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君は、風に還る。  作者: 矢崎 那央
第一部
1/50

第一章 ー鳥籠の中の風ー

挿絵(By みてみん)

ジャンル:

[幻想SF] × [人外娘フェチ] × [少女成長譚]


―風と異形の少女たちが紡ぐ、再生の物語―


記憶を失ったまま、異形の体で、鳥籠の中で目覚めた少女。

自己否定から「他者に受け入れられる」ことを通じて少しずつ成長する。


誰かの言葉が、触れられなかった心に届いたとき、

世界はきっと——少しだけ、優しくなる。


 

異形と美の融合、見た目と魂のギャップ、触れてはならぬ神秘と、本能を刺激する色気・愛しさ・背徳感を併せ持つヒロインたちが登場する。

可愛い、綺麗、怖い、エロい——その全てが、異形という魅力に昇華されている。

対象感性:

 → 「ふつうの女の子では物足りない」読者の感性に刺さる

 → 「異形なのに可愛い」「モンスターなのに抱きしめたい」

  ——そんな矛盾を肯定する者たちのための物語——

挿絵(By みてみん)


森は深かった。

梢は風にそよぎ、鳥も鳴かず、ただ木々の葉擦れが音を立てていた。


獣道を抜けた先、そこだけぽっかりと空が開けていた。

太陽の光が、すり硝子越しのようにぼんやりと地を照らす。

苔むした石板に囲まれた古いラボ。天井は半ば崩れ、蔓草が垂れ下がる。

まるでそこだけ、時の止まった庭のようだった。



扉が軋み、ふたりの影が入ってくる。


ひとりは白衣を羽織った男。

その後ろに控えるのは、背の高い一人の少女。


「……ここが、その子を置いてある場所なん?」


少女は、淡く息を吐きながら、冬の朝の吐息のように澄んだ声で男に尋ねた。


その少女の姿は、まるで雪のような白い肌。

長い白髪を高く結い上げ、朱の袴を揺らす巫女装束。手には朱扇。

目元を覆う朱の隈取のある狐面の奥、その黒い瞳が静かにあたりを見回していた。


白衣の男は、顔立ちに乏しく、感情の見えない仮面のような目をしていた。


「初めて案内するな、九重ここのえ。おまえには、まだ見せていなかった」


と、男は言った。


「おまえの力が要る。この檻の結界を補強して欲しい」


「……はいな。仰せのままに。けど、旦はん……」


九重と呼ばれた少女は一歩、男の背後に寄った。


「……この“”のこと、よう言わはりませんなあ。何者で、なぜ閉じ込めるんか……

ウチ、何も訊いた覚えがあらしまへんえ?」


「別に、おまえが知る必要がなかっただけだ」


白衣の男はラボの中央、細工の施された巨大な鳥籠を指差す。


中には、長い睫毛の瞳を閉じて眠る、小柄な少女の姿。


長い黒髪を、前髪を額にかけて下ろし、背中で一つに結わえている。

顔立ちはあどけなく、丸みを帯びた頬に小さな鼻。

長いもみあげを、幼さの残る頬から、少し尖った顎に沿わせて垂らしている。


淡く桃色がかった、明るい色の肌をした顔は、一見すればどこにでもいる普通の子供のようだった。


しかし、その身体は——異形の存在だった。


肩から肘までは人間のそれだが、肘から先は、大きな鳥の翼に変わっている。

それが、大きく鳥籠の底いっぱいに広げられていた。


羽根は青緑。

カワセミのような輝きを帯びて、わずかに濡れたような光を宿していた。


肩が露出し、肘丈のケープレットスリーブのチュニックでは、異形の体を隠せてはいない。


膝から下は、桃色の鱗に覆われて長細く、あたかも鳥の脚のように見える。

そのか細い足では、まともに歩くことすら難しいように思えた。


膝上の、短い若草色のスカートから除く華奢な太腿が、膝から下の異形を強調していた。


まるで、人間のふりをしている鳥のような、

あるいは、ほんの少しだけ作り損ねられた少女のようなソレが、

脚を投げ出して、横向きに身を倒し、黒い鉤爪で柔らかな干し草をつかんでいた。


「……まぁ……」


九重は思わず呟く、扇子を閉じる。


その姿に、心の底に何かが波紋のように広がる。

それが、あまりにも弱々しいソレへの慈愛なのか、哀れみなのか——自分でもわからなかった。


「この子……目ぇ覚ましはった時、何て言うんやろなぁ……」


「名も知らぬ鳥は、目覚めたとき、囀りで己を知る...か」


白衣の男は、九重の呟きに独り言のように返すと、籠の周りに円を描くように歩き出した。

九重は、その後に従う。朱扇を広げ、足元に一歩ずつ結界の符を刻み込む。


「コレが逃げることはない。……だが、念のためだ」


「——はぁ、心得ました。けど……」



九重は、そっと籠の中の少女へと視線を向ける。

まるで風のように、今にも消えてしまいそうな儚い存在。


——そんな檻に、あの子を閉じ込めて。

ほんまに、旦はんは、それでええて思てはるん?


「……せやけど、旦はん。もし、この子が“自分で籠を出たい”て言い出しはったら……どうなさるつもりでおりますの?」


白衣の男は、足も止めずに答えた。


「その時は、出られぬ様、封を強化するだけだ」


そう答える声は、それが当たり前だが、どうした? とでも言うかの様に無機質だった。



九重は、それ以上なにも言わなかった。

だが、仮面で隠れた瞳の奥に、横たわる儚げな存在に向けられた何かが、僅かに揺らいでいた。


風が一筋、ラボの崩れた天井に差し込んだ。

羽根を揺らすにはあまりにもかすかな風。

けれど、それが“運命”の息吹であることを、誰もまだ知らない。



——つづく

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