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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第一部
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第二章 ー目覚めの囀りー

挿絵(By みてみん)

——羽音が聞こえた。けれどそれは、自分の羽ではない。


小さな風のざわめき。草を撫でる音。

遠くで鳥が鳴く。けれど、それもどこか、自分ではない。


「……う……ん……」


少女は瞼を重たげに持ち上げた。

霞がかった視界。乾いた空気の匂い。

木洩れ日が、籠の隙間から頬に触れる。


そこは——知らない場所だった。

そこに置かれた檻の中に、自分は閉じ込められている。


「……どこ……ここ……?」


掠れた声。

言葉を発したことさえ、久しぶりだった気がする。


体は重く、翼も脚も、うまく動かせない。


彼女——まだ名のない少女は、寝藁の上でもぞもぞと身を起こす。

両腕の代わりにある、青緑の大きな翼が、ぎこちなく揺れた。


「……っ!」


その姿に、自分自身が驚いた。


翼。羽毛。鳥の脚。

自分の身体のはずなのに、どこか“借り物”のような違和感がある。


「やっと目ぇ覚ましはりましたなぁ」


どこか遠くから、鈴のように響く声がした。


視線を向けると、籠の外にひとりの少女がいた。


真白い肌。

白い髪を高く結い、赤い袴を揺らす巫女装束。

手には朱扇。狐の面が顔の上半分を隠している。


「……だ、れ……?」


「ウチは九重ここのえ

ここの封印をほどこしに来ただけのお役目どすえ」


そう言って、彼女は籠の前に静かにしゃがんだ。

面の奥の瞳が、じっとこちらを見つめている。


「けどまぁ……お名前も、思い出せんのやろ?」


「……わかんない……あたし、なにも……」


「ふふ。なら、名前くらい、つけたげましょ」


九重は朱扇を閉じると、すっと指を伸ばした。

指先で籠の縁を撫でながら、まるで詩を詠むように続ける。


「この羽、よう風を知ってはる……

目ぇも、生まれたばっかりの空みたい。そやさかい……“飛ぶ”ことを、忘れた鳥の名として——」


一拍、間を置いて。


「……“飛鳥あすか”って、呼ばせてもらいますえ。ええ名前やろ?」


「……あすか……?」


口にしてみると、それはすこしだけあたたかく、

どこか懐かしい響きだった。



九重はふっと微笑み、狐面の奥でやさしく目を細めた。


「そないな檻に閉じ込められて……不安やろなぁ。せやけどな、飛鳥ちゃん」


彼女は囁くように、けれどはっきりと告げた。


「檻の鍵、開けられるとしたら……出てみたいと思わはる?」


その言葉は、風のように——飛鳥の胸の奥へと入り込んだ。



しばし沈黙。

だが、少女は——ゆっくりと、しかし確かに頷いた。


「……出たい。……あたし……自由になりたい……」


それを聞いた瞬間、九重はすっと立ち上がる。


「……よろし。ほな——開けますえ」


朱扇をひらりと振るうと、籠を囲む封印が、ひとつずつ、ほどけていく。

静かに、でも確かに。


(——あんたが、そう言うてくれはったら、それで充分)


風が吹いた。

それはもう、檻の中の風ではなかった。



——つづく

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