あのさあ、これ和風MMOなんだけど?殺すよ?
門兵の伝達を聞き入れた俺は、即座にNPCたちの戦闘陣形を組み、報告のあった地点へと急行する。
先のチーターとの戦いで失った人員の補充は済んでいない。さっきの今でまた戦いとなると、今後の防衛戦力に大きな穴を開けることになるだろう。
慎重にならねば。
やってきたのは渓谷。周囲に木々が沢山生い茂る中、そこだけ禿げ上がったエリア。
ここは……プレイヤーのランダム初期リスポーン地点が入る区画の一つだ。
「若様。こちらです」
木の上にいる弓兵NPCが、遠方を指差す。俺もその幹をつたって自ら登り、確認する。
「あれか……」
「はい。偏奇な格好をした女子に見受けられます」
うーん。俺の視力じゃよくわからないが、確かに目立つ色の衣装をしてるな。周りの景色から明らかに浮いている。
動きが見られない。立ち往生している……?
少なくともここに在住しているチートプレイヤーとは違うようだ。アイツらは止まったら死ぬカジキマグロみたいな生態をしているからな。こんな綺麗な土地を見て破壊活動もせずぼーーーっと突っ立ってるはずがない。
なぜ破壊活動をするのですか?と聞かれてそこに山があるからと答えてTNTを起爆する。
登山家が卒倒してしまうよ。反省する気はねえのかよとキレそうになったことが何回あったことか。
「目標確認、包囲陣形を取れ。遊軍は木々をつたって展開、歩兵軍はこの地点から一町下った先で合図を待て。とにかく横の面をつくれ」
「若様は……!!」
「真正面から直接行く。俺が合図を出す。赤は進撃、黒は撤退」
「……っ!!」
「案ずるな、俺の命は安い」
本当に安いよね。どうせリスポーンするんだから。死んだら終わりの皆とは違う。
「全員石は持ったな?作戦開始」
「「「……承知!!」」」
さあ、お騒がせ者のプレイヤーさん一名にご挨拶といこうじゃないの。
◆◆
「やあ」
挨拶は大事。
俺はその足で、件のプレイヤーの元へ来るなりそう言った。
反応は。びくりと、跳ね上がりこちらを見た。怯えている様子が見てとれる。
ここに来るのは初めてなのか?いや、猫被ってキルしてくる初心者偽装かも知れん。警戒は解けない。
俺は赤と黒のくす玉を両手に仕込み、そのプレイヤーとの対話を試みる。
「お、お前はプレイヤー……なのか?」
あっちから喋ってきた。とりあえず話の通じないゴミカスチーターじゃないってのはわかった。ホッとしたよ。
「俺はプレイヤーだ。アンタの名前は?」
「……な、名前を聞くなら、ささっ、先に名乗るのが礼儀だろう!!?」
ほーう。そう来るか。言うじゃない。一丁前に剣まで構えてご丁寧でらっしゃる。そうよね。名乗るなら自分が先にってのは当然の礼儀よね。
「俺の名前は"タヒねガ○ジ"。で?貴様は?」
「……」
「どうした?」
「いやそれ名前なのか??」
名前だが。
「ぼ、暴言じゃないか……!!」
「酷いな。そういう名前なんだよ」
俺はステータスを開示した。そこにはビッシリと書かれた【タヒねガ○ジ】という名前が。
これで納得してください。一度決めた名前は専用アイテムがないと変えられない仕様にした運営のせいだよ。
ちなみにこのサーバーにその専用アイテムは無い。
え?そもそも何でそんな名前にしてるかって?そのときは深夜だったのです。
「本当にそういう名前だ……」
「信じてくれた?」
「ま、まぁ……」
「それじゃ貴様の名前は?」
「あっ、えと。コホン。ご機嫌よう諸君、私は妖精騎士のクラリア・ツェーテ・コロッサスだ」
と、作り声で謎の口上を言い始めた。なんだコイツ?ロールプレイ勢なのか?キツイですね。
「名前が長いから好きに呼んでくれて構わない」
「じゃあクッコロで」
「くっ……!!ああ、もういい。わかったそれでいい」
好きに呼んで構わないと言ったのはそっちだ、それとも何か不満なのかな?"女騎士"さんや。
さて、ここは何処ですかと、来たか。これは中々珍しいパターンだね。
俺は答えた。
「ここは、【ヤオヨロズ・オンライン】の隔離サーバー」
「かく……り?」
ピンと来てないようだ。これイチから説明しなきゃダメみたいね。
「アカウントBANの対象になるような、不等ユーザーがぶち込まれる流刑地みたいな。噂に聞いたことない?【ヤオヨロズ・オンライン】の」
「噂だけは、なんとなく。このゲームには"裏"があるって」
「その、"裏"がつまるところ、ここ」
酷いね。本当になんでこんな場所存在してるんだろう。いっそログイン禁止にしてしまえばいいのに。理解し難い運営だよ。
さて本題に入ろう。
「クッコロ。アンタ、何を"やらかし"てここに落ちた?」
「何って……わ、わからない。私はそんなアカウントBANになるような悪いことなんて……してない!!」
「誓って?」
「ああ!!誓って言えるぞ!!絶対にそんなことはしてない!!」
そうですか。それは誤認BANであると主張したいんですかね?そりゃ結構、俺と同じじゃないですか。
ここは隔離サーバー。ここに来るプレイヤーはそれ相応の行為をおこなっている者だけだ。
まず筆頭はチーター、無許可のMOD導入、クラッキング行為。これはわかるだろう。不正なツール持ち込んでゲーム破壊しようとしてんだからフツーに犯罪だよ犯罪。
次にグリッジ。故意にバグを利用する行為のこと。バグそのものはゲーム側のミスとはいえ、それをいいように扱うのは運営が許さない。キレる。
後は暴言、セクハラ、粘着PK、他人を不快にさせる行動全般を繰り返す。人の貴重な娯楽体験を邪魔するのは万死に値する。
自分がやられてやなことは他人にしない。誰かに迷惑をかけないようにってママに教わらなかった?
さてこのどれにも当てはまらず、隔離サーバーにぶち込まれたというのなら、不当なBANを受けてしまった運営の被害者だろう。可哀想に。
俺たちは理解者にやれると熱い握手を交わしていた所だ。
けどね。けどもねえ?クッコロさんよ。
「じゃあ聞くけど……その格好は?」
「えっ……」
【ヤオヨロズ・オンライン】は和風MMOだけど、君のその衣装が全部物語ってるよね。なにそのおとぎ話から来た騎士みたいな服は?世界観ぶち壊しじゃないですか。やだー。
舐めてんのかこの野郎。和風だっつってんだろ!!茶葉が冷めるわ!!
「それは無許可のMODだ。立派なチート行為」
「えっ、はっ、えぇっ!?」
知ら、そん……ってな感じで口を抑えて絶句する。参ったなあ、こりゃとんだ不正プレイヤーじゃないか。無知なる邪悪が一番恐ろしいんだから。
「このゲームは1発でBANにはならない。運営からは何度か警告は来てる筈。確認は?」
「……して、ないです」
「履歴見て」
「……」
「どう?」
「あ、ありまし……た」
完全な黒ですね。
「違うんだ!!これは、その、知らなくって!!ゲームするときに、この衣装の方が映えるかなと思って……ネットで調べて……可愛くない……か??」
可哀想だなと思った。
何も考えずにツールを導入して、不正と気が付かずに運営メールにガン無視キメ込んで、この地獄に叩き落とされたと考えると、涙がちょちょぎれますよ。
ふりふりの妖精の羽根の装飾がどうしてこんなにも見窄らしくみえるのだろう。後ろ羽根ぶち抜かれた蝿にしかみえねーや。
俺は赤のくす玉を握りしめた。
「頼む!!教えてくれ!!どうすれば、元のサーバーに戻れるんだ!?」
「知らない。誠意を持って謝るとか?とりあえずこの玉見て」
「あっ、はい」
赤い玉を上に放り投げる。俺とクッコロさんはそれをポケーーーーーーーっと眺める。玉は空中分解し煙を撒き散らした。
その数秒後、四方の山々からなだれ込んできたNPCの軍勢を見て、クッコロさんは恐怖に引き攣った顔のままぶっ倒れてしまった。
これ多分、リアル失禁したっぽいね。