今日も畑をゴロゴロー、ゴロゴロー。
【ヤオヨロズ・オンライン】には空腹ゲージが存在する。
これも食品会社と提携して作ってるからなのか、やたら凝ったゲーム飯が出てくるのが特徴だ。
空腹ゲージは普通に動いているだけで減っていく。食品アイテムを消費することで解消できるが、なければやがてHPを蝕み、最後は餓死に至る。
腹が減っては戦はできぬ。プレイヤーは食料を常に確保しなければならないのだ。
これは、表裏どのサーバーにも共通することなのである。
「私が畑を耕すのか……?」
クッコロが言った。
あたりまえじゃないですか。だって誓いましたもんね。ここで働く代わりに我々の村に引き入れ同志とすると。
「さっさと手を動かして」
「そんなの村人NPCにやらせればいいんじゃないのか?」
彼女は文句を垂れた。
「攻略サイトにもそう書いてあった。村人に頼めば食料を恵んでくれるって」
表サーバーではね?お生憎ここ裏なんだよ。
「なにもわかってないな。ここのNPCはなんでもやってくれるロボットじゃないんだ。彼等には感情がある。ぞんざいな扱いはいけないよ」
「なんだろう。こう、お前が言うな感がすごいな」
はぁ?心外だな。俺がいつ彼等をそんな扱いしたよ。
「コウノトリ。歩数カウント」
「あれは村人も認めてる神聖な儀式だ」
認めてるんだからいいでしょうに。ケチをつけないでいただきたい。
俺は人差し指を立てた。
「ところで貴様、NPCには好感度があるのは知ってるね?」
「えっ、あっ。まあな。好感度が高ければ高いほど、素材を良いアイテムと交換してくれたり、空腹ゲージの回復力が高いご飯をくれるって。これも攻略サイトに」
「じゃあ低いと?」
「貰えないん……でしたっけ?」
俺は立てた人差し指でそのまま、周りにいる村人を指差した。彼等はクッコロの顔を見るなりチッ、と舌打ちしたと思えば、痰カスを吐いて、今日の田植えに精を出す。
「えっ……なんで、私こんな嫌われて……」
「ここのNPCのプレイヤーに対する好感度はデフォルトで最低値から始まる。君が何しなくても嫌われるんだ」
「どうして……!!」
「今まで散々NPCをおもちゃ扱いした血に塗られた歴史だよ。恨むなら先達の不正プレイヤーを恨んでくださいね」
凄惨な時代を過ごした彼等にとってプレイヤーとは出逢えば即死の厄災。
高性能AIを搭載したNPCの思考はそれを学習し、排他的に染まってしまったのだ。
『天地開闢、爆雷の音で目を覚ます。富士の山は何処へ。民草焼かれ尽くし、後に残るは地獄の業火に嘲笑う声。あゝ南無三』
朝起きたら世界観丸ごと破壊するTNT爆弾の雨が降っていた様子を書き表す、詩の一節(NPC産)である。富士山は死んだ。
「今でこそ俺は若様と慕われているけどね、怠慢な冒険者を崇めるほど聖人じゃない。少しでも不満が募れば、その先にあるのは破滅、内乱だよ内乱。であればどうするか。トップ自らが働いて村に貢献する姿を見せる。これ一択だ」
NPCと苦楽を共にする以上、後ろから刺されたくなければ誠意を見せよう。
俺は畑仕事の為の一式装備を持った。
「このゲームの超効率的な米の作り方を貴様に教える」
「えぇぇ……」
それを聞いてクッコロはゲンナリした様子で鍬を肩に乗せるのだった。
◆◆◆◆
ゴロゴロー、ゴロゴロー。俺は物理エンジンに引っ張られながら転がされる。
ゴロゴロー、ゴロゴロー。地面の上をすってんころりん。
「ゴロゴロー」
「あの……なにしてるんだ??」
「なにって畑を耕してるんだよ」
見てわからない?
「ほら、みて。俺の寝っ転がった端から土壌が出来上がっていく」
「えぇ……なにこれキモぉ……」
だからゴロゴロしてるんだよね。さっきから。
これぞ【ヤオヨロズ・オンライン】で確立された超画期的な田植え方法、ゴロゴロ農法である。
さて、このゲームの物理エンジンは優秀だ。
例えば目の前に机がある。その上にリンゴを置いたとする。
この時、机を揺らした状態で自分のインベントリ(持ち物欄)に仕舞い込んだらどうなるか。
答えは残されたリンゴが揺れながら地面に落ちるのだ。
これを応用する。やり方は簡単。
まず鍬を装備する。
↓
次にテキトーな床マット(布団などでも可)を用意する。
↓
マットにグルグル巻きになる。
↓
その状態で鍬を一回振るう。それと同時に床マットをインベントリにしまう。
↓
身体が自動回転し始め、端から土壌が出来上がっていく。
「綺麗な長方形の畑ができるんだ。このゴロゴロを応用してそのまま苗植えまで行ける」
「説明聞いた上で意味わからないんですが!?どういう原理でそうなるのぉ!?」
クッコロは見よう見まねでやってみた。完璧に再現された。自分でも何が起きているかわからないといった様子で、オロオロと狼狽える。
「き、キモい!!キモすぎる!!こんなの私じゃないい……!!挙動がおかしいよ!!どうしてこんなアホみたいな格好で田植えができるんだ!?バグだよこれ!!」
「仕様です」
仕様なんだなぁ、これが。運営のお問い合わせメールでもう答えが出ている。
第一バグだったら俺はこの農法を使わない。
「これは表サーバーでトップランク層の廃人たちが俺に教えてくれた小技だよ。公式に認められていることなんだ」
認められてなかったら、今頃、廃人全員グリッジ行為の罪でここへぶち込まれてるからね。そうじゃないってことはそういうこと。運営は容認してるんだよ。
「さあ、手を動かして……いや、身体を転がして」
「こ、断る!!やめろっ!!やりたくないっ!!私は人間の尊厳を失いたくない!!こんな、こんなことなら……くっ……殺せ!!!」
あっ。
君も学ばないね。俺は別にそんなこと言われても構いやしないが、他のみんなはそうじゃない事をいい加減わかってほしい。
わらわらと村人が石持って出てきた。
「貴様、若様の神聖なる舞を愚弄したのか?」
「やはり余所者は許しておけぬ!!この者を捕らえろ!!肉を細切れにしてふりかけにしてやる!!」
「包丁を持て!!調理の時間であるぞ!!!」
「「「うおおおお!!ヒトそぼろ丼じゃああああ!!!」
「うわあああ!!?またぁああああ!?」
ヒトそぼろ丼ってなんだよ。エグすぎるよお前ら。AIの知能の中で残虐さが人間を遥かに飛び抜けてる。つーか、どうしてこう食人文化を根付かせようとするのかね。
「助けてくれぇ!!えっと、名前が酷い人さん!!」
村人から逃げるクッコロが俺のことを盾にする。なあ?このやりとり前もやったよな。
俺は薙刀を取り出した。
「首揃えてそこに直れ、俺に二度同じ事をさせる奴は処刑だ」
バキバキに睨みつける(迫真)。やっててよかった演劇同好会。俺の演技力が光る光る。
恐れを成した村人たちが一斉に土下座を始めた。
「どうかお許しを!!」
「申し訳ありませんでした若様ぁっ!!」
「今一度慈悲を!!女房と子供が二人いるとです!!」
いや、許さん。仏の顔も三度までというが生憎俺の座右の銘は「一度なら偶然、二度なら必然」
つまり二度目はわざとってことになるんだ。ごめんな?
「あっ、あっ!!いや、ちょっと待った!!そもそも私が軽率なことを言ってしまったのが悪かった!!助けてとは言ったけど、なにも村人の人たちを殺すのはやめてくれ!!」
そう言って出てきたのはクッコロだった。庇うように村人の前に立ちはだかり、その場で土下座をしてみせる。
なんと、守ろうとしているのだ。瞳の奥は恐怖にうち震えながらも、真っ直ぐと俺を見ている。どうか赦してほしいという切望がそうさせる。
美しい。感動的だ。その姿を見て村人は……。
「いまだ隙あり!!」
「背中を見せたな愚物!!」
「殺せぇ!!!」
容赦なくキルした。