サイドストーリー_君の表情(かお)
サイドストーリー
君の表情
2-S1-1
「手際が悪く・・・申し訳ありませんでした」
店内を歩き回った私たちはどうにか目的の場所に辿り着くことができた。
城新駅近くのチェーン家具店、その雑貨コーナーで目の前の女の子は頭を下げた。
私と同世代くらいだろうか?中学生はアルバイトできないはずなので同い年か年上か。いずれにせよ私は怒ってはいない。先ずはそのことを伝えよう。
「そんなに気にしないで!」
「申し訳ありません・・・」
私の言葉に彼女はなお謝罪を返す。頭を下げると同時に綺麗な黒髪が零れ落ちる。
よく見るとお店の制服がオーバーサイズ気味だった。華奢な体格の彼女に合うものがなかったのかもしれない。
「本当に気にしてないよ」
私の言葉で女の子は顔を上げてくれたが、未だ恐縮している様子だった。
スムーズな案内ができなかったのだ。店員さんとしては普通の態度なのかもしれない。
ーーでも、きっとそれだけじゃない。
彼女の表情には言いようのない絶望感が宿っているーーように思えた。今にもこの世界から消えてしまうのではないか。そんな錯覚さえ抱くほどだった。
何があったのかは分からない。多分、私の想像も及ばない悲劇が彼女の身に降りかかったのだと思う。
ーーあの時の私と同じかも。
ふと、そんな感慨が過ぎる。
半ば無意識のうちに口が動いた。
「私たち同世代くらいだよね?そんな畏まらなくて良いって!」
「えっと・・・」
女の子はキョトンとした表情を浮かべている。
ちょっと後悔、急に距離詰めすぎたかな。つい勢いで行っちゃった。あ、よく見ると可愛いお顔・・・ってそうじゃなくて!ええと・・・この後どうしよう。とりあえず・・・会話続けなきゃ!
「案内してくれてありがとう!」
口を突いたのはそんなありふれた感謝の言葉だった。全く気の利いたこと言えなかった。
女の子は依然として困惑している。そりゃそうだよね。
「急にごめん!一人で喋っちゃって・・・」
身体が急に熱くなったように感じる。迷惑だったかな?引かれてる?
「いえ・・・その・・・つい・・・驚いてしまいました。こうして・・・感謝の言葉を伝えられることは滅多になかったものですから」
女の子は慎重に言葉を選びながらも微笑と共にそう返してくれた。不恰好で行き当たりばったりな言葉だったけど確かに通じたみたいだ。
「お客様、今日は何をお探しでしたか?」
彼女は一度深呼吸してから落ち着きを払った口調と態度で尋ねる。
案内を続けてくれるようだ。一口に雑貨と言っても商品の種類は多い。ありがたい申し出だった。
「アロマのディフューザー?ってあるかな?お母さんが使ってたやつが壊れちゃったから買い換えようと思って」
「・・・こちらです。お客様」
女の子は少し間を置いてから通路を指し示し、先導してくれる。
「私、日野香純。今度自分のもの買いにくるからまた案内して?」
「分かりました。日野さん。お待ちしていますね」
女の子はこちらを振り向き丁寧に一礼してくれる。
店員さんとしての態度に徹しているようだった。私としてはフランクに接して欲しいけど無理強いはできないよね。
「店員さんの名前聞いても良い?」
「カグヤ・・・姫乃かぐやと申します」
女の子は再びこちらに向き直り、凛とした声でそう名乗ってくれた。
2-S1-2
友人である姫乃かぐやちゃんと出会ってから3年経った。
アルバイトをしていた彼女も今ではご両親の後を継いで姫乃家具屋の店長をしている。私と同い年なのに経営者なんてスゴい!
「香純さん。お砂糖要りますよね?」
「うん。ありがとー」
今日はカグヤちゃんのお家でコーヒーを淹れてもらっている。拘りの味を追い求める彼女から試飲係を仰せつかったのである。
今後、姫乃家具屋では喫茶サービスを始めるらしい。経営のことは分からないけど私にとっては嬉しいニュースだ。気軽に遊びに行けるしね。
カグヤちゃんは真剣な表情でキッチンに設置したサイフォンと向き合っている。キッチン台には豆の入ったビンやミル、コーヒー関連の書籍が並んでいた。試行錯誤の形跡が読み取れる。
コーヒーをマグカップに注ぎ、シュガースティックを棚から取り出し、ソーサーに添えサーブしてくれる。私はそんな友人の姿につい魅入られてしまう。
いつもクールで物静かな彼女だが、今日はその印象に特別な意味付けがされている。
・・・うん。やっぱりメイド服似合うね!
今日の彼女は私が用意したメイド服を着ていた。以前、浴衣の着付けをした時に採寸し製作を進めていたのだ。
メイド服の興りである19世紀の英国文化を参考に白い生地の肩掛けエプロンと黒のロングスカート、髪を覆うホワイトブリムを作り上げた。
今時のフリフリのやつも可愛いけど・・・カグヤちゃんにはこっちの方が合ってると思う!
「では、お願いします」
ダイニングテーブルに着いた私の傍で、トレイを抱えた彼女は軽く一礼してくれる。テキパキとした所作は本物のメイドさんみたいである。最高である。
「うむ。ありがとう姫乃くん」
「急にどうしたんですか?」
「メイドさんとご主人様ごっこ」
突拍子もない私の発言にカグヤちゃんは溜息を吐く。悩ましげな表情も素敵です。
「コーヒーを淹れました・・・ご主人様」
やってくれるんだ!実はノリノリなのかも、可愛い。
「うむ。苦しゅうない」
「設定がごちゃついてる気がします」
「細かいことは気にしなーい」
私はカップを取りコーヒーを啜る。
◇
カグヤちゃんは案外負けず嫌いだ。あるいは凝り性と言い換えても良いかもしれない。
「ごめんなさい。香純さん」
メイド服姿の友人は私に反省の意を示す。
「謝らなくてダイジョウブ。まだ行けるから」
私はマグカップの取手に指をかけ口元に運ぶ。本日30杯目のコーヒーである。カグヤちゃんに淹れてもらったコーヒー・・・オイシイナァ。
コーヒーの味を決める要素は色々ある。豆の品種はもちろん、炒り方や挽き方、抽出方法、お湯の温度などなど拘り出すとキリがない。彼女は納得のいく味を探すべく様々なパターンでコーヒーを淹れていった。そして試飲係である私のフィードバックを受け、更なる改良を重ねる。実際、彼女の淹れるコーヒーは段々と美味しくなっていった。雑味が消え豆本来の味が引き出されているのが素人の私にも実感できた。
このまま行けば理想の味に辿り着く。そんな時、私のお腹が限界を迎えた。
『あっ!?そっか・・・香純さんのキャパが・・・ええと・・・ヤバい・・・どうしよう』
コーヒーに熱中するあまりカグヤちゃんの思考から私のお腹はスッポリと抜け落ちてしまったらしい。ぐったりした様子の私に彼女は珍しく狼狽し、慌てていた。
まぁ、そんなところも可愛いんだけどね。
「すみませんでした。本当に無理しないでください」
カグヤちゃんは私の手を取り、マグカップから引き離す。
「あははーごめんね。胃の容量には自信あったんだけどなー」
無理をすればもう少し入りそうだけど、味が分からなくなりつつある。これ以上、試飲係としての役目は果たせそうになかった。できれば完成形を味わってみたかったけど・・・そうだ!
「もし良かったらだけど土日ウチに来ない?お父さん、コーヒーに詳しいし」
確かお父さんの友達に個人で喫茶店を経営している人がいたっけ。頼めば協力してもらえるかも。2人だけで悩むより良いものができるはず。うん、我ながらナイスアイデア!
「ありがたい提案ですが・・・お休みの日に悪いです」
さっきの失敗を引きずっているのか、カグヤちゃんの声は弱々しかった。気にすることないのに。
「多分大丈夫だと思うよ!」
スマフォをタップしお父さんへ簡単なメッセージを送る。
返信はすぐに来た。仕事が終わって帰宅していたらしい。返信の内容は・・・予想通りだ。
「香純さん・・・ありがとう。本当、助けられてばかりですね」
お洋服まで頂いてしまいましたし、と付け足し小さな溜息を吐く。
「私が勝手に作っただけだよ。それに、ほら!私って色々調子に乗って怒らせちゃうことあるでしょ?だからお互い様、ね?」
メイド服は服飾科の講義で余った生地を活用して製作しただけで本当に大したことはしていない。
それに助けられているのはこっちも同じだ。
私の家で起きた事件は彼女の推理によって解決を見た。そのおかげで私の家族はバラバラにならずに済んだのだ。
そして何よりーー
「出会った頃に比べてカグヤちゃん、色々な表情見せてくれるようになったよね?笑った顔、怒った顔、呆れた顔、照れてる顔・・・私ね、それが凄く嬉しいんだ」
私は彼女と初めて話した時の事を思い返す。
あの日、声をかけたのはただのお節介だった?自己満足だった?偽善だった?
私が何もしなくても彼女は一人で立ち上がっていたかもしれない。あるいは私の代わりは他にもいたかもしれない。考えても答えはでない。
だけどーーいや、だからこそーーそんなことはどうでも良い。
私はあの日声をかけた女の子と友達になれた事が堪らなく嬉しいんだ。
「だから、これからも一緒にいて?」
私の言葉を受けカグヤちゃんは顔を逸らしてしまう。
「香純さん・・・」
辿々しく友人は言葉を繋ぐ。
「・・・優しすぎます」
そして、私に向き直り笑ってくれた。
「今日はご主人様だからねー」
冗談を交えながら私もそれに応える。ちょっとカッコつけすぎだったかも。
「それじゃ優しい優しいご主人様の言うこと聞いてもらおうかなー」
椅子に座ったまま友人の顔に手を伸ばす。頭を撫でようとする私の手は振り払われて・・・『それとこれとは話が別です』なんて言われちゃうかな。まぁこれでいつもの感じだ。
「はい・・・香純さん」
「へ?」
予想と反しメイド服を着た友人は膝をつき、可愛らしい小さなお顔をこちらに向ける。何度か見せてくれた恥じらいの色がそこにあった。それでもなお私の要望に応えようとしている。
うう、そんな顔されたら色々な意味で引っ込みつかないよ・・・
頭飾りを外しカグヤちゃんの頭をゆっくりと撫でる。いつも思うけど本当に綺麗な髪だ。
艶のある黒い髪と透き通った白い肌、日本人形のような美しい造形がそこにあった。瞳には羞恥とある種の恭順の感情が宿っているようだ。無機的な美しさと有機的な可愛さが融合して・・・って難しい批評は後回し!今は思う存分撫で回すとしよう。
膝をついているためカグヤちゃんの頭の位置はいつもより低い。それに対して私は椅子に腰をかけ、メイド服姿の女の子の頭を撫でている。
・・・ヤバい。本当のご主人様とメイドさんみたいじゃん!いや、世のご主人様はこんなことしてないと思うけど!
「はー満足満足。じゃあごっこ遊びはお終いね」
キリの良いところで友人の顔から手を引く。
「香純さん」
私の手が白く細い指に絡め取られる。
「頭を撫でるだけで良いんですか?」
「・・・へ?」
一瞬、頭が真っ白になる。
『だけ』ってどういうこと?『それ以上』があるってこと!?この場合の『それ以上』って・・・今日のカグヤちゃんどうしちゃったの!?
「あーいや・・・その・・・これ以上は流石に一線越えていると言いますか」
「迷惑・・・でしたか?」
友人は不安そうな表情を浮かべると上目遣いでこちらを見つめる。
そそそそそそんな顔しないでええええええ!!
「いや・・・気持ちは嬉しいんだけど・・・そんな軽いノリでするものじゃないというか」
「私は構いませんよ。いつものことですから」
友人はサラリと言って退ける。
いつものことなの!?え!?待ってどゆこと?ねぇドユコト?
「1人も2人も変わりませんし」
え!?何?私って2人目だったの!?減るもんじゃない的な考えなの!?
「そんなのダメだよ!」
思わず友人の肩を掴む。
「もっと自分を大切に・・・」
「香純さん・・・?何の話をしているんですか?」
「へ?」
「遅くなってしまったのでお夕飯を、と思ったのですが・・・」
肩の力が抜ける。
「そ、そゆことかぁー」
汚れているのは私の考えでした、反省。
そっか、お父さんが家にいるってことはもう夕方だよね。意識してなかったけど大分時間が経っていたみたい。
「頂きます。でもコーヒーでお腹一杯だから遅くが良いかも」
「ふふ、かしこまりました・・・ご主人様」
メイド服を纏った友人は弾むようにーーそしてどこか悪戯っぽくーー笑った。