冷却石は足りているか?
午前中の客足が一段落したころ、店の奥で冷却石の在庫を確認していた私は、思わず声をあげた。
「……ちょ、ちょっと待って? これしかないの!?」
棚の奥に並ぶのは、小ぶりな冷却石がたったの6個。それもひとつはヒビ入り、ふたつは色が変色しかけている。
冷却石というのは、砂漠の生活において命綱みたいなものだ。
火照った肌に当てて冷やすもよし、壺に沈めて飲み水を冷やすもよし。大きな石なら、部屋全体を涼しくもできる。
「これはまずい……今日は市場に新しい入荷があったはず。急いで行かないと……!」
私は布のスカーフで頭を覆い、風よけのゴーグルを目元にかけて、砂まみれの街へと飛び出した。
市場はすでに熱気で沸騰していた。
風よけ布の陰にずらりと並ぶ露店、そのほとんどが「冷却石完売」の札をぶら下げていた。
「なんで!? 今日入荷って言ってたじゃん……!」
焦っていた私の背後から、ぬるりとした声がした。
「いやー、悪い悪い。全部……オレが買い占めちゃった♪」
「……その声……」
振り返ると、いた。
長身で涼しげな顔立ち、青いローブを風になびかせ、腰には水の魔導印が刻まれた銀のプレート。
この街では数少ない“水精霊師”、ジュフ・アクアロだった。
「ちょっとジュフ!? あんた、また冷却石、使いすぎたんでしょ!」
「いやー……うっかりちょっとだけ出力間違えちゃって……水の精霊たち、今日はやたら元気だったんだよね?」
「“ちょっとだけ”で街の在庫一掃するな!」
彼の背後には、カートに山と積まれた冷却石。しかも、ちらっと見る限り、ほとんど未使用。
「試作の冷却術式がねぇ、暴走しちゃってさ……あ、でもこの“水の回転スピナー”とか、ナームの店に置いてくれてもいいよ?」
「いらんわ!!」
結局、ジュフのせいで市場の冷却石は本日壊滅。
私は仕方なく、古くて小さい石に魔力を込め直して再冷却するはめになった。
……あ、ちなみにその“水の回転スピナー”は、風に煽られて翌日には店の屋根から飛んでいきました。
砂漠の街では、モノも魔法も、風まかせ。
でも、暑さとバカは元気だし、今日も平和ってことなんだろう。