魔導花火と恋のしるし
雨の翌朝、サルダーンの街はやけに静かだった。
砂は湿って沈黙し、いつもの騒がしい商人たちも、まだ眠たげに泥道を見つめている。
そんな中、私は店の前でホウキを握りしめていた。
「うん……これは掃除っていうより、もはや発掘だね……」
道具屋《ナームのなんでも屋》の前、昨夜の泥跳ねがそのまま芸術作品のように広がっていた。
看板は傾き、風除け布には“雨乞い成功!”の落書きまでされている。
「犯人は絶対プラトだ……あとで店の裏に埋めよう……」
そんな朝、配達袋の中に、奇妙な包みがひとつ混ざっていた。
宛名は、ただ一言――
「ナームへ」
差出人の名は書かれていない。
「……誰? 冒険者? 客? それとも……ジュフの悪ノリか?」
警戒しながら開けてみると、中から現れたのは――
小さな金属製の筒。魔導印のついた、花火だった。
「これは……“手持ち魔導花火・月詠”……?」
ラサドの屋台で見かけたことがある。夜空に模様が描かれるタイプの、ちょっと高級な魔導花火だ。
そっと筒を傾けると、底にもう一枚、小さな紙片が貼られていた。
そこには、たった一文。
「今日の夜、いつもの丘で」
「……え、何それ……恋のやつ……?」
夕暮れ。私は、なんとなく髪を整えて、
なんとなくちゃんとした服を着て、
なんとなく心臓がうるさいまま、いつもの丘へ向かった。
ここは、街を一望できる小さな岩山の上。
風が気持ちよく抜けて、精霊もよく通る。
そこに――一人、誰かがいた。
「……ジュフ?」
「おお。来た来た」
そこに立っていたのは、水精霊師のジュフだった。
でも、いつもの気だるそうな顔じゃない。
少し、だけど、真面目な目をしていた。
「……あんた、これ、送ったの?」
「うん。雨の日、すごかったじゃん。あれ見て、あ、ナームっていいなって思った」
「……え、なに? 今さら?」
「今さら。あと、今だから。……だから、花火で伝えようかなって」
「……言えばいいじゃん、普通に」
「直接言うの、照れるでしょ」
「……言ったじゃん、今」
「う……言ったね……」
その後。
私たちは花火に火を灯し、丘の上で夜空を見上げた。
魔導花火・月詠は、ふわりと空に上がり、
やがて、ゆっくりと開いた――
星を描くような銀の模様が、空に浮かんだ。
そして、花火の中心に、一瞬だけ見えたのは……
“ナーム”の名前をかたどった小さな文字だった。
「……名前、入ってたよ」
「気づいた? 高かったんだよ、あれ」
「ばか」
雨の翌日、恋の予感と花火の夜。
砂漠の街も、ちょっとだけ甘くなる日がある。