしゃい!読み終えるも何も、開いてすらいないじゃない。回復魔術を使えるだけの魔力が戻っていないから、呪文を唱える事すら出来ないのでしょう?開かないではなく、開けないのね。死に急ぐような無茶のし過ぎよ。幼馴染の骨を拾うなんて、私は嫌よ」
御得意の取り繕った笑みも、ラーシャ様には通用しない。
私と同じで、本当の王太子を知っている。
ラーシャ様が眉をひそめて『真珠の言葉』を拾い上げると、ようやく腰が上がった。
少しは回復したのだと思いたいが、どうも違う。
ニヒルな笑みを貼り付けて平然と腕を組んでいるが、相当つらい筈だ。
私にも伝わる程だから、ラーシャ様も気付いているだろう。
私の主人は、本当に素直じゃない。その上、天邪鬼だ。
「へえ、心配してくれるの?優しいね。君が心配するのは、君の夫だけだと思っていたよ」
「明日、新しいヒロインが来るとリーシャから聞いたわ。本当に氏神様がお選びになったの?年齢を知って驚いたわ。十六ですってね。回復は間に合いそう?今回だけ、魔王様にお願いしてあげましょうか?」
「へえ、可愛い妻の頼みなら助けてくれるって?悪いけど、ごめんだよ。僕を誰だと思ってるの。フルーヴ王国の腹黒王太子リベールだよ」
「……ほんと、どこまで強がりなの……だったら、せめて、ペルーニオンは傍におきなさい。王太子は、第一王女に片思いっていう設定なんだから。あなたが死んだら、最悪なエンドを迎えるわよ。虹の魔女さまが作って下さった虹の指輪の効果が薄れてきてる。リーシャが教えてくれたのよ。寝ている時は外しているのでしょう?あなたが、助けてるって知らないからよ。どこまでブラコンなの?甘やかせ過ぎよ。あなたの他にユトンを助けられる者はいないんだから、死なれたら困るのよ」
苦笑しながら何度も頷いていると、不機嫌な顔つきで睨まれたので視線を逸らした。
全部本当なのだから、怒られても困る。
「それじゃあ、私は城に戻るわね。あんまり遅いと魔王様が心配なさるから」
「遅いだって?来て十分と経ってないよ」
「やきもち焼きなのよ、あなたと一緒でね。ねえ、ペルーニオン?」
こちらも意地の悪い。流石は魔王の妻だ。
「そうですね。大変似ておられますよ」
私が笑うと、ラーシャ様も機嫌よく笑った。
「国王様には、いつも悪いわね。あなたにも苦労をかけるわ。リベールを頼むわね」
「お任せ下さい」
差し出された『真珠の言葉』を受け取ると、音もなく一瞬で消えた。
「君に任せられるほど僕の命は軽くないんだけどね」
ぶすっとした表情をしているが、どことなく嬉しそうに見える。
「おっしゃる通りです。びっくりするほど重いですよ。ですから、私がお守りします」
「……足手まといにならないでよね」
「承知致しました」
私の主人は、素直な天邪鬼らしい。




