5話 ルーク 陳情を受ける
在庫がなくなってきました(汗)
ああ、レイナは怒っているよな。
城の大広間で、来客の挨拶を受けているのだけど。結構時間が掛かっているから、今頃妹は癇癪を起こしているに違いない。
「……学問所の件は、書面で出すように」
「承りました」
まあ、母上は信念の人だから、僕が頼んでも無駄だと思うけどなあ。
そもそも、6歳の子供に陳情しないでくれないかなあ。
「ルーク様、お久しぶりでやす」
さっきから、ちらちら見えていたけど、バロックさんの順番になった。
バロックさんは、妹のお爺さんだ。僕のお爺さんではないけどね。でも僕にも親切だし、毎回誕生日には手紙や贈り物をくれて、結構好きな人だ。隣の女の人は、初めて会ったけど彼の奥さんだろう。顔付きがプリシラさんによく似ている。
「こんにちは。お元気そうで」
「ははは。丈夫だけが取り柄でさあ」
相変わらず声が大きい。
「ああ。こちらは、アッシの連れ合いでやす」
やっぱりね。
「メディナと申します。お初にお目に掛かります」
「初めまして。レイナの兄のルークです」
「はい。それはもう……」
何だか涙ぐんでいるけれど。
「ああ、城にプリシラさんとレイナも来ているよ」
お爺様を振り返る。
「もちろん、会ってゆかれるが良い」
お爺様は、執事を呼んで手配してくれているようだ。
「ありがとうこざいやす。いやあ、ラルフ様にも驚きやしたが。ご利発でやすなあ。お血筋なのでしょうなあ」
「ははは、そうだとよいが」
お爺様は嬉しそうだ。
「ああ、後がつかえてやすな。ではまた後ほど」
バルサムさん達も、娘と孫に会えるのが嬉しいのだろう。笑顔で……あれ? 辞して、レイナの所に行くと思ったけれど5ヤーデン程離れた所で立ち止まった。こちらを見ている。なんだろう。
おっと。別の人が来た。入れ替わって現れたのは、知らない人だ。
「ヴィクトール商会のワレンコと申します。ルーク様にお目に掛かれ光栄に存じます」
「うむ」
「ワレ……ンコ殿、久しいな」
「はい」
お爺様は。意外そうな顔をしている。
ああ。ヴィクトール商会……か。
僕が生まれる前。お爺様がエルメーダの領主になられた頃のこと。今や高級石材の代名詞となった鉱山で問題を起こした商会だ。
「ルーク様にお願いがあります。私共に、是非一言。赦すと仰って下さい」
なんだって? まったく……。
「我が家は短期間に台頭した。それを予測できた者は少ない。だから、父上としても協力しなかったからといって憎むことはないはずだ。しかし、行く手を阻もうとした者の何を赦せば良いのかな? 僕には分からないけれど」
「ぐぅぅ……しっ、失礼致します」
そう。
ヴィクトール商会は、旧バズイット伯爵家の政商で、伯爵領の主要産業であった鉱工業を取り仕切っていた。事業のひとつとして、この地方の鉱夫人材を掌握しており、エルメーダの鉱山にも作業員の多くを派遣していた。
しかし、エルメーダの領主が、バズイット伯爵家派閥だったガスパル家から、スワレス伯爵派閥であったお爺様に替わった途端に作業員を引き上げた。完全に人件費引き上げを狙った嫌がらせだ。
無論、商会単独ではなく、当時この地にあったバズイット伯爵家の意を受けてのことだ。ガスパル家を生かさず殺さず、経済的支配下に置いていたことを、継続しようとして図った悪巧み。そう、モーガンから聞いている。
そこで、父上がなんと、言葉が通じないはずのコボルト達を説得して、足りなくなった作業員を充当してしまったのだ。エルメーダ出身の学友、ボリス君によれば同地では今でも語り草になっているそうだ。
逆にヴィクトール商会は、エルメーダでの信用が落ち、仕事にあぶれた多くの派遣作業員が契約を解除してしまった。おまけに後ろ盾となっていたバズイット伯爵家が改易となったあと、国王直轄領政府は鉱工業のヴィクトール商会の寡占状態を解除し、いくつかの商会に発注するようになったため、事業が傾いたと聞いている。
今日来たのは、僕のことを組み易しとみて、汚名返上を図ったのだろう。
肩を落として、去って行った。この後、お爺様との懇親会があるはずだが。
それからも、来客の挨拶を受けて、大広間を後にしたのは30分が経った後だった。
†
「あっ、お兄ちゃん」
対面室という部屋に入ると、毛足の長い絨毯の上に座って居たレイナが立ち上がった。
ついこの間までは、躊躇なく行動していたけど、少しは自覚が出てきたようだ。
近付いていくと、僕に抱き付いた。
壁際に椅子があって、バロックさんにメディナさん、それとプリシラさんが座って居る。そちらへ会釈しておく。
「お兄ちゃん、お仕事していたの?」
「あっ、ああ。みたいなものかな」
「そう。だから、レイナは良い子で待ってたよ!」
「うん。偉い偉い」
頭を撫でてやると、満面の笑みだ。
「そのお人形はどうしたの?」
良くままごとで呼ばれるけど、見たことがない物だ。
「これ? さっき、お爺様とお婆様に貰ったの。かわいいでしょう!」
「うん、そうだね。ありがとうございます」
「ああ、いやそんな。レイナ様は、アッシの孫でやすから」
メイドの1人が進み出てきて、僕に耳打ちする。
ああ、あれか。
丸いテーブルの上に、たくさんの果物が盛られている。
「ああ、果物も持って来てくれたんですね」
「へえ」
「いえ、伯爵様のお子様に、どうかと思ったのですが……」
メディナさんが謙る。
「いや、果物は好物です。それにバロックさんが前にくれた果物はどれもおいしいから、うれしいよ」
「ほらみろ」
バロックさんが、破顔する。
「お兄ちゃんを待ちなさいって言うから、待ってたの。レイナね、林檎を食べたい! お兄ちゃんも好きなのよ」
会釈したメイドが、林檎を籠にいくつか取って、次の間に下がっていった
「いやあ。あれは、20年も前になりやしたか。まだ昨日のことのように憶えてやす。ラルフ様のお誕生日にやはり果物をお届けしたんでやすがね」
へえぇ。
「そのあと、ラルフ様が……」
「お礼を仰った後、なぜ麦を何種類か栽培しているか、おとうさんに聞いたんでしょう」
「プリシラ、先に言うなよ」
「もう。何回も聞かされているわよ」
良い親子だなあ。
「麦の話というと?」
「ルークさんは聞いたことがないですか?」
「ないかな」
「いやあ、同じ土地にずっと同じ品種の小麦を植えていると、病気でやられやすくなりやして。連作障害というんでやすが。それで、品種を変えるんでやすが。それを4歳だったラルフ様に見破られやして。これは凄い人物になるって確信しやした」
4歳!
「確かに凄いけれど、それを、何度も何度も、私が幼い頃からずっと言うから」
「でも、言った通り……いや言った以上の御方になっただろう」
「そうだけど」
「どうぞ」
戻って来たメイドが、林檎を剥いて上品に切り分けた皿にテーブルまで持って来てくれた。
「お兄ちゃん、食べよ」
「うん」
フォークで刺して口に運ぶ。
「おいしい」
「甘いね、お兄ちゃん」
「ようございやした」
「あの時もおどろきやしたが……」
ん?
「今日のルーク様にも驚きやした」
「えっ?」
「おとうさん。どうしたの?」
プリシラさんも身を乗り出した。
「先程のことだ。メルロー男爵を含め百人の大人を前に、皆に尽くすために早く大きくなると仰ったんだ。胸のすく思いがしやした。それにアッシの後ろに並んでいた、ヴィクトール商会のワレンコの企みを挫かれたのだ。傑作でやした」
「へぇぇ……そんなことが」
プリシラさんも目を見張っている。
「やっぱり、ローザさんの血筋がよろしいんですね」
「そんなことはないよ。レイナだって、リーシアだって、もちろんロベルだって、僕の大事な妹に弟なんだ。変な分け隔てはやめてよね」
「これは……申し訳ありません」
「ああん、レイナのおかあさんをいじめないでよ」
「いじめてなんかないよ、仲良しだもんね。プリシラさん」
「はい、もちろん」
「そうなの? そうよね。お兄ちゃんは、世界一やさしいもんね」
バロックさんは、無言で肯いていた。
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2022/11/27 誤字訂正