第二話:真実
「助けに……来てくれたの?」
「無理矢理頼み込んで、通してもらった。婚約者の危機に駆けつけるのが男というものだろう?」
当然のようにそう言って笑い、私を抱きしめる彼。
嘘吐きなお義姉様と侯爵閣下に破滅させられるんじゃないかと思って本当に怖かった。だから彼の温もりを感じて泣きそうなくらいに嬉しくなり、私も抱きしめ返そうとした。
しかしそれを邪魔したのは、お義姉様のキィキィ声だった。
「な、なんでレンブラントがここに……!?」
それまでか弱い少女を演じていたのが嘘のように目をひん剥いて仰天している彼女。
彼は私からそっと身を離すとお義姉様に向かい合い、静かに言った。
「我が婚約者を不当に断罪しようとする元婚約者を諌めるために、かな?
ミック・リンチェスト侯爵閣下、お初にお目にかかります。僕はモニンガス伯爵家次男、レンブラント・トゥンラ・モニンガス。ベレニス嬢の元婚約者にして、ローニャの婚約者ですよ」
「……お前がベレニスの元婚約者か! ベレニスからお前の悪行についても散々聞いているぞ」
「僕の悪行、ですか。具体的には何でしょう?」
「ベレニスという素晴らしき婚約者がいるにも関わらず、彼女の心をぞんざいに扱い、さらにはローニャ・アゼランと不純な関係になった上でアゼラン伯爵代理の家督乗っ取りに加担したんだろう。誤魔化しはきかないぞ」
「別に僕は何も誤魔化すつもりはありませんよ、リンチェスト侯。僕は真実を公にするべくここへやって来たのですからね」
私の婚約者、レンブラントはかつてお義姉様の婚約者だった。
お義姉様の母親とレンブラントの父親が結んだ婚約。最初こそ上手くいっていたらしいが、アゼラン女伯の死をきっかけにお義姉様が変わってしまい、あまりの被害妄想の激しさに婚約解消せざるを得なかった。
しかし家同士の繋がりをなくすことはできない。そして代わりに選ばれたのが私。だがレンブラントは代替品である私を軽く扱ったりはせず、婚約者としてきちんと接してくれた。とても優しい人だ。
なのにお義姉様は彼をものすごく嫌った。婚約解消後もレンブラントはお義姉様にも心を砕いてくれていたというのに。
「まず僕とベレニス嬢の婚約は、両家の事業契約に基づいて結ばれたものでした。とはいえ、当初は僕らの間にも愛情というか、友情はあったのです。
しかしベレニス嬢は八歳の頃からよそよそしくなり、僕が行ったというありもしない被害を周囲に吹聴するようになった。不審に思った僕は父から提案され、ベレニス嬢にとある物を渡していたのですよ」
「なんだ。ベレニスを虐げるための道具か何かか」
「いいえ違います。僕が渡したのはこれ――」
言葉を切って、レンブラントが懐から取り出したそれは、ピンク色の宝石が中心に飾られたネックレス。
それは侯爵家に嫁ぐ前、お義姉様が身につけていたものだった。最後には私が奪ったということにしたかったようで私の部屋の箪笥に押し込まれていたけれど、特に大事にしていたのを覚えている。
「それは、ローニャに奪われた……」
「映像と音声を記録する、特殊な魔道具です」
「――っ!?」
またもや嘘を吐こうとしていたお義姉様。しかしレンブラントの衝撃的な一言でそれ以上話せなくなってしまった。
私も驚いてただレンブラントを見上げることしかできない。映像と音声を記録する魔道具? そんなの聞いたことがない。
「実は辺境伯家が古くから極秘に使っているものを応用して作ったんだ」
レンブラントは耳打ちして私にだけ教えてくれた。辺境伯家とだけあって色々他の貴族家とは違う業務があると聞いていたが、まさか極秘の魔道具があったとは。
「では皆さんに真実をお見せしましょう。ベレニス嬢が正しいか、我が婚約者が正しいのか――その答えをね」
ネックレスが天高くに掲げられると、天井に何やら映像がぼんやりと映し出され始める。
それは幼き頃のお義姉様とレンブラントの姿だった――。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『ベレニス、プレゼントだよ。僕は君のことを捨てたりしないから。嫌いになってもいないから』
『レンブラント、嫌。ワタシ、嫌です。ローニャなんかに構わないで。なんであの子ばっかりなのですか? きっとあの子とワタシの悪口を言ってるんでしょう。そうでしょう。それでワタシにプレゼントを渡して、陰でくすくす笑ってるんでしょう』
『ベレニス……』
『レンブラントなんて、大っ嫌い』
最初に流れた映像は、ピンクのネックレスを渡された時のこと。おそらく互いに九歳か十歳ほどの年頃に見える。
優しくしようとするレンブラント、それを拒絶し、泣き真似をするお義姉様。いやあれは本当に泣いているのかも知れない。
私はこの情景を見た覚えはなかった。が、お義姉様には心当たりがあるに違いない、わずかに震えた声で「嘘……」と呟いたのが聞こえた。
『お義姉様、どうしてこんなことをするの? 私、貴方をいじめてないのに』
『ローニャ。ワタシ、知っているんですよ。あなたがワタシから何もかも奪おうとしていること……。この家を継ぐのはワタシなのに……!』
『そんなことしてない。お義姉様は嘘吐きだわ。私、いつ嫌われるようなことをしたの? お義姉様から何も奪ったことなんてないじゃない」
『ひどい。ひどい。皆がワタシをいじめる。お母様、お母様」
これには私にもぼんやりと覚えがある。
お義姉様が周囲の令嬢に私の噂をそれとなく吹聴して同情を誘っていたのを見て、苛立ちと共に悲しさを覚えた幼少の私はよくお義姉様を問い詰めた。
その度にお義姉様は泣きじゃくり、私が悪者みたいになってしまう。幸い両親は私の味方だった……というよりお義姉様の実態を知っていたから良かったものの、お義姉様をか弱い女の子としか思っていない周囲はどんどん私の敵になっていく。それに気づいてからはお義姉様との対話を諦めたのだった。
それからも殴られてもいないのに殴られたと言って泣いていたこと、自分自身の悪評をわざわざ流してその発信源を全て私に見せかけたことなど、様々な情景が浮かんでは消えていく。
「こ……こんなの嘘です!」とお義姉様が悲鳴を上げたが、映像は終わらない。
最後に映されたのは、お義姉様が伯爵家を出て嫁いでいった日のことだった。
『これでようやく、復讐が叶います。
憎いあの子も裏切り者のレンブラントも、これで終わり。長かった。本当に長かった……』
ニヤリと笑うお義姉様は、そっとネックレスを私の箪笥の中に仕舞い込んだ。
『待っていてください、冷徹侯爵様。すぐにワタシが甘々に溶かして落としてたっぷり利用してあげますから……』
ここで映像はかき消え、あたりに静寂が落ちる。
リンチェスト侯爵は呆然として突っ立ち、お義姉様は私とレンブラントを憎々しげに睨みつけ、かと思えば涙目になりながら侯爵に訴えた。
「違うのです。ワタシはずっと虐げられ続けていて。辛かった。苦しかったんです。言い逃れをするためにローニャはこんな映像まで用意して――」
「そんな言い訳をしても無駄だよ、ベレニス嬢。君は少し好き勝手し過ぎた。その報いだ」
ピシャリと言い放たれたレンブラントの言葉に、ベレニスは崩れ落ちる。
花嫁ドレスに埋もれながら彼女は泣き始めた。
そして私はといえば、レンブラントと身を寄せ合いながら、哀れな花嫁の姿をただじっと見つめるだけ。
彼女に何かを言う気にはなれなかった。あれだけ腹を立てていたはずなのに、不思議だった。