第二話
カプセル飲んで寝るだけで異世界転生できるって本当です!?
竜人
第二話
「よー。アキヒコ。学校終わったらフットサルしねー?」
大学の昼休み。気さくに話しかけてきたのは親友のトモヒロだった。
「悪い。ちょっと疲労系は避けたいんだ。
弓道ならちょっと興味あるけど笑」
「なんだそれ笑。
まあまだメンツも集めてなかったしまた今度なー」
「おー。またなー」
トモヒロには悪いが、夢を見れないほど疲れちゃったら一大事だから仕方がない。
この埋め合わせは近いうちにするから今日だけは勘弁な。
◇
「さて……どうするかな……」
カプセルが入った真っ白な容器を見つめながら色々な情景に思いを馳せる。
「やっぱり…もう一度エルフかな」
あのスリルと充足感は忘れられない。
(英雄になっちゃったし…)
自然と頬が緩む。
「よし、エルフ、それもリューンで決定!」
イメージで転生先が決まるなら、よりしっかりイメージできる同じ人物も行けるはずだ。
俺は意を決してカプセルを口に放り込み、水でごくんと飲み干した。
横になりイメージを固める。
あの火竜と対峙したこの身を思い出せ…!
やがて意識はまどろみの中へ。
◇◇◇
(……………?)
なんか、見えないんですけど。なにも。
ああでも、周りは気配でわかる。
なんだろう。サーモグラフィーを感覚的にしたような感じ?
鼻も効くようだけど、サーモの方が圧倒的に知覚しやすい。便利。
あ、でも美味しそうな匂いはわかる。
いい匂いがするのを食べたらブルーベリーの味がした。
そういや目が退化した生物って結構いたよな〜。コウモリとかも視力弱くて超音波頼みじゃなかったっけ。
うん、まあ、そろそろ現実逃避は終わりにしよう。
「俺、火竜になってるーー!?!?」
◇
いやー、サーモで見た街並み、めっちゃ見覚えあるし…。
言葉通じんだろうから、討伐に来られたらマズいよなぁ……。
案1:地面に字が書けたら?
解1:日本語しか書けなかったわ。
やばい。異種間コミュニケーション無理すぎる。
あれ?でも待てよ。
もし俺がエルフとコミュニケーション取れて仲良くなったとして、時間が来て火竜が『俺』じゃなくなったら?
油断し切ったエルフが目を覚ました火竜に焼き殺される未来しか見えない。
とりあえず、里から離れよう。
うん、それがいい。
◇
◇
◇
がつん。
まただ、ここも通れない。
エルフの里には結界が張ってあるのは本当だった。
何箇所か試したが、どこも原理不明の壁に行き当たってしまう。
そうだ、入ってきた場所はどうだろう。
最初に火竜と遭遇した地点の付近を調べてみる。
と、森のあった場所にサーモが効かなくなってる事に気付く。
(これが結界ってやつの効果なら……ちゃんと機能してるじゃん)
結界にそって歩を進めると、一部が破れて森の木々を感知できる場所があった。
(この綻びが、火竜襲来のきっかけだったのか……)
(………いや、まさかね?)
嫌な予感が頭をよぎった。
最初に弓矢練習したの、この辺りだったんじゃないのかと。
(……さっさと森へ出て、どっかに逃げよう)
森に出て、街道近くから森を出て避難経路とは逆方向に向かって歩き出す。
(あのエルフとは戦いたくない……。
火竜の力を試すなら、もっと魔物だらけの場所がいい……)
岩場を歩きながら、ふと気付いた事がある。
この火竜、岩の傾斜や側面でも、爪を食い込ませてガッチリホールドできる握力がある。
つまりは切り立った崖なんかも逃げ道になる。いかにエルフでも、ましてヒューには追いかけて来られないだろう。
落ち着いて思考が回り始めると、色々と観察してみたくなる。
例えば岩。
単に岩で済ませていたが、サーモで、火竜の体重を支えられるほど頑丈かまで分かる。
逆に崩れやすいポイントも分かるので、そこに強い一撃を入れると崩れたりする。
討伐部隊に限らず、人を襲わずやり過ごすなら、かなり有意義なスキルだろう。
そしてスキルで思い出したが、エルフのリューンの時にやった体内を巡る魔力、こいつにもありました。それも桁違いに。
人間で言う胃のあたりにある火炎袋に魔力を込めて、息と共に吐き出すと、あの通常鎮火しない魔力の炎となるわけだ。
何がヤバいって、これ炎を圧縮して小さくして飛ばすと、貫通力が格段に上がる。つまり建物を貫通して狙撃する事が可能ということに。
この火竜本来の脳みそが賢くないおかげで助かってるけど、知恵つけて技を身に付けたらホント手がつけられなくなるぞ……。
◇
しかしなんだ。この火竜の体になってから、全然疲れないな。食事もとってないのに腹も減らない。
もしかして魔物とか食べて魔力を補充したら一定期間好き放題できるタイプじゃなかろうか。
人類には脅威だが、生命体としては素直に賞賛を送りたい。ドラゴンつよい!
◇
ふと、上空に一匹、ワイバーンが飛んでいることに気付いた。
ワイバーンは腕が翼に進化した、コウモリに似た飛行トカゲだ。後ろ足は普通にある。
後ろ足が退化した空飛ぶヘビ状態のはワイアームと呼んで区別される。
ファンタジー世界の王道の竜は、両手足がある状態で、さらに翼が生えている。
天使や悪魔と同じで四肢でなく六肢なのだ。それだけ『普通ではない』存在であるから竜も、その討伐者も伝説になる。
残念ながら、そのクラスの生物にはこの世界でもお目にかかった事はないけど。
◇
と、ひとしきりファンタジー考をしてみたけれど、あのワイバーンは妙だ。
さっきからこの辺りの上空を巡ってるだけで、狩りをするでもなく、ただ上空で旋回を繰り返しているだけ。
サイズ感からしても、この火竜を餌にできるなどと大それた事は考えないだろう。
(とすると……)
ズームの要領でサーモの焦点を絞って確認する。
(ビンゴ…!)
ワイバーンの背中に、人型の何かが存在していた。
討伐部隊の斥候だろう。
おそらく蜂が飛び方で情報を伝達するように、旋回の軌跡で伝えていたのだろう。
エルフと人間の混成部隊。
なるべくなら相手をしたくないが、一気にトドメを刺されるならともかく、じわじわ削られて殺されるのは勘弁願いたい。
そういえば魔力矢って普通に使える技なんだろうか? もしリューンの眠ってる才能を俺が起こしていただけなら、エルフの弓矢では絶対貫けないはずだ。
(となると、人間だけなるべく殺さず退却させられればーー)
そこで思考は打ち切られた。
装甲に包まれたヒューの人馬部隊が、鬨の声を上げながら姿を現したからだ。
◇
ボォォォォ…ッ!!!
まずは普通の魔力炎で人馬との間に灼熱地獄を生み出す。
それでも怯まず突っ込んでくる人馬には、鼻に魔力を集中して噴射する空気弾で転ばせていった。
いったん距離を取る人馬部隊。
すると後方から雨のような矢が降り注いできた。
だがこれは無視する。
サーモで魔力がこもってないことが分かっていたからだ。
普通の弓矢なら鱗が全て弾いてくれる。
◇
そんな攻防を三巡ほど繰り返したのち、人馬部隊に変化があった。
隊列が二つに割れ、ひときわ大きな獣に乗った人物が現れたのだ。
(あれは……象……!?)
象の背中に乗るのは、少し小さめな、しかしがっしりとした体躯。ドワーフだ。手に持つのは長い薙刀。
(あれは…マズい…)
象と乗り手の全身は、サーモで見たことのない色に煌めいていた。
おそらくあれが部隊長。全身魔法の武具で身を固めた一流に違いない。
ボアァァァァ!!!
特大の魔法炎を繰り出すが、部隊長は揺るぎもせず、ゆっくりとした足取りで近寄ってくる。
《死ーーーーーー》
間合いに入られたら確実に死ぬと直感した瞬間、身体が跳ねた。
岩の壁を掴み、ササササと岩の裏側に入り込む。
象が走り始めた。
もう猶予がない。
斜め上の岩に魔法炎を当てて燃え盛る岩落としを見舞いながら、ひたすらに壁を逃げる。
ズッ ドオォン
そのことごとくが、切り裂かれていく。
(なにか、なにか手は……!?)
焦燥と憔悴の中で、一点の光明が見えた。
大きく跳んで、部隊長の前に降り立つ。
この偉大な敵を前に、真っ直ぐ見据えるように身を正す。
両者動かず。
少しの間をおいて、岩肌が崩れ、地面に落ちた。
部隊長が猛然と迫る。
その迫力に足が震える。
本気の殺気が、自分に向けられてる。
だが、そこがいい。
その象の上の角度が『ちょうどいい』。
俺は口を開けると、小さな小さな火球を飛ばした。
ギリュッ コォー……ン
部隊長の薙刀の先が、綺麗に折れていた。
あとは刺激しないように、ゆっくりと踵を返し、その場を立ち去った。
部隊長は追いかけず、茫然自失となっていた。
◇
あの最後の火球。あれには火竜の全魔力と全火炎を凝縮して、放ったものだった。
口、胴体、火炎袋が一直線に並んだ体勢でしか放てない、極限の一発。
リューンの時に火炎袋を狙うために考えた発想の、ちょうど真逆であった。
(つっ……かれたぁ……)
立ち去った先の海岸線で、どっと疲れが噴き出した。なにせ魔力も炎も使い切ったのだ。
(ああ……眠れそう………)
何日起き続けても平気な体が、いまや疲労困憊で眠気が襲うまでになった。
(俺…起きたら、二度とドラゴンにはならんぞ…)
夕陽を浴びてまどろみながら、固く心に誓ったのだった。
◇◇◇
「いやーーあれはないわーー!!」
目覚め一番に口に出た言葉がこれである。
「エルフになりたいって思った結果がドラゴンとかある???」
「というか魔物アリなんだ!!?」
(あー…これ次ドワーフになったら、あの部隊長さんになりそう……)
(でもドワーフ……鍛治職いいよね……)
それはそれとして、ドワーフに憧れがある俺だった。
第二話、完。
第一話の裏側?の冒険です。
人から見たドラゴンと、ドラゴンから見た人。
ひとつの事件の両サイドを描いてみました。
カプセルは結構万能で、人型種族以外にも対応しています。
次はどんな冒険が待ち受けるか、こうご期待。