月の魔力
「凄い騒がしいけど……何かイベントがあるのか?」
「その通りだ。運が良いな勇輝、今は”蒼月祭”の前夜祭と言った所でね。今夜に月に向かってお祈りする前のバカ騒ぎという訳だ」
月に向かってお祈り……そういう宗教があるのか。
先程ガードンは月の街と形容していたが、この街の人々は月を信仰しているのだろう。
過去に侵攻した惑星では太陽を信仰している種族も居たが、月を信仰する者は初めて見たな。
「ここがこの街一番の宿[三日月亭]だ」
見た目としては良く見るレンガの家だが、壁に所々月のマークが記されている。
そして、入り口の上には大きな三日月の看板が大きく飾っているのが特徴的だろう。
「やぁ、主人。この者を一日泊めさせて貰えないか? 勿論、我の手持ちで」
この店の主人は人間の中では顔立ちも良く、非常に整った容姿をしている。
しかし、他の人間とそぐわない点としては――――他者とは異なった位置、異なった形の耳をしており、腰の付け根から尻尾が飛び出しているという事だ。
雰囲気としては、勇輝の記憶にある狸に似ている。
まるで、他の小生物と人間とのハーフのようだ。
今まで見てきた人間とは身体の構造が違う。
この世界での別種族の人間という訳か。
「……ガードンさん、また旅人に宿代奢ってるんですか?」
前にも旅人に宿代奢ってるマジか。
いや、優しい奴だとは思ってたが……もしや、かなりのお人好しだなこの人。
「我の信条は「助けを求める者に寄り添い誠実に助ける」事のみよ!! はっはっは!!」
根っからの治安維持組織の者で逆に安心する。
あの時の言葉を撤回しよう、あれは世辞じゃなかった。
ガードン、お前は善人だよ。
「団長、ここに居たんですね」
「おぉ!! シルク、休憩中かな?」
「緊急事態です。月の魔力に惹かれて大量の魔物が接近中との事」
月の魔力……?
「何っ?! もうそんな時間帯か、今すぐ急行しよう。ではな、勇輝。また会えるのを楽しみにしてるぞ!!」
「何やら何までありがとう」
ガードンを見送った後、先程引っかかる言葉について頭を巡らせる。
月の魔力――――初めて聞く固有名詞だが、”魔力”という言葉だけは勇輝の記憶で知っている。
魔力は創作で良く用いられる概念で、魔法使いと呼ばれる存在が自身のエネルギーである魔力を使用し魔法を行使する事が出来るとあった。
月の魔力と言うだけあって、きっと想像するより特殊な魔力なのだろうと推測するが……そもそもこの世界の魔力がどのような物か良く分からない以上推測の域を出ないか。
「あの、主人……で良いんでしたっけ」
「はい、シェーラで良いですよ。どうしました?」
「シェーラさん。先程、ガードンさんが月の魔力と言っていましたが、それって一体何なのでしょうか」
「あ〜あまり聞き馴染みが無いですよね」
聞き馴染みが無いというか、全く知らないんだけどな。
だが馬鹿正直に魔力自体知らないと言ったら怪訝な表情をするのは一目瞭然だろうから口には出さないが。
「魔力は人間の体内を循環しています。普段皆さんはそれを様々な方法で魔力を使用し術という形で体外へと放出するのは一般常識でしょう」
「 」
……っぶね!!
危うく「知るわけ無いだろそんなの」って言葉が飛び出るかと思った。
その術というのは、ガードンが先程言っていた武術いうものがそれに当たるのだろうか。
「しかし元来、魔力というのは自然由来なのです。炎、雷、風、水――――定説では万物には魔力が宿るそうです。私達はそれを体内に取り込み使用しているだけなのです」
「な、なるほど……それで月の魔力というのは文字通り月に魔力が宿っていると?」
「その通りです。定期的に月が蒼く発光し地上に魔力が降り注ぐのです。ですから、皆さんは月の恩恵を一身に受ける為に年に一度、蒼月祭を開催しているのですよ」
月が……発光するだって?
ただの衛生が自ら発光するなんて聞いたことが無い。
それは最早……恒星なんじゃないか?
しかも常に発光している訳じゃなくて、一定周期で発光するのも特異過ぎる性質だ。
「あっ、すみません……解説に熱中してしまうのは私の癖で……つい……」
「あ、あぁ、大丈夫ですよ。しかし、月が発光するだなんて興味深いですね。今夜がそうなんでしたっけ?」
「そうですね。気になるのでしたら是非ご覧下さい」
これに限っては実際に見た方が早いだろうな。
今夜の楽しみが増えた。
とは言え、明日までに路銀を貯めなければならい。
どの世界でも世知辛いのだと実感する。
要するにこれからバイトの時間という訳だ。
「うーむ……何処から雇って貰えるかな」
「臨時収入が欲しいのなら、私が推薦出しましょうか?」
「推薦? 仕事を斡旋してくれるのか」
「………………えぇ、ここを出てすぐの裏路地に[月光薬局]があります。そこでお手伝い出来るようにしときますね」
「それは有り難い話だ、是非とも頼む!!」
いやはや、この女性にも何やら何までお世話になってるな。
基本的にこの街の人間は皆優しいのだろうか?
それはそれで厄介事に巻き込まれずに済むから安心だな。
一時はどうなる事かと思ったが、案外この世界も悪くないのかもしれないな!!
◇◇◇◇◇
「許さねぇぞ、あの狸女ぁぁぁぁぁぁ!!!」
なんか一瞬、間があったのはこういう言うかよ!!
何が「基本的にこの街の人間は皆優しいのだろうか?」だよ、そんな訳無いよな!!
あの狸女、自分がこれやりたく無いからって面倒事を押し付けやがってからに……!!
「〈ハートバインド〉」
「うぐっ!!」
何だこれは……!!
紫色の……首輪?!
「ほら……逃げない、逃げない。ほんの少し身体にお薬投与するだけだから……ふふ」
ま、待て、待つんだ。
それ以上近づくんじゃあねぇ。
「それ絶対危ないやつだよな!!」
良くない、それ以上は良くない。
話せば分かる。
そう、俺達には言葉があるじゃないか。
「これはただの睡眠薬。大丈夫、痛くしないから」
「助けてぇぇぇぇぇ、ガードン〜!!」
これ寝てる間に何かされるの確定だよな!!
本当に誰でも良いから助けてくれ……でないと取り返しのつかない事になっちまう!!
「あの筋肉ダルマはここには来ない。ここは防音もしっかりされてるし、今は前線で戦ってるから手が離せない」
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
狸お姉さんって需要があると思うんだ。
最後に何者かに襲われるまでのお話はまた次回……さて、一体ナニされるんでしょうねぇ……。