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第10話【イーリス探偵事務所】依頼者は妖術師:名探偵シャム猫ルラの大作戦


 波間の上、雲間の下に神秘の世界がある。

 ミンフィユ王国は、その世界に属していた。

 王国は、昼間の星々に混ざって、静かに夜を待っている。

 日が沈むと、天空を流れる桜色の雲に乗って漂う。


 イーリス探偵事務所は、王国の外れにあった。

 穏やかな山が連なっているが、瞬火またたび山の麓に暮らしているのは人ではない。

 麓の小さな村は、化け猫たちが暮らす根古多村ねこたむらだ。

 普段、化け猫たちは四足で暮らし、普通の猫と何ら変わらない。


 探偵事務所は、村の外れにあって、看板も無い。

 沼地が広がり、周囲は、背の高い木々に囲まれている。その為、昼間でも薄暗い。

 化け猫でさえ滅多に寄り付かない。

 そんな、ジメジメとした陰気な場所に来る客は、余程の事件か、切羽詰まった相談事を抱える猫だった。

 この小さな探偵事務所は、度々、とある双子の依頼を受けていた。

 今回の依頼者は、双子が原因だった。

 人間界の妖術師が電話をかけてきたので、流石の名探偵も驚いた。


 この双子は、浮雲で暮らす保持妖怪だが、わけあってシルスに妖魔にされ、不本意ながら胸キュン王国で暮らしていた。

 地獄と極楽の狭間を漂う巨大な浮雲に住む保持妖怪たちが、桜色の雲を見る事は不可能だ。

 けれど、三羽みつば四羽よつばは違う。

 ミンフィユ王国の民に《胸キュン》を売り付けるようシルスに命じられて度々王国に赴いている。

 

  夢叶、優子、蓮華が、ミロン、ロトン、ショーンと出会う三日前、古びた探偵事務所では、次のようなり取りがあった。


 「リーネ、今回は人間界へ行ってくれないか?まず初めに、虹色のバスに乗ってフルーヴ王国へ行ってくれ。王宮の宝物庫から『真珠の言葉』を、こっそり持って来て欲しい」


「えっ!!フルーヴ王国へ行った後、人間界に行くんですか?そんなの、初めてですわ」


 ペルシャ猫のリーネは、若い娘に化けていた。

 桃色のワンピースが汚れてしまわないように、白いエプロンをしていた。

 ちょうど一掃除終えた所で、家政婦の恰好のまま、革張りの黒いソファに座って、のんびりレモンティーを飲んでいた。

 そこへ、いつものように声が掛かったのだ。


「初めてだからこそ、ベテランの君に頼みたい」


 名探偵シャム猫ルラの化け姿は、背が高く痩せ型で、ひょろりと伸びたモヤシのように頼りなく見える。

 それでいて、服のセンスは破滅的だ。

 季節関係なく、色褪せた灰色のTシャツを着て、ぶかぶかで継ぎ接ぎだらけの藍色の外套を羽織っていた。 


 とにかくドケチで、洗濯しているが、もう何十年も同じ服装だ。ただ、顔は良い。  

 人に化けた時も、瞳はエメラルド色で、涼やかな目元には、どことなく色気が滲んでいる。

 その為、イーリス探偵事務所を訪れる客のほとんどが、雌猫だ。


 ごくまれに妖怪も訪れるが、今回の依頼者は、人間界に属する妖術師だった。

 その妖術師は、人と妖怪の仲を取り持つ奉公屋を介して、双子と繋がった。

 双子の紹介という形で、イーリス探偵事務所に電話をかけてきたのだ。


「フルーヴ王国へは、双子の依頼でよく行かされますけど、人間界に行った事はありませんわ。一体、どちらへ行けば宜しいの?」


篝火かがりびちょうの私立ツバメ座女子高等学校だよ」


 ルラは、お気に入りのロッキングチェアに、ぐっと凭れて、眼前のデスク上を指差した。

 黒電話は、未だにダイヤル式だ。

 そのウッドデスクは、いつ壊れてもおかしくない。 

 ソファの前に置かれたテーブルも、ソファ同様おんぼろだった。

 ドア付近の柱時計は特注品だが、電池交換にお金がかかるので、ケチっている。 


 「調度品だと思えばいい。腕時計があるんだから、時間は分かる」と、これが、ルラの言い分だ。


 「実は、人間界に属する妖術師から依頼の電話がきた。ここの番号は、双子に聞いたそうだ」


 「何ですって!?あの双子は、ここを相談所だと勘違いしているのでは?」


  温厚なリーネも、今度という今度は腹を立てた。


 「私、帰りますわ!」


  整った綺麗な眉を思い切り吊り上げて、愛らしい目に怒りを宿してソファから立ち上がった。

  急いでペルシャ猫に戻ろうとしたが、ルラが珍しく下手に出たので驚いた。


「リーネ、すまない。君には、心から申し訳なく思う。本当は僕が自分で行きたい所だ。けど、今は重大事件を抱えているから行けないんだ。どうか代わりに行って貰えないだろうか」


 リーネは座り直して、話の続きを促した。


「依頼内容は、どういったものですか?」


「ああ、リーネ、ありがとう。とても助かるよ、心から感謝する。実は、依頼者の友人は、胸キュン王国に属する泥棒妖術師らしい。依頼者は、泥棒稼業から足を洗って欲しいと日々願っている。今回は、特にそうだ」


ルラは、微笑んで礼を述べると、いつになく真剣な表情で依頼のあらましを説明し始めた。


「なぜ、今回は特に、ですの?」


 リーネは、眉をひそめて言葉を待った。

 想像以上の難しい仕事になりそうな気がした。


「胸キュン王国が、うら若い乙女たちを狙っている。胸キュン王国は、胸キュン製造の危機に陥って、人間たちに目を付けた。後三日で、胸キュン王国の王子たちが、胸キュンの採取に来るそうだ。その友人は、王子たちの手伝いを命じられた。依頼者は、王子たちが胸キュンを奪う計画を阻止して欲しいそうだ。この依頼内容を聞いて、僕は考えた。恋が叶う胸キュンの呪文を使ってはどうだろう。君も知っているね。フルーヴ王国には、『真珠の言葉』がある。王宮の宝物庫に保管されている本だ。様々な言語で書かれた色んな呪文が載っている。一つ一つの呪文は、磨かれた真珠のような輝きを放って奇跡も起こせる。その本にある胸キュンの呪文を唱えれば、一瞬で恋が叶う。つまり、胸キュン取り放題というわけだ。胸キュンを欲する妖魔たちに、ピッタリの呪文だろう?胸キュンは、誰のでもいいらしい。呪文は犬にでもかければいい。動物園でも、水族館でも行けばいい。繁殖の手伝いが出来て喜ばれるだろう。それで平和に解決だ」


  話し終えたルラを見据えて、リーネは厳しい口調で意見を述べた。


「どこら辺が平和なんですの?私たちミンフィユ王国の民たちにとって、胸キュン製造の危機に陥っているのは、非常に有難い話ですわ。これ以上、胸キュンを売り付けられずにすみますもの。万々歳ですわ。人間たちには気の毒ですけど、私は自国を愛していますから、ミンフィユ王国にとっての最善を選びますわ。今回の依頼は、引き受けられません」


 過去・現在・未来を自由に行き来できる《時の赤ちゃんアマガエル》七匹も、リーネの足元に集まると、リーネに賛同して力強くゲコゲコ鳴いた。 

 リーネの固い意思を聞いて、ルラは頭を抱えた。


「うむ、君の言う通りだ。僕も、妖魔共には消えて貰いたい。それが本音だ。胸キュンを取られたからといって死ぬわけでもない。そうだね、この依頼は断ろう」


 ルラが受話器を取った時、穏やかなハスキーボイスが割って入った。


「待って、ルラ。胸キュン王国の国王と取引したらどうかな?」


 黒猫のタタンは、ルラが話し始める前から薄汚れた壁に背を預け、静かに話を聞いていた。 

 

「取引?」


 ルラは首を傾げて、受話器を置いた。

 リーネは目を丸くして、成り行きを見守った。


「恋が叶う胸キュンの呪文は、ムーワ語で書かれているね。読めるのは、ルイーベ国の第二王女リーシャ様だけだ。リーシャ様は、僕たちミンフィユ王国の民たちに情を寄せて下さっている。ルラ、君は、フルーヴ王国の王太子リベールと親しいんだから、この一件は、王太子に阻止して貰えばいい。王太子にとって、妖魔の王子三人など恐るるに足りない。途方にくれる胸キュン王国の国王に、今度は、僕たちが胸キュンを売り付けるんだ。二度とミンフィユ王国の民に手を出さないと約束するなら、今回限り手を貸してあげよう。どうかな?」


「タタン!素晴らしいアイデアだ!」


 ルラは両手を叩いて喜んだ。


「それなら悪くありませんわ」 


 リーネも、納得顔で頷いた。

 ルラは、リーネを見つめて少し不安げに尋ねた。


「頼めるね?」


「参りますけど。これだけは言っておきますよ。いくら後で返却すると言っても、私は、探偵事務所の一助手です。勝手な持ち出しは立派な犯罪です。本来、貸し出しも禁じられているんですから。王太子は、よく持ち出されるそうですが。一応、あれでも一国を担う御方ですから、暗黙の了解があるのでしょう」


「リーネ、そんなに自分を卑下するものじゃないよ」 


 まるで諭すかのような口ぶりだったので、リーネは非常にイラっとしたが何も言わなかった。

 嫌味の一つも言ってやりたいが、言うだけ無駄なのだ。

 ルラは、にこにこするだけだった。


「君ほど優秀な化け猫は、そうそういない。あれだけ大きな王宮に、猫が一匹入り込んだくらいで、目くじら立てるやからはいないよ。我が物顔で、堂々と歩けばいい。君は、素敵な毛並みをしているじゃないか。頑張ってくれたまえ」 


 こういうわけで、リーネと赤ちゃんアマガエルたちは、虹色のバスに乗り虹色トンネルを通って、王宮の宝物庫へ向かったのだ。

 タタンは、双子に振り回される気の毒な助手を哀れみながら見送った。


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