精霊のくしゃみは突然に
その朝は、ちょっとおかしかった。
まず、氷屋のラミカ婆が震えていた。
「な、ナーム……見てみぃ……こ、この氷……!」
差し出された氷壺の中には、氷柱ができていた。
しかも、壺を割っても割っても、中からまた生えてくる。
「……ラミカ婆。まさか、氷の精霊に変な呪文かけたりした?」
「わしゃ知らん! 寝て起きたら、氷が氷を産みおった!」
街の他の氷屋も、同じ現象に見舞われていた。
冷却壺が凍結爆発していたり、氷菓子が歩いて逃げ出したり、果ては市場の中央に雪だるまが立っていた。
サルダーンで“雪だるま”は、事件である。
その原因を調べるため、私は市場の井戸裏にある精霊の祠へ向かった。
祠の中には、ポツンと浮かぶ水の精霊核。そしてその前で正座していたのは――
「……ジュフ」
水精霊師・ジュフが、タオルを頭に巻きながら祈っていた。
「ごめんなさい……! ほんのちょっと、くしゃみの呪文試しただけなのに……!」
「くしゃみの呪文って何!? そんなの存在するの!?」
「いや、正確には“精霊に感覚共有を通して風邪をひかせる術式”……で……ちょっとくしゃみさせてみたら……」
「……」
結果、水の精霊が本当に風邪をひいた。
つまり、精霊がくしゃみするたびに冷気をばらまき、
氷が暴走し、市場が天然冷蔵庫状態になっていたのだ。
「とりあえず、くしゃみ止めようか」
「うん……でも精霊が、鼻水っぽい魔力垂れ流してて……そのせいで氷が増えてるみたいで……」
「鼻水魔力って何……!?」
その後。
私はラミカ婆、プラト、通りすがりの魚屋と協力して、
**「くしゃみ鎮めの儀式」**なる即席の祭りを開催。
・温かいスープを供える
・みんなで「お大事にー」と唱和
・くしゃみマスク(布切れ)を精霊核に巻く
・最後に“熱いおでん”の香りを祠に焚き込める
……結果。
精霊は無事、**回復(?)**した。
氷の暴走は止まり、雪だるまは静かに溶けていった。
その日の夜。空には月が出ていた。
私は祠の前に座って、冷やしスープをすすりながらつぶやいた。
「……くしゃみ一発でこの騒ぎか。精霊って、案外、人間くさいよね」
月光の中、精霊核がぽうっと小さく光った。
……それが、笑ったように見えたのは気のせいかもしれない。