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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第一部
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第十三章 -白の庭、黒の檻-

挿絵(By みてみん)

―わたしは、なにから生まれたの?―


風が、そっと頬を撫でていく。


それは、涙のあとをそっとなぞるような、やさしい風だった。


「……ようもまぁ、ようけ傷だらけになって……」


九重の膝の上で、飛鳥はうっすらと眉を寄せたまま眠っていた。

痩せた肩にかかる髪は汗で貼り付き、頬には矢が掠った跡、

矢傷に包帯を巻かれた翼は小さく揺れている。


九重は、飛鳥の顔にかかる髪を優しく払ってやりながら、眉根を寄せる。


「……旦はん、いったいこの子を……どこへ連れて行きたいんやろなぁ……。……こんかいばっかりは、うちも、わからへんわ……」


祠の裏、誰にも見つからない岩陰。

小さな湧き水の音が静かに響く場所で、九重は独り言のように呟く。


飛鳥は小さく寝返りを打った。

眉間に皺が寄り、口元が震える。

呼吸が速くなる。


九重は、飛鳥の額にそっと手を添えた。

少しだけ熱が静まり、飛鳥の様子が少し穏やかになった。


「大丈夫や……誰も、もうあんたに手ぇ出せへん……」


そう囁いた。


飛鳥の羽が、ふるりと震えた。

そして、視界が反転するように暗転する——



***



白く、静かな庭だった。


どこまでも続く花の野原。

咲き乱れるのは、名もない白い花たち。

風もなく、鳥の声もない。


その中心で、飛鳥は立っていた。

けれど、自分の足音すら聞こえなかった。


(……夢……?)


違和感に気づいたとき、彼女は“檻”を見つけた。


草を押しのけるようにして現れたのは、

黒鉄の格子でできた、古びた鳥籠。


その中にうずくまっているのは——

他でもない、“自分”だった。


「……あれ……」


檻の中の自分は、膝を抱え、顔を伏せている。

羽は乱れ、脚は泥に沈み、まるで声を失った鳥のようだった。


(なんで……)


飛鳥が近づこうとしたその時。


視界の奥に、白衣の男が現れた。


地面を踏む足音もなく、

ただ存在そのものが空間を侵食するように。


「……LC-10。複合体。回収……する」


その言葉に、空が微かに震えた。


飛鳥は、とっさに檻の前へ走る。


「やめて!」


けれど、身体は動かない。

声も、遠くへ届かない。


白衣の男は、淡々と近づき、檻の格子へと手を伸ばす。


「魂構造の安定度を維持するには、

この段階での逸脱は好ましくない」


その声の先に、黒い札が浮かび上がる。


「制御式を、再び展開——」


その瞬間。


風が逆巻いた。


——何かが降りてくる。


白い霧の中から現れたのは、静かな影。


最初は、ぼんやりとした人影だった。

近づくにつれ、徐々に姿があらわになる。


それは——半竜の女性。


透き通るような青紫の髪が風に揺れ、

額には、前髪を掻き分けて生えるなだらかに湾曲した二本の角。

後頭部から真っ直ぐ生える、鱗に覆われた三本の角。

腰から生えた、光を纏うような一対の翼、

そして、硬い鱗の上に柔らかな羽毛が生えた尾がゆるやかに流れていた。


大きな角の様にも見える、斜め下に張り出した耳は、鱗で覆われている。


異形——けれど、美しい。


その姿を見て、飛鳥は目を見開いた。


「……なに……?」


飛鳥は、ただ見つめた。

その姿はあまりにも幻想的で、神聖で、

まるで絵画の様に美しかったり


けれど、動きはとても静かで、

力強く、そして優雅だった。


そして、その顔は見た事がある。


——アジュール。


その身体には、ドラゴンの痕跡がある。

翼と尾は、しなやかに揺れるが、

実際には筋肉質で重く、確かな重みを持って地を踏んでいる。


しかし、

赤いルビーのように透きとおる目

寒色寄りの白い肌。それを彩る朱の刺青。


細めた目尻の優しさ。

静けさと共に在る、母のような気配。


それは確かに、かつて自分の背中を押してくれた——優しい蒼い風。


彼女は、白衣の男の前に立ちはだかった。

言葉はない。ただ、存在だけが語る。


白衣の男は、一歩も引かない。


「……傍観しているだけか。

それとも、干渉するつもりか?」


アジュールは何も答えなかった。

ただ、尾をゆっくりと揺らす。


その動きは、まるで「答える必要があるのか」と言っているようだった。


白衣の男は黙ったまま、視線だけで数秒、アジュールを観察し——

やがて、ゆっくりと手を下ろした。


「君の意志は、計画に支障をきたす範囲ではないと判断していたが……

どうやら、再評価の必要がありそうだ」


アジュールが檻の中の“飛鳥”へと歩み寄る。


その尾が、そっと檻に触れる。

格子が、静かに溶けるように消えていく。


そして——


アジュールは、夢の中の飛鳥を、柔らかく蒼い羽毛の生えた竜の尾で、優しく包み込んだ。た。

それは、「ここに居ても良い」とも、「飛んでもいい」とも受け取れる。

まるで、「選びなさい」と言っているようでもあった。


飛鳥は、目を閉じた。


そして——



***



飛鳥は、そっと目を開けた。


飛鳥は、ゆっくりと目を覚ました。


苔むした祠の裏、静かな森の片隅。

仄かに水音が聞こえ、葉擦れの音が風に運ばれてくる。


「……目ぇ覚めた? だいじょうぶや、もう」


九重の膝に頭を乗せたまま、飛鳥は、ぼんやりとその顔を見上げた。


「……あの夢……また、“檻”が出てきた」


「……そっか」


九重は、いつもの狐面を揺らしながらも、心なしか眉をひそめていた。


「でも……ただの夢じゃない気がする」


白衣の男。異形の姿のアジュール。

それは、初めて見る姿。

でも、確かに見覚えがある気がしていた。


彼女はゆっくりと膝を抱えるように座る。

羽を自分に巻きつけて、風の音を聞いた。


「わたし……やっぱり、自分が何者か知りたい。

ちゃんと、知りたい……」


その声を、風がさらっていった。


その近くで、九重は面越しに飛鳥を見つめていた。

何も言わず。

ただ静かに。


狐面の奥の黒い瞳が、そっと細められた。



——つづく

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