このヤオヨロズ・オンラインには裏がある
裏もあれば表もある。オンラインがあればオフラインがある。
ゲームでの俺は勇者か魔王かあるいは。しかし所詮はプレイヤー。中身"は等身大の人間だ。
なのでとんでもなく常識人で真人間なんだ。クラスじゃ目立たないごく普通の高校生、それが俺。
そんなこんなでやってきた、通学路にあるお気に入りの喫茶店の扉を開いた。ちりん、ちりん、と歓迎のベルが鳴る。
「……」
なんかVRヘッドギアつけながら三点倒立してる人がいるんですがなにこれ?
「マスター、あれは」
「さぁ?わからんですな。シンキングポーズと言っておりましたが、老頭にはなんのことやら」
「いいんすか?バイトの子ですよね?アレ」
バーテン服の爺さんが肩を片方上げて下げた。お気の毒に、店長としてはこんなクソバイトたまったもんじゃないよね。
俺はその女に近づいて声をかける。
「一杯奢りますよ」
「へっ!?本当ですか!?」
そう言うと彼女は倒立をやめ、ヘッドギアを外した。そして俺の顔を見てげんなりした。
「なんだ沢渡君か……学生の客に奢られるわけいかないでしょ。遠慮しとくよ」
そう言ってヘッドギアをしまうと大人しくカウンターについた。驚いた、まるで客のようだ。お前働けよ。
「店長、カフェモカください。沢渡君持ちで」
「えぇ……」
何だコイツ?と、俺は思った。数秒前に自分で言ったことと真逆のことしてるんだよね。頭おかしいのかな?
そのあとマスターにバコンとお盆で頭を叩かれたのは当然の帰結でしょう。
「で、なんで三点倒立してたんですかね」
「お、聞いてくれる?ずばり三半規管を鍛えていたの。VRに慣れる為に」
「へぇ」
「ウチの学校の友達の話題がみーんな【ヤオヨロズ・オンライン】でもちきりなんだよ!!」
【ヤオヨロズ・オンライン】同時接続者数約90万人を誇る。日本が世界に送る最高の神ゲー。
ヘッドギアを介し、その世界を探索するVRMMOだ。
「あの和風のゲームね、俺もやってますよ」
「『五感を完全再現してて、現実よりも美しいグラフィック』とかなんとか言われてさ。参考映像見たらちょー綺麗じゃん!!ってなったの。流石にウチもやりはじめたんだ」
あと、人間さながらの会話ができるモブキャラクターたちね。ゲームとしてはやはり破格。凄すぎるよ【ヤオヨロズ・オンライン】納得のブームだし、俺もその流行に乗ったクチだ。
「ところで沢渡君、こんな噂を知ってる?」
「なんですか」
「【ヤオヨロズ・オンライン】には、BANされた違反者が連れていかれる、秘密の隔離サーバー。【裏ヨロズ】が存在するって話」
「……」
眉唾だなぁ、と思った。んなもんあるわけねーだろ。俺は都市伝説は大嫌いなんだ。特に嫌いなのは国民的アニメに対する死亡説と植物人間説。
考えることが薄っぺらいんだよね。噂を流す奴なんてどうせ暇人で面白くない人ばっかりだ。
なぁ?おい?誰だ?のび太くん植物人間説を最初に唱えた奴は!!ソイツこそ死んで土に埋めて植物の栄養にすべきだろ!!マジで許さねえからなぁ!!!
「やろうぶっ殺してやる!!」
「沢渡君!?」
「ああ、すみません、ちょっと嫌なことを思い出しました」
「……沢渡君って時々怖いよね」
ごめんなさい。
「それにしても、ゴシップ好きですね」
「ん?ああ、まあね」
無類の噂話好き、それが彼女だ。ゴシップ、新説、オカルト話。日夜そういったホラに耳を傾けては情報に踊らされてる……もとい集めているそうな。
そんな折、今流行りの【ヤオヨロズ・オンライン】がやってきた。話題の金脈を手に入れ喜んだに違いない。
三点倒立でトレーニングする理由と繋がったな。
言うほど繋がってるかこれ?
「ねぇね、沢渡君は信じてないの?」
「逆に信じられる理由ないですよね。BANしたら普通はアカウント使用停止ですよ。わざわざ維持費のかかるサーバーをもう一個作ってそこに送る意味がわからない」
というか、このインターネットの普及した情報社会で今更こんな噂話が立ってるのもおかしな話ですよね。
ソースもないんだし嘘に決まってるじゃんね?
「裏の世界が本当にあるのかその目で確認したいとか、浪漫感じたりとかしないの?男の子なのに!?」
「俺はリアリスト。そんなものに憧れは感じない」
「好きなアニメは?」
「ドラえ〇ん」
「絶対好きじゃん」
黙れ。こっちの21世紀は不条理なんだ。とくにインターネットなんて夢も希望もない。あるのはクソみたいな規制とクソみたいな荒らしがクソを重ね合うクソミルフィーユなんだよ。
「はぁー。話題の【ヤオヨロズ・オンライン】には裏があった!!ってなんかすごいバズるネタになりそうだと思うんだけどなー」
浅はか。
一時のバズりを狙って、過激なことをして、炎上沙汰になるのは現代ではよくある光景だ。
別に目の前の人は同じ店の常連で名前を覚える程度の関係でしかないが、知ってる顔がネットで叩かれるのは目覚めが悪いのでくれぐれも問題は起こしてくれるなよ。
不正をしたら裏サーバーだって?一体どこのやつがそんな悪質な噂を流したんだ。迷惑行為の助長とかありえない。
腹立たしい行為だ。もう怒り狂って口からウンコ出そうだわ。
「そんなもの、あるわけがないんだ」
そう、あるわけがないんだ。
────そう思ってた時期が俺にもありました。