ラクダがいない日
朝、郵便が届かなかった。
それ自体は珍しいことじゃない。風が強い日、精霊の機嫌が悪い日、あとトカゲが昼寝してる日なんかも配達は遅れる。
でも今朝は、配達のジュフ……じゃなかった、プラトの弟分が、血相を変えてやってきた。
「大変だナーム姉ちゃん! ドンピシャ丸が……逃げた!」
「え、ドンピシャ丸って、あの空飛ぶ郵便トカゲ?」
「そう! プラト兄ちゃんが昼飯に干し肉あげたあと、いきなり空へシュバッて! 追っても見えなくなって……!」
──砂嵐の予感。
いろんな意味で。
「で、郵便は?」
「……ここに、全部……」
彼が背負っていた巨大な袋が、ズンと地面に置かれた。
中にはこの街の半分の郵便が詰まっている。
「……で、それを私にどうしろと?」
「姉ちゃん、馬鹿力だし。足も速いし。ラクダの扱い慣れてるし。頼めるの姉ちゃんしかいないって、プラト兄ちゃんが……」
「プラト本人が来いよ!!」
というわけで、私は気づけば郵便係代理になっていた。
ラクダ――じゃなくて、**魔導式騎乗獣“ラグドーラ3号”**を借りて、砂漠の街中を郵便袋を抱えて駆け回る。
……ちなみにラグドーラ3号、動きがやたらクネクネしていて、気持ち悪い。
エサは風精霊のエネルギーで、くしゃみするとくるくる回る。しかも鳴き声が「ムエ〜〜〜ン」。
「ムエ〜〜〜ンって何!? 何の生き物のつもりなのあんた!」
でも郵便は待ってくれない。高台の商人街から、砂時計屋の地下階段、川沿いの魚干し小屋まで――
「はい、お届け物でーす! 本日の気温は46度、風速9メートル、配達員は汗だくです!」
昼過ぎ、最後の配達先――「西門の巡回兵詰所」に到着したとき、門兵がひとこと。
「ナームさん、すごいな……この暑さでこの距離、全部手配達って……」
「もう、冷却石じゃ足りない。全身冷却風呂がいる」
汗も引かぬまま空を見上げると、遠くの空に、何やら小さな影が見えた。
その影はすーっと近づき、街の上空を優雅に滑空しながら、こちらに向かってきた。
「……あれ、ドンピシャ丸じゃない?」
郵便袋をくわえて、めちゃくちゃ涼しい顔で帰ってきた。
その足には、高級干し肉が結びつけられていた。
「……贅沢しに逃げたんかい!!」
その夜。
街の夕焼けが冷えていくころ、私はプラトにひとこと言っておいた。
「次逃げたら、ドンピシャ丸、名前“ピンボケ太郎”に変えるからね」
「やめて! あの子、プライド高いから落ち込む!」
砂漠の街は、トカゲも郵便も自由すぎる。
でもまあ、笑いながら文句を言える日って、わりといい日だと思う。