表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

幻影の花束

【登場人物】

鷹介ようすけ:本作の主人公。27歳。雑誌編集者。几帳面かつ理性的な性格だが、内面には熱い芯を持っている。

ほたる:ヒロイン。24歳。花を使ったイリュージョンを得意とするパフォーマー。「幻影の花束」と呼ばれるショーで注目されている。

雅人まさと:螢の幼馴染みでマネージャー。彼女を支える一方、螢に秘めた想いを寄せている。

一条いちじょう:鷹介の上司で編集長。螢のショーに目をつけ、特集記事の執筆を鷹介に任せる。



(オフィスの一角。デスクに向かっていた鷹介が、編集長の一条に呼ばれ資料を手渡される)


一条(編集長)「鷹介、次号の特集、例の『幻影の花束』を取り上げる。担当はお前だ」

鷹介「『幻影の花束』……最近話題のイリュージョンショーですね。大掛かりなトリックだと評判ですが」

一条「そう。ただ、まだ謎が多い。パフォーマーの螢についても、出自や経歴が一切公表されていない。鷹介、お前の得意の取材力で徹底的に迫ってみろ」


(鷹介は資料をざっと目を通す。そこには螢のプロフィールやショーの公演スケジュールなどが記載されている)


鷹介(心の声)「『幻影の花束』か……イリュージョンなんて胡散臭いイメージがあるけど、あの華やかさは正直興味をそそる。ま、やるしかないか」


劇場・夜

(薄暗い客席の中で、鷹介はメモ帳を手にショーを見守っている。ステージには螢が立ち、ライトの演出がきらびやかに降り注ぐ)


螢「皆さん、今宵は特別な夜にしましょう。私が咲かせる花の幻、どうぞお楽しみください」


(螢が両手を広げると、投影のようでもあり、本物の花のようでもある煌びやかな花びらが宙を舞い始める。幻想的な光の粒が漂い、客席が大きくどよめく)


鷹介(心の声)「……想像以上だ。まるで本当に花が生きているみたいだ。イリュージョンだけじゃない……何か、不思議な力でも働いているのか?」


(ショーがフィナーレを迎え、スポットライトが消えると、舞台上には螢だけが静かに立っている。客席から割れんばかりの拍手が響く)


舞台裏・ショー終了後


(螢の楽屋前。鷹介は取材のため、スタッフに案内される)


鷹介「突然失礼します、雑誌『トワイライト』の記者・月影鷹介と申します。螢さんに取材を――」


(楽屋から出てきた雅人が、慌ただしく対応する)


雅人「螢は今、体調を整えている最中です。少し待っていただけますか?」

鷹介「もちろん。あれだけ派手なパフォーマンスをした後なら、お疲れでしょうね」

雅人「すみません。……ところで、そのショー、どう感じられましたか?」


(雅人の瞳は鋭いが、そこにどこか警戒の色がある。鷹介は正直な感想を伝える)


鷹介「正直、圧倒されました。花が本当に生きているようでした。イリュージョンの枠を超えているというか……」

雅人「そうですか。……なら、あまり深入りしないほうがいいかもしれません。螢のショーは、ただの演出じゃありませんから」


(雅人が意味深な言葉を残したところで、螢が静かに楽屋から姿を現す。ステージ上の妖艶な姿とは打って変わって、白いブラウスに黒のパンツ姿という地味な服装)


螢「失礼しました。お待たせしてしまって……あ、あなたが月影さんですね。今日は取材に来てくださってありがとう」

鷹介「いえ、僕のほうこそ貴重な機会をありがとうございます」


(鷹介は螢と目を合わせる。舞台ではあれほど華やかだった彼女が、今は儚げで、しかしどこかミステリアスな雰囲気を放っている)


螢「少し外の空気を吸いたいんです。よかったら、一緒にどうですか?」


劇場外・夜風の中


(夜空を見上げながら、螢は深呼吸している。鷹介はそんな彼女を見つめつつ、取材を開始する)


鷹介「先ほどのショー、息を呑みました。あれはどうやって……」

螢「……秘密です。でも、これは嘘じゃない。私が生まれた頃から持っていた“花の幻”を操る力。どう説明していいのかわからないけど、単なるイリュージョンじゃないんです」


(螢は右手をかざし、小さな花の幻影を咲かせる。それはほんの数秒で夜空に溶けて消える)


鷹介「本当に、現実離れしている……。でも、そんな能力をどうやって身につけたんです?」

螢「生まれつき、なんですよ。両親も同じ力を持っていたらしいけど、幼い頃に亡くなってしまって……。私に残されたのは、この力だけ」


(寂しそうに微笑む螢。鷹介は彼女の強がりに気づく)


鷹介「だからこそ、あんなに多くの人を魅了するショーを? “花の幻”はあなたの大切な思い出でもあるんですね」

螢「そうかもしれない。でも、時々不安になるんです。この力を使うたびに、何か大事なものが少しずつ削れていくような、そんな感覚があって……」


(言いかけたところで、楽屋出口から雅人の声が響く)


雅人「螢、そろそろ戻ろう。夜風に当たりすぎると体に障る」


(螢は小さくうなずき、鷹介に視線を戻す)


螢「今日はありがとう。よかったら、また取材に来てください」


(鷹介は軽く会釈し、その場を後にする。しかしその胸には、ただの興味ではない、妙な胸騒ぎが芽生えていた)


雑誌編集部・翌日昼


(オフィスに戻った鷹介は、一条に初回の取材メモを渡す)


一条「なるほど……『単なるイリュージョンではない。彼女は本物の魔法を使っているようだった』、か」

鷹介「正直、記事にどうまとめるべきか悩んでいます。作り話にしか聞こえないので……」

一条「面白い。じゃあ徹底的にやれ。次の公演にも足を運ぶといい。編集部としても大きな目玉にできる可能性がある」


(鷹介は承諾し、再び劇場へ向かうことを決意するが、その表情にはどこか躊躇いがある)


鷹介(心の声)「あの力……本当に報道していいものなのか? 螢自身が危険な目に遭う可能性もあるのでは……」


劇場・公演リハーサル


(翌日、鷹介はリハーサルの様子を見学している。螢が花の幻を出そうとするが、その動作がどこかぎこちない)


螢「はぁ……はぁ……」

雅人「大丈夫か? 最近調子が悪いみたいだけど」

螢「ごめん。ちょっと休む」


(螢は顔色を悪くして、ステージのそでに座り込んでしまう。鷹介が慌てて駆け寄る)


鷹介「大丈夫ですか!? 救急車呼びましょうか?」

螢「だ、大丈夫……。少し休めば落ち着くはずだから」


(雅人が鷹介を制止し、耳打ちする)


雅人「これが彼女の“代償”なんだ。あの力を使うたびに、螢は少しずつ体を蝕まれていく。医者にも原因不明と言われていて、薬も効かない。だから、あまり騒ぎ立てないでほしい」


(衝撃を受ける鷹介。螢が苦しそうに胸を押さえている姿を見て、思わず彼女の手を取る)


鷹介「そんな……どうにかならないんですか?」

雅人「……今のところ、ショーをやめる以外に方法はない。けど螢は、この力を使ってこそ生きていると感じてるんだ。だから僕も止められない」


(鷹介は螢の手をしっかりと握りしめる)


鷹介「そんなの、辛すぎる……」


(螢は苦しげに笑いながら、微かに首を横に振る)


螢「鷹介さん……優しいね。でも、私は大丈夫。これも含めて“私の運命”だから」


(この瞬間、鷹介の胸の奥で抑えきれない感情が湧き上がる。螢を助けたいという思い。それは紛れもない恋情の始まりだった)


帰り道・夜


(劇場を出て夜道を歩く鷹介は、一人思い悩む。すると背後から足音が近づく)


螢「鷹介さん。送っていきますね」

鷹介「螢さん……。まだ体は?」

螢「もう平気。心配してくれてありがとう」


(螢が微笑むと、ほんの一瞬だけ花びらの幻が舞う。しかしすぐにかき消える)


螢「私ね、この力を使って世界に花を咲かせたいと思ってるの。でも、その代わりに体が壊れてしまうなら……正直、怖い。死ぬのが怖いわけじゃない。誰にも愛されないまま、消えてしまうのが一番怖い」


(螢の言葉に鷹介は動揺する。そのまま思わず螢の肩をつかむ)


鷹介「愛されるかどうかなんて、わからない。けど、俺は……俺はあなたのことを放っておけない。もっと知りたいんだ。あなたの力も、あなた自身のことも」


(螢は困惑しながらも、鷹介の真剣な瞳から目をそらすことができない)


螢「……鷹介さん。あなたは、私が何をしてもそばにいてくれる?」

鷹介「もちろんだ。たとえどんな危険があっても、俺はあなたを守りたい」


(螢の瞳が潤み、花の幻が二人を包み込むように舞い散る。この美しくも危うい一瞬が、二人の距離を大きく縮める)


結末


最後の公演・大ホール

(螢の公演が千秋楽を迎える夜。大ホールには満席の観客が集まっている。鷹介も観客席で見つめ、雅人は舞台袖で万一に備える)


雅人(心の声)「どうか、何事もなく終わってくれ……」


(螢がステージ中央に立つ)


螢「皆さま、ようこそいらっしゃいました。今日、私がお見せするのは最後の“花の幻”です。どうか、その儚さを胸に刻んでください」


(螢が大きく息を吸い込み、両腕を開くと、眩い光が満ち、華麗な花々の幻影が客席を埋め尽くす。観客の歓声とともに花びらが宙を漂い、ステージは幻想の世界へと変貌する)


螢「――!」


(しかし、その力がピークに達した瞬間、螢は激しく胸を押さえ、崩れ落ちそうになる)


鷹介「螢っ!」


(思わず鷹介は客席から飛び出し、ステージへ駆け上がる。動揺する会場。ステージ袖から雅人も出てくる)


雅人「やっぱり限界だったのか……!」


(螢は膝をつきながら、それでも最後の力を振り絞って立ち上がる)


螢「……大丈夫。これが私の花。……たとえ、この身が散っても、私の思いだけは残したい……」


(その言葉に鷹介は強く螢を抱きしめる)


鷹介「散る必要なんかない! 俺は……俺は、あなたがずっと笑っていられる道を探したい。だから、頼むから生きてくれ。俺が、その未来を絶対に見つけるから!」


(螢の瞳から涙がこぼれ落ちる。その一滴が光を帯び、舞台を舞う花びらと交わる。すると奇跡のように花びらたちが鷹介と螢を包み込み、その姿が客席からはまばゆい光に見える)


螢「……鷹介さん。あなたを、信じていい?」

鷹介「もちろんだ。俺は“本物の魔法”を、あなたと一緒に見つけたい」


(ステージ上の二人を見つめる雅人は、一瞬唇を噛みしめるが、そっと微笑みながら拍手を送る。やがて、会場の観客も拍手に包まれる。螢の最後のショーは、かつてない感動のフィナーレとなった)


シーン9:エピローグ・舞台袖

(公演終了後、舞台袖。スタッフに付き添われながら螢は息を整えている。鷹介がそっと寄り添う)


鷹介「どう? 痛みは?」

螢「少しあるけど……大丈夫。今までで一番、心が軽い気がする」


(螢は優しく微笑む。その隣で雅人が小さくため息をつく)


雅人「やれやれ、二人とも人騒がせな。でも、これからが本当の始まりだ。螢の体を治す方法、きっと見つかるはずだよ」


(鷹介は力強くうなずく)


鷹介「俺の雑誌編集の仕事もあるけど、螢のために使えるコネや情報は総動員するから。医療の専門家や、不思議な現象を研究してる人たちにもあたってみる」

螢「……ありがとう。本当に、ありがとう」


(螢は鷹介の手を握りしめる。そこで光が差し込むように微かに花びらが舞い、一瞬だけ二人を照らす。その花は儚いが、美しく確かに存在していた)


螢「この花が咲き続けるように、私も生き続けたい。そのために、あなたと一緒に歩みたい」

鷹介「うん。一緒に、花を咲かせよう」


(そう言葉を交わした瞬間、控え室の外からはアンコールの拍手が鳴り止まない。二人は顔を見合わせ、笑い合う。螢はステージへ向けて歩き出し、鷹介も隣を歩く)


――二人が共に見る未来は、まだ白紙だ。しかし、その一歩一歩は確かな光に包まれている。儚くとも確かな“花の魔法”が、二人を導くように――。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ