第1話 現役の泥棒妖術師
現役の泥棒妖術師、東野小羽は、この春、妖術界の泥棒学会から重大な通知を受け取った。
それは、絶対に失敗の許されない任務だった。
小羽は、通知状を読み進めながら頻りに「ひえー無理だー!」とか「うわー無謀な試みだー!僕だって、長らく胸キュンしてないのに!そんな僕に出来るわけがない!!」等と、壁の薄いおんぼろアパートで意味不明な奇声を発し続けた為、翌朝、隣の住人・独身サラリーマンに、こっぴどく叱られた。
通知状が届いた夜は、黴臭い布団の中で、ぼそぼそと一人で喋りながら思案した。
「家賃は滞納している。唯でさえ貧乏暮らしだ。仕事を選んでいられない……それに、ツバメ座女子高って言えば、進学校としても有名だから、きっと給料は良い筈だ……悲嘆することはない。養護の先生は、怪我や病気の子を介抱する仕事だろ?だったら、得意分野だ。手当なら御手の物さ。しょっちゅう怪我してるからな。それに、これは遂行するしかないんだ!!だって、国王様からの御下命なんだから……オージーザス……」
五年目にして漸く泥棒家業も板に付き始めたが、もう辞めようかと思い始めた矢先の依頼だった。
「今回の任務を終えたら、本当に辞めるかなぁ……もともと、純粋に泥棒妖術師を目指したわけじゃないしなぁ……」
小羽は、ふと子供時代に思いを馳せた。
昔から運動神経は零に近く、何も無い場所で横転したり、方向音痴で、たびたび迷子になっていた。
しかし、顔だけは自信があったのだ。
だから、美少女の幼馴染、北島花蓮と結ばれるのは、美少年である自分だと信じて疑わなかった。
それで、小羽は、幼馴染の言葉を鵜呑みにしてしまったのだ。
「あのねっ!将来は、泥棒妖術師さんと結婚するのっ!」
小学五年生の夏休み、西日が射す縁側で、花蓮はにこやかに笑った。
それは、単なる思い付きだったに違いない。
しかし、小羽は、花蓮の一言で自分の夢を諦めたのだ。
自慢の美顔と長身を生かしてモデルになるつもりだったが、進路を変更して、なりたくもない泥棒妖術師なんかを目指した。
そのせいで、父親は激怒した。
「泥棒になろうなんて下らない考えは、今すぐ捨てろ!一族の恥になる!血筋に泥を塗るな!我が家は、由緒ある妖術師の家系だ!」
母親も青ざめて同意した。
「お父さんの言う通りです。先祖代々、人間界でも指折りの家系ですよ。お母さんも認めません。泥棒学会なんて、秘密結社も同然だわ。お母さん、恥ずかしくて親戚にも言えません。お止めなさい。小羽さんは、たった一人の跡取りですよ」
両親に反対され続けても、死に物狂いで頑張った。
筆記テストは十五回も落ちたし、妖術試験も十七回目にして、やっと合格した。
その結果、何とか職について働き始め、泥棒妖術師という仕事を両親も渋々認めてくれた。
諦めたというのが正しいかもしれないが……母親は意気消沈して両手で顔を覆った。
「ああ、嘆かわしい!受かってしまったのね。それなら、もう仕方ないわ。だけど、おめでとうは言いませんよ」
父親には厳しい口調で、「どうしても働きたいというのなら、実家を出なさい。泥棒を家に置くわけにはいかん」と告げられた。そして、きっぱりと言われたのだ。
「小羽、よく覚えておけ。おまえは、きっと今の仕事に飽きる。その時ようやく、自分にとって何が大事か分かるだろう。しかし、実家には戻って来るな。一度叶えた夢から逃げ出す事は許さん。信念は最期まで貫け」
そういうわけで、勘当されたようなものだった。
同時に、かつての学友たちも失った。
「本当に泥棒になったんだな。普通に、人の役に立つ妖術師を目指せば良いものを。自分から進んで犯罪者になるなんてな」
一つ上の仁志は、大袈裟に息を吐いた。
「おまえは、大馬鹿モンだ。辞めても職歴は残るぞ」
同年の千登勢には叱られたが、心配もして貰った。
「俺は、友達やめるぜ。火の粉を被りたくねェ」
一つ下の富井には、心底軽蔑された。
「呆れる話だね。『胸キュン王国』に忠誠を誓う奴の気が知れない。僕らのように、人間界に属した妖術師になれば良かったのに」
二つ上の戸市は、憐れみのこもった眼差しで小羽を見た。
最後に会って話をした場所は、地元の寂れた居酒屋だった。
あの晩は、どれだけ飲んでも全く酔えなかった。