ダンジョンの主と決着
ローザは私に近接戦の戦い方を教えてくれた人だ。だからさっきの彼らよりも一層警戒しなければならない。対応するよりさせるべきだ、だから私はローザに接近する。
防御しずらいであろう膝を狙って足の裏を使って蹴りを放つ。
「甘いなロサ!」
ローザはそれを跳躍で躱し、彼女の足で二歩分の間合いをとる……この距離だと私が接近しきるより早く彼女の攻撃が飛んでくるだろう。深追いは禁物だ。
「なあロサ、あんた記憶戻ってるのかい?」
「はい?」
確かにここ半年くらいの記憶がない。原因は定かではないが、姐様がそれに言及するということは心辺りがあるらしい。
「戻ってないはずだ。あれはちゃんとした手順を踏まない限りは取り戻せないシロモノだからね。私とあんたの仲だ。今ならカラットを置いて手打ちで行こうじゃないか」
「……なぜカラットを?」
「何も殺すわけなじゃい、そんだけ綺麗なんだ。ちゃんと売りこめば高値がつくはずだよ。記憶、大事じゃないのかい?ロサにとって仲間は何よりも大切なはずだ。命を置いていけなんて言ってない。ただカラットという商品を置いていけば取引が成立するって話なんだ。私が売ったあとあんたが買い直せばいいじゃないか。どんだけ金がかかるのか見当もつかないけどね」
記憶が大切ではないと言えばウソになるがせいぜい半年の記憶だ。これからの人生でいくらでも取替えせる。今重要なのは私の過去なんかより彼女と過ごす未来だ。
私は短剣を構えて前傾姿勢になる。少しでも加速できるよう重心は前に、前のめりに倒れこむほどに。
普段自分にかけている身体強化の魔法を最大にする。
「姉様、私の答えわかってますよね」
「まあ、あんたがガキの頃から色々教えてきたからね」
「死んでください」
地面を滑るように私は超低空を駆ける。先ほど同様いやそれよりも低い位置、彼女の足の裏の腱を狙い短剣を振るう。
「っと!狙いが分かれば躱せるもんだ!」
またジャンプで躱されるが想定内だ。私は壁に激突しながらも腕をクッションにして衝撃を和らげながらその反動で飛び上がり、ローザのがら空きの背中に両足で蹴りを食らわせて体勢を崩させる。
「ぐっ!」
倒れこむローザの上に私は馬乗りになって狙いを澄ませて全体重をのせて短剣を心臓に突き立てる。遺言なんて聞かない。それが彼女にとって時間稼ぎの手段だから。私は小柄で非力だ。相手の急所を一撃で仕留めなければすぐに捕まって手痛い反撃をくらってしまう。
「ごふっ」
まともに呼吸が出来てないのか姐様は口からだらだらと血を零すばかりだ。
……もう助からないなら私が彼女の上に乗っかっている必要もない。私は突き刺した短剣から手を放し、ロサの元へ駆け寄る。
一瞬の攻防ではあったが何か巻きこんでいないか心配だ。しかし杞憂だったか彼女の身体には塵一つついていなかった。
「カラット、大丈夫ですか?」
「はい、これで……危ない!」
「え?」
カラットが必死な表情で私の肩を押して立ち位置が入れ替わる。一瞬何をされたのかわからなかったけど振り返ると何が起きたのか分かった。
それは魔道具と思しき短刀がカラットの腕に突き立てようとして薄皮一枚すら貫けていない奇妙な光景だった。
「バ、バケモンが……」
そのナイフを突き立てようとした主……ローザ姐様の最後の言葉は何ともみじめな言葉だった。
……家族のいない私にとってローザは姐のような存在で、家族だった。悪人だとしても家族として遺体だけはちゃんと埋葬しよう。
「ロサちゃん……」
「大丈夫ですよ、カラット」
私は大丈夫。大丈夫なはずだ。手も足も満足に動かせる、何かあってもちゃんとカラットを守り切れるはずだ。
「ロサちゃん……あの今日はもう帰りませんか?」
「それはなぜ?」
「ロサちゃんは今日を頑張りました。もう休むべきです」
カラットは私を抱きしめて言葉を続ける。私にはなぜ彼女が涙ぐんだ声なのか皆目見当もつかない。しかし、ここで彼女の言葉を肯定しないと抜け出せない気がして、私は部屋に戻ることにした。




