第一話
カプセル飲んで寝るだけで異世界転生できるって本当です!?
竜人
第一話
『カプセル飲んで寝るだけで異世界へ!?
○○(商品名)』
URLを開いたら、白いページから、いかにも怪しげな文言が浮かび上がってきた。
『今ならお試し価格 初回送料込み999円』
ときた。
あまりにも怪しい。あまりにも怪しいが……暇を持て余していた俺は、どんなもんかと興味本位でポチってしまった。
◇
届いた。例のカプセルが。蓋をひねって開けるタイプの、ごく普通の容器だ。デザインも何もない、真っ白な容器。
開けてみる。ごく普通のオレンジと白のカプセルだ。ちゃんとした工場で作ってるのだろうか、出来にバラ付きはない。
あまりに普通すぎて、市販のビタミン剤とでも言われても信じてしまいそうな程だ。
添付された紙だけが、そうでないと語っている。
『服用し、入眠することで、異世界へご招待!』
『どんな姿になるかはあなた次第!寝る前にイメージを膨らませましょう!』
『服用は1回1錠、1日1錠を厳守して下さい。用法容量を守って楽しい異世界ライフを!』
なるほど、イメージした種族になれるってことか。これはちょっと面白い。それっぽい夢が見られるなら、それはそれで悪くない買い物だ。
念のためひとつ取って分解してみる。
中には黒っぽい顆粒が入っているだけ。
水を入れたコップに顆粒を入れると、そのまま溶けて見えなくなった。
匂いもしない。
指をつけて舐めてみる。特に味もなく、舌が痺れることもない。
(これなら最悪毒ってこともないだろう)
口に1錠放り込み、別のコップで水と一緒に飲み干す。
(異世界転生するならエルフがいいな……)
剣も魔法も使えそうだし。
そう思いつつ、まどろみに身を任せた。
◇◇◇
目を開くと、そこは異世界だった。多分。
少なくともアパートの一室じゃない。
緑の、自然の匂いが強くする。
ベッドから起き上がり、部屋を確認する。
戸がひとつ、窓がひとつ。
壁には弓がかけられ、その下には矢筒が立っていた。
(いかにもエルフっぽい……)
剣と魔法ではないが、これはこれでエルフ情緒あふれてていいのではないか。エルフ情緒ってなんだ。
自分の思考にツッコミを入れつつ体を起こす。
耳に触れてみると確かに長い。
(大当たりじゃないか)
意気揚々と靴を履き、矢筒を掛け、弓を手にして家を出た。キッチンとかあった気がするが今はいい。まずは試し打ちがしたかった。
◇
町?村?に出てしばらく歩いていると、声をかけられた。
「どうした、リューン」
おっと、この体はリューンって言うのか。
「ちょっと、弓の練習に」
ボロを出さないよう、口数は少なくしておく。
「そうか。それなら子供らが広場で練習してるから、指導がてら行ってみたらどうだ?」
なるほど。この俺、リューンというエルフは、指導できる程度には弓の扱いに長けてるのか。
「わかった。あとで行ってみるよ」
とはいえ、ぶっつけで人前で披露するほど馬鹿じゃない。
体が覚えてるかもしれないが、中の俺は弓に関しては素人だ。アニメで構え方や打ち方を見た程度のド素人だ。
(まずは人気のない村の端、森の入り口の木でも相手にした方がいい。絶対にいい)
俺リューンは、足早に村のはずれへと向かっていった。
◇
(この辺りなら街道から外れてるし誰からも見えないか)
手頃な場所を見つけ、さっそく矢を当てがって弓を引く。と。
ギュンッ
突然視界がズームした。
(なんだこれ、ゲームか!?)
ターゲットにした木の鱗のシワや細かい傷まで鮮明に見えている。
しかもその中央に『確実に当てられる』確信のようなものが湧いている。
スッと矢から手を離すと、ズームがスーッと解除され、次の瞬間、気持ちのいい音を立てて矢が命中した。
「何だこれ……すっげぇ楽しい……」
再度矢を当てがい、弓を引いた。
今度はさっきの10cm上を目指す。
タァ……ン
綺麗に10cm上を射抜いた。
「やべぇ……めっちゃ気持ちいい……!」
俺は矢筒が空になるまで夢中で打ち続けた。
◇
矢を回収して広場に向かうと、子どもたちが押し寄せた。
「弓おしえてー!」
「リューンー!」
「リューーン!」
小さいエルフが我も我もと押し寄せる。
なんだこれ。天国か。
『うおっほん!!』
初老のエルフの大きな咳払いで、ようやくもみくちゃから解放された。
いや、俺はそのままでも良かったけど。
「ではリューン、お手本を」
初老のエルフに促されると、少し考えて、マトに向かって歩を進める。
そしてマトの中心に小さなバツ印を付けてから、元の位置に戻った。
弓矢を構え、ズームの中心をバツ印に。
ひゅぅ ………とん
見事にバツ印を射抜くが、そのままズームを解かず二射目。
ひゅっ …… ガッ
一本目の矢尻に、二本目が命中した。
子どもたちから大きな歓声が湧き、老エルフは髭を撫でながら頷いている。どうやらパフォーマンスは合格点だったらしい。
「なかなか面白いものを見せてもらったぞ」
老エルフの賛辞に顔が綻ぶ。
◇
子どもたちの訓練を見守るぽかぽか陽気の昼下がり。突如として悲鳴が空を切る。
「逃げろーー!!ドラゴンだ、火竜が出たぞーー!!!」
青年エルフが中央広場に駆け込んできた。子どもたちを先に逃すためらしい。
未来を担う若者を第一に考える。好きだなその姿勢。いっちょ手を貸そうって気にしてくれる。
「どっちからですか!?」
「あっちの、森に面した方からだ!」
それだけ確認すると、指し示された方角に全力で走り始めた。
ここのエルフの人たちが気に入ったのもあるが、なによりドラゴンだ!ファンタジー世界に来れて、生のドラゴンをこの目で見る機会を逃す手はない。
程なくして、火の手が上がった。
今いる建物の裏側だ。
グルォォォ!!!
咆哮が建物を突き抜けて体を震わせる。
そっと影から様子を伺うと、家二軒分くらいの巨大なトカゲのような生物が、ぎょろりとした目をぐるりと巡らせ周囲を見定めていた。
こちらの事は、まだ察知されていないようだ。
鱗は赤煉瓦のような赤褐色。翼はないトカゲ型で、口元から火がチロチロと燃えている。しばらくすると、ゆっくりと村の中央に向かって歩き始めた。
そうは行かせない。
翼がないのが残念だが、まごうことなきドラゴンだ。狩りの相手として申し分ない。
矢を取り弓を引く。
ズームで狙いをつけるのは目だ。
建物の影から飛び出て、二歩目で矢を放つ。
ひぅっ ……ドスッ
狙いを違わず、目の中心を刺し貫いた。
そもそも黒目の部分だけでドッジボールくらいあったのだ。針の穴を通すズーム射撃で外しようもない。
ひゅぅっ ……ドスッ
ひゅっっ ……グジュリ
グォァァァァ!!!
間髪入れずに第二第三の矢を射かけると、流石のドラゴンも仰け反り、大きな咆哮を上げる。
ひゅっ ……カァン
仰け反った喉を狙ってみたが、そこはドラゴン。簡単に弾かれてしまった。ゲームみたいに少しでもダメージ入ってくれたら良かったのに。
ズゥゥン
ドラゴンが前足を踏み締め、こちらの姿を捕捉する。鼻から大きく息を吸う。
(まずい。ブレスがくる)
狩りゲーで培われた直感が建物の影に身を潜めさせた。
ゴォ……ッ!!
次の瞬間、先ほど立っていた位置が炎に塗り潰される。
◇
誤算だった。
ゲームではブレスの跡はすぐに消えたのに、ここでは消えてくれない。
しかも、その炎の中を、ドラゴンは悠々と歩いてくる。
そのうえ口の中に放った矢も弾かれてしまった。
そりゃそうだ。こんな炎を吐き出せる口が、矢なんかに傷付けられるはずがない。
喉の奥の火炎袋あたりを貫けば内臓を焼かせる事はできるかもしれないが……そのためにはドラゴンの体が真っ直ぐ伸びて、かつその真正面に立ってなきゃいけない。いくらなんでもリスクが高すぎる。
右目も打ち抜ければ逃げ切れるだろうが、流石に警戒されている。
目以外で効きそうな所……鼻の穴とかどうだろう。
悪くない気がする。口の端には火がちらついているが、鼻にはそれがない。
なにより真正面以外からでも狙えるのが良い。
そういえば子どもたち以外だと、老エルフと青年エルフとしか出会ってない。
ひょっとして大人はこの時間、森の奥にでも行って狩りをしてるのかもしれない。
そうすると救援は絶望的だ。
村の家屋には申し訳ないが、適当なところで撤退するのが利口かもしれない。
そう考えると、大人がいないのはかえって好都合かもしれない。
◇
いくつかの家を盾にしつつ後退していると、木箱が積み重なってる家があった。
この段差なら屋根まで登れそうだ。
そう閃いた瞬間、体は行動に移っていた。
飛び道具は高い位置でこそ真価を発揮する。
ゲームの鉄則に習い屋根に登ったが、思いがけぬ幸運が舞い降りた。建物に二階があったのだ。それも半分だけ。
これなら体を隠しながら狙撃できる!
そして気持ちに少し余裕ができた事で、思考も回り始めた。
(このリューン、矢に魔法を乗せられないか…?)
よくあるパターンでは、体の中に力の流れを感じて発揮する……おっ?
思ったより簡単に、全身に力の流れを感じることができた。
(これを右手に集中して……)
ぼわっと右手が輝く。属性とかなく、純粋な魔力だろうか。
でも今はその方が都合がいい。
下手な属性付与して効果半減とかなったら目も当てられない。
右手で矢尻を持ち、魔力を伝わらせる。
まずは矢の全体に。
そして次第に先端に集中させていく。
(いける……これなら通じる)
なぜか確信があった。
たとえ鼻の中が口の中と同じく硬かったとしても、この矢なら貫けると。
ドラゴンの位置を確認する。
建物のちょうど反対側だ。
こちらを追うように家屋を回り込む気だ。
まだ、この高さは気付かれていない。
(あれ? でもこの位置……)
ふと気付いた。ドラゴンは見える目を使うため、右回りで回り込んでいる。
つまりーー
(目が、狙える……!)
矢を構え、ズームする。
(まだだ…)
鼻先がチラリと見える。
(まだ……もう少し…)
口が半ばまで見えてくる。
(くる……!)
瞳が、見えた。
瞬間、矢を放つ。
……ザグン
矢が、目を通り抜け、矢尻が見えなくなるまで沈んだ。
角度的に脳には達してないだろうが、火竜は完全に両目の視力を失った。
……アッ……アグワァァァ!!!
目標を完全に失ったそれは、ただひたすらに闇雲に火を吐き続けた。
俺は火竜の尻尾側から地面に降り、足早に立ち去った。
◇
村から少し離れた位置で、青年エルフと合流し、老エルフと子どもたちとも合流した。
老エルフは長老だったらしく、両手を掴んで感謝を述べてくれた。
この後は、森の反対側にあるエルフの里の世話になるらしい。
森の中で狩猟採取してた大人たちへは、狼煙で合図を送ってあるので、そこで合流する手筈になっているらしい。
森の外を回って行くため、到着は日が暮れる頃になるとか。正直ちょっと休みたい。
まあ子どもたちもいるし、休み休みだろう。
その子どもたちには、英雄の箔がついてさらにもみくちゃにされてるわけだが。
でも、嫌いじゃない。
◇
英雄視されるのも悪くないことで、子どもたちはグズらずよく言うことを聞いた。
その甲斐あって、日が暮れる少し前に、くだんの里に着くことができた。
大人たちが先に合流してただけあって、夕飯の準備は万端に整っていた。
「聞いたぞリューン、凄かったそうじゃないか!」
「火竜を打ち負かすとは、とんでもない英雄様だな!」
子どもたちが里中にふれ回ったらしく、炊き出しは祝勝のためのちょっとした祭り状態になっていた。
「しかし火竜とは災難だったな東の」
「我らエルフの結界でもドラゴンまでは締め出せなかったか」
西の里のエルフたちも、これには頭を抱えた。なにせ森の反対側とはいえ、目が見えないとはいえ、ドラゴンが比較的近場に存在する事実は揺らがない。
「ヒューに頼らざるを得んかもな……」
ヒューとはヒューマン族、ようは普通に人間のことらしい。やはりどのファンタジー世界でも人間は最大派閥のようだ。エルフがドワーフとは仲が悪いことが定番だし、一番マシな種族としてヒューマンと交流を持つというのも定石だ。
「うむ…。ヒューと協力して、近々討伐部隊を編成せねばなるまい」
老エルフが、西の老エルフと話してるのが耳に入った。
酒や食事をとりながらも、対策には余念がないようだ。
「その時も頼むぞ、リューン」
聴こえていたのを察知されたか、長老の口から俺の名前が出る。
「もちろん、任せてください!」
手をひらひらさせて酔いながら応える。
(大丈夫、あの魔力矢があれば負ける気がしない)
いい感じに酔いが回り、まぶたが重くなる。
◇◇◇
「あ〜〜っ! ここで終わりかーー!!」
目を覚ました俺は、元のアパートの中にいた。
どうやら異世界に行けるのには、タイムリミットがあるらしい。
(服用は1日1回1錠…)
使用間隔が、もどかしい。
(今夜寝る前には、必ず飲もう)
そう誓う俺だった。
第一話、完。
初めまして、竜人と申します。
面白い設定の夢を見れたので、それから膨らませて小説にしてみました。
楽しんでいただけたら幸いです。