6話 小さな冒険(前)
子供の頃は、どんなことでも瑞々しく感じるものですよね。
「では、お気を付けていっていらしゃいませ」
「うん」
翌日。朝食を摂った僕とフラガは、シムレーク大聖堂に出掛けた。そして大司祭様に祝福を戴いたあと、帰りの馬車に乗ったフリをして、執事達と別れた。
聖堂の裏口から町に出る。
「参りましょう。ルー……」
「バルドーだよ。フラガ兄さん。せっかく、こんな服装をしているのだから」
執事に、町に居る子供に見える服を用意して貰った。
「わかった。バルドー」
バルドーは僕の変名だ。フラガの弟という設定だ。
『そうだな。自分の眼で町を見てくるのも良いだろう』
お爺様に忍びでの外出許可をお願いしたところ、意外にも承諾を戴いた。
聖堂の東側に回ると、古くからある参道なのだろう沢山の商店が出ている。来るときに車窓越しに見た、大通りに面した大店ではなく、精々間口10ヤーデン(9m)位の、あまり広くない小さな店ばかりだ。
以前の王都城外市場に似ているような気がする。
そう、今ではもうなくなってしまった町並だ。
災厄の時、王都は黎き竜の攻撃を受けた。
それにより王都城外は、跡形もなく壊滅してしまった。建物はほとんどが倒れ、一晩でガレキばかりの場所になってしまった。
馬車で通り掛かったときに、胸が詰まる思いがした。
幸いと言うべきか、どうか分からないけれど、死者は避難命令を無視した数十人と発表されている。城外の町だった人達は、さらに外側に移住することになった。
王都のことはともかく。
シムレークの方もちゃんと観察しないと。
店と店の間にも露店が出ていて、あちこちから食べ物を焼く、湯気と煙を立ち上らせている。
食べ物の他は、古着、靴や履き物、雑貨などの露店だな。人通りは歩くのには不自由がないものの、中々賑わっている
「いい匂いがするよ、兄さん」
「このような下せ……な物を食べると、母さんに叱られるよ」
母さんとは、無論僕の母上だ。
「えぇぇ。買って!」
「しようがないなあ」
そう言いながら、少し嬉しそうに肉串を2本買ってくれて、1本を僕に渡す。前もって僕のお小遣いを渡してある。
「へへぇ」
歩きながら、四角く切られた肉を1つ頬張る。
うむ。何のお肉か分からないし、辛くて硬いけど、まあ悪くない。噛んでいると肉汁が出てきて、もう1個食べたくなる。
「おいしい」
館で出て来る洗練された味とは違うけど、これはこれで好きだな。
「確かに。こういった物も意外といけま……いけるね」
フラガは、ずっと館に居る。さすがに僕ら家族と同じ物は食べないけれど、かなり良い物を頂いておりますと、エストが言っていたので、そうなのだろう。寄宿舎の皆も、食事は旨いと言っているからな。
フラガは10歳で育ち盛りだ。背も1ヤーデン80リンチ(162cm)に届いた。肉が嫌いなわけはない。
食べ終わると、露店脇にある屑籠に串を捨てる。
「バルドー、止まって」
振り返ると、フラガは僕の前にしゃがんだ。そして、ハンカチで口の周りを拭ってくれた。その顔は優しさに充ちており、いつもながら本当の兄さんだと思える。
「綺麗になったよ。行こう」
「うん」
歩き出すと、横からあっと声が聞こえた。
そっちを見ると、積み上げられた黄色い果物の山から1つ落ちて、僕の方に転がってくる。それを拾い上げる。
その奥から、店番が出てきた。
「はい。お婆さん、どうぞ」
拾ったオレンジを差し出す。
「ありがとうな。おおう、何と綺麗な坊じゃ。まるで天使みたいじゃ」
えっ。
「うふふふ。今日は、人が一杯だね」
知らないけど、適当に訊いてみる。
「そうじゃなぁ。前の御領主様が代わられる少し前は、ここらもめっきり淋しくなったのじゃが。ここ半年で持ち直した、いやあ前より賑わっているかのう」
「そうなんですか?」
「そうじゃ。それに坊のような、子供が歩いても安心じゃ。なんとか言われたか……ともかく新しい御領主様のお父上様がお治めになってからじゃなあ。でも気を付けていきなされ」
「うん」
手を振ってまた歩き出す。
そうか。治安もよくなっているのか。普通、人出が良くなれば治安が悪くなると思うんだけど。なぜなんだろう。
お爺様のお人柄と言ってしまえば、そうなのかも知れない。ただ、多くの住人はそうでも、悪人にも通用するのだろうか?
†
ルーク様の後ろに付きつつ、周囲に目を配る。
さっきの果物売りの老婆は治安が良くなったと言っていたが、油断は禁物だ。
おそらく、騎士団諜報班の隠密が私達に付いてきては居るだろうとは思うが、私には姿が見えない。付いていてくれたとしても、咄嗟に間に合わないことも有り得る。居ないものと考えて行動しないとだめだ。
おっ、ルーク様が突然振り返った。
「お兄ちゃん。顔が恐いよ」
「ごめん、ごめん」
ルーク様は、愛らしい笑顔を向けて来られる。私に弟が居れば、こんな風に感じるのだろうか? 畏れ多いことだ。ぎごちないとは思うが、笑顔を作る。
ルーク様は災厄の時、賢者様方に優るとも劣らない実力を示された。流石はお館様の御子という者達が居る。もちろん間違っては居ない。だが、ルーク様は、人知れず勉学でも魔術でも武術でも努力を惜しまれない。僅か6歳にして、お館様の御子としてふさわしい者にお成りになるという自覚がお有りになるのだ。
あっ。
突如、ルーク様が右に曲がった。あわてて追い付き、曲がる。
小径になって、一気に人気が少なくなる。
「バルドー」
呼びかけたルーク様の前で、男が左に曲がっていく。
まずい。
すっと左の壁に寄り、辻の先を窺っていらっしゃる。
「どうされました?」
ルーク様にだけ聞こえる小声で話しかける。
「あの男、怪しいと思わない?」
角から顔を出すと、首に袋を背負った男が、辺りを見回しながら、さらに右に曲がった。
「追うよ」
「バルドー」
一瞬届かず、ルーク様は先の辻まで足音も立てず移動した。
「ああ、見失っちゃった!」
追い付いたと思う間もなく、辻の先に行ってしまった。
確かに、さっきの男の姿はない。袋小路になっているというのに。
「戻りましょう! あの男が何だというのですか?」
確かに怪しい挙動であったけれども。
それだけで、追う必要はないはずだ?
「さっきの男、大量に魔導具を背負っていたよ」
「魔導具? ですか……」
だが、魔導具は市販されている。
「しかも、けっこう高い魔力量の物を」
何かを見付けたように、興奮されている。
「そうかも知れませんが。ならば、城の憲兵に知らせましょう」
「見て、多分この中へ入って行ったんだ」
左の塀に、薄暗くて見づらいが扉があり、塩問屋クバート商会と書いてあった。
「この中へ?」
「反応ではね。えっ? あっあぁ、塩かぁ」
確かに塩問屋に大量の魔導具を持ち込むのは不自然だ。
塩問屋と言えば、学問所の授業で習ったな。ご本領では、岩塩の採集と商売が大きな産業のひとつとなっている。
製塩と卸しの商売は、元出が必要だが旨味のある商売で、専売にする地方領が多い。ご本領も以前はそうなっており、値を吊り上げて暴利を貪る場合があった。
しかし、ラングレン伯爵家の御代となり、専業制は廃され、複数の業者を参入させて、安定供給を図っている。そう学問所の授業で習った。
この商会も、そのひとつのはずだ。つまり新しい業者ということ。もしかしたら怪しいのかも知れない。そうだとしても、ここは帰るべきだ。
「ルーク様。戻りましょう」
「そうだね」
えっ?
先程までの興奮されていたのが嘘のように、肩が落ちている。
そんなに強く言ってしまっただろうか。
「あ!」
「むっ!」
手前にも木戸があったのか。そこから2人の男が出てきた。
「坊主! ここに何の用だ?」
退路を断たれた。
「仕様が無いな……問屋のご主人に用があるのだけど。取り次いでくれないかな?」
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