見習い魔女さん、狼少女に出会い、食され、そして
「にぇ゙あぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ」
「あ。
このまま村まで直送すると、騒ぎになりかねないから、少し離れたところで降ろすわね」
絶叫の中。ハルピィの青い髪に飾られた、白花を模した髪留めが、通知の魔法にて届けられた母の言葉を送る。
景色は森の上空を抜け、背の高い草原へと変わり、更に先へ。
野原に着くなり、ハルピィの体はゆっくりと降ろされる。
そうして足の裏に、大地を踏む感覚が戻り、押し寄せる安堵の想いに、ペタリと座り込む。
「はい、とーちゃく。楽しんでらっしゃい。
あ。今日はお休みだけど、明日からはまた修行の予定なんですからね。帰りは、あまり遅くならないように」
それを最後に、母の言葉は聞こえなくなった。
「ううぅ…
これで、きぶ、ん…てんか…って。
冗談じゃ…。
だいたい私、行くなんて一言も。
なに、考えてんのよ」
背を丸めてグズり。ブチブチと草を引っこ抜いて、八つ当たりをする。
そうする内に、ザッと足音が耳に届き、ハルピィは息を呑み、恐る恐る右に目を向ける
すると四メートルほど向こう。
うす桃色をした異国の服。
あれは…ワンピースだろうか。に身を包み、頭頂にイヌ科を思わせる耳を置く、亜人の少女が立つ。
少女の歳の頃は、ハルピィより一つか二つ、年下に思う。
よくよく見れば少女の体と、白い髪。そのあちこちは泥に汚れ、右手で左腕を抱いて庇っていた。
「なんだ、人か。
鳥、だと思ったんだけどなぁ…
はあ。
いきなり冬が終わったと思えば、いよいよ、ぼくの鼻までおかしくなって…。
どうなってんだか」
亜人の少女は、垂らす尾っぽの先を左右に揺らし、文句を言い言い、その場に膝をつく。
ハルピィ。ようやく我に返ると、立ち上がり、少女に駆け寄る。
「どうかしたの。
怪我を」
ハルピィは少女の傷に気付いて肩を抱く。
「こんなの怪我の内に入らないよ」
言って少女は左腕を振って、無事を伝えるが、その控えめな動きから、やせ我慢だろうことはすぐに分かる。
「でもアザが。血だって出てる」
ハルピィはハンカチを手に、少女の傷を覆う。
「ぐ…。
変な人間…。
ねぇ、お姉さん。そんなことよりも」
「そんなことって」
「そんなことだよ。
ウェアウルフが、このくらいで、どうにかなるわけないじゃない。
それよりさ。…ほんとーは、こんなことを人間になんて頼みたくはないんだけど。
何か食べるもの、ない?
冬が終わったのは嬉しいんだけど、周りの様子まで変わっちゃってね。
家に帰れば多少の蓄えはあるけど…住処の山まで見失って、どうにもね」
ぐぎゅう…。少女の腹の虫が泣く。
「冬が…終わった?ウェア…。
食べものは、ごめん。今は何も」
今は春の終わり頃。これから雨季に入り、夏に向かう時。
ウェアウルフ。または人狼は、とうの昔に絶滅した、今は混血のみを遺す種族の名。
ハルピィは少女の言葉を訝しみつつも、服の中を漁ってから、そう答えた。
「そう…。
お姉さんから、いい匂いする…。鶏肉みたいな」
少女は寄り添うハルピィの胸に鼻を当て、スンスンと鳴らす。
「いや何して…」
「…ん」
少女はハルピィを押し倒し、その首筋をチロチロと舐める。
「っ…ちょ…っと。くすぐっ…。
こら。怒るよ。
く…ちから、つよ…」
単なる先祖返りだろうが、自惚れか誇示か。祖のウェアウルフを自称するだけはある。
非力な魔女。それも見習いの身ではあるが、ハルピィが本気で抵抗しようと、少女を引き離すこと敵わず。
このまま続ければ、服かこの身をダメにされかねない。
ハルピィの抵抗は弱まり、唇をキツく結び、耐える。
「美味、し。
だしが効いて、いい…塩加減」
「だ、だし…。
塩加減とか言うな…。
いっ」
犬歯が喉に当たり、ハルピィは呻く。
「ごめ…ん」
今ので首筋に、薄皮一枚ほどの傷を付けられたのだろう。
少女はその一点を舐める。
「ごちそう、さま」
少女は満足したらしく、ハルピィの上で眠ってしまう。
「どい、て…よ」
と、言うハルピィもまた、疲れて寝入ってしまった。
冷たい風に頬を撫でられ、ハルピィは目を覚ました。
辺りはすっかり宵闇に包まれ、星と月の明かりに照らされる。
「え。嘘。もうこんな時間。
なんで、母さんに怒られる。
あ。あの子は」
ハルピィは左右を見るが、あの自称ウェアウルフの少女は、どこにも見当たらない。
「むぅ。いない。
まあいいか。それより早く帰らなきゃ…。
でも母さんに、なんて言い訳したら。
っていうか、人を強引に送り出すくせとして、迎えにはこないんだからもう…」
ハルピィは文句を言い言い。ライトの魔法を唱え、辺りを照らす。
目の前に見えるは、背の高い草むら。後ろは原っぱ。
となると、この草むらの先に森があるはず。
ハルピィは立ち上がり、草を掻き分け、森を目指しゆく。
そうして進み、草むらを抜けると、目の前には森が……。
森がない。
「ここ、どこ」
眼前に広がるは、見覚えのない湖。
唖然と立ち尽くしていたところ、右の足首に何かが絡む。