4話 城の意味と大人達
城を頼みにしてはいけないんですよねえ。
「お兄ちゃん。早く来てね」
「ああ」
レイナ達と別れ、お爺様と城の南側へやって来た。
廊下を歩いてきたが、とある扉の前で止まった。そこに居た歩哨が敬礼した。重要な
部屋なのだろう。
次の間を抜けて、20ヤーデン四方の部屋に通される。
「私の部屋だ」
東に向けて大きな窓が開いていて、湖水が見えて開放的だ。だけど、壁には隙間なく本棚が作り付けられ、びっしりと本や冊子で埋まっている。背表紙から見て文学の本などはなく、法律書、財務書、帳簿などだ。
何と言うか。本当に仕事部屋だ。
父上もお忙しくされているが、お爺様も負けず劣らずだ。父上と曾爺様の協力があったとはいえ、財政難に陥っていたエルメーダ領を数年で立て直したのは、間違いなくお爺様の手腕だ。それが、この部屋から覗える。
「座りなさい」
「はい」
ただいまお茶をお持ちしますと言って、付いてきていた執事が下がっていった。
「どうかな? この城は」
お爺様なら、お答え戴けるかも知れない。訊いてみよう。
「広くて、湖水に映えてとても美しく見えます」
「ははは。見えます……な」
「はい。でも、ここは本当に城なのでしょうか?」
「ふむ。ラングレン城という名が付いているが」
「城というのは、第1に敵から身を守る防衛施設。美しくあっても、その機能がなければ居館に過ぎません」
お爺様は、少し硬く微笑んだ。
「他には?」
「防衛目的であれば、丘に建って居た城の方が守りには堅い。ここは後ろに湖が広がっているものの、平地の立地。堀を巡らせていても、その幅は20ヤーデンもなく、容易に矢が届いてしまいます。それを遮るような城壁も見えません」
「ふむ。流石はラルフ殿の子。もうすぐ7歳か。ラルフ殿も世の中のことを全て知っているようで、頼もしくもあり末恐ろしくもあったが」
「この城の縄張りは、父上自ら手掛けられたと聞いております。できますれば、その真意をお聞かせ下さい」
「ははは。それはラルフ殿に直接訊きなさい。そう言いたいところだが。彼は暫くは話さぬだろうからな」
「おそらく」
「本来6歳の子にする話ではないのだがな。他ならぬ、ルーク殿だ。私は孫には甘いからな、話してしまおう。あははは……さて、ルーク殿は敵から身を守ると言ったが。この城を攻めてくる敵とは、誰だろうか?」
「うっ」
「その顔は分かったようだな。ここは国境とは結構離れているから、簡単な話だ。王国、強いて言えば王宮だ」
「しかし、父上は──無論私もですが、王国に叛くする気などございません」
「私もそうだ。ここにあったバズイット家も、王国に叛逆した……ことになっているが、本当にする気があったのか、怪しいものだ」
「えっ?」
「心配することはない。すぐにどうということはない。全てはこれからのラングレンの態度次第だ。それはそれとして。王宮は我がラングレン家をどう見ていると思うか?」
「はっ。それは、父上は賢者の第一人者、頼りにされていると思いますが」
「ラルフ殿はな。ルーク殿も、いずれそうなるだろう。だが、ルーク殿の子孫はどうだろうか?」
「……父上程の優秀な者は、輩出できないと存じます」
優しそうなお顔で肯かれた。
「将来のことは分からぬが、少なくとも王宮はそう見ていただろう。これまではな」
「これまで?」
「魔術師の力は遺伝しやすいとは言うが、直系から複数の賢者を出した家系はない」
確かに、父上はもちろん、バロール卿もグレゴリー卿も大貴族の一族ではない。
「だが、ルーク殿が先日の活躍で、これまでの常識を覆す可能性を世に示してしまった。ああ、ルーク殿に何か言いたいわけではない。ラルフ殿が決めたことだからな」
「はぁ」
「ともかくも、ラングレン家は例外となり得る家系と警戒せざるを得ないわけだ」
なるほど。
「ラルフ殿は、建国の元勲以上の功績を上げた、それも世界のために。各国の手前厚く遇さないわけにはいかない。伯爵陞爵の理由の1つだろう。今上の陛下は開明的で、国に尽くす魔術師に報いて下さっている」
そうだ。
これまでは、軍における魔術師の階級に上限を設けていたそうだ。単なる兵器と見做していたわけだ。それに比べて国王陛下は信頼できる方に思えた。
「しかし、次代の国王陛下はどうなるだろうか? 力を持つ者は頼りにされる反面、脅威にも思われる。ラングレン家は、軽んじられぬよう力を蓄えねばならぬが、逆に脅威となってはならない。ましてや力を誇示するなどあってはならない」
「城の構えも、その一環ということですか?」
お爺様は答えず、ただ穏やかに微笑まれた。
ふむ。
王宮に慮って、攻めやすい平地に城を移し、わざと城の防衛力を下げた。囲まれれば一溜まりもないと見せているのだ。
それとて、父上がこの城に詰めていらっしゃれば、全く関係ないことになるが。
堅い城があれば、それを頼みに良からぬこと考える者も出てくる。後代の者が、叛意を持たぬように戒めているのかも知れない。
「承りました。肝に銘じます」
「うむ。ルーク殿は教え甲斐がある。そこでだ、ラルフ殿から聞いてはいるだろうが、この後、伯爵領内の主立った者達に引き合わせたい」
「いっ、いえ、聞いておりません……が」
ああ。もしかして、昨夜食堂で父上が何か言い淀まれたのは、これか?!
「ふむ、思い当たるところがあるようだが。まあよい。既に100人程集まっておるのでな。皆に言葉をかけてもらおうか」
言葉……か。
「はい」
お茶を戴いてから、大広間へ移動する。
なぜ父上は、このことを仰らなかったか?
時間がない中で、考えなければ。それとも考えるなということか?
考える必要がないのであれば、それでいい。
必要がある場合。余計なことを言うな、もしくは、いつも思っていることを言え。どちらだろう。
前者なら、その通り仰るだろう。ならば後者だ。
お爺様に順って、広間へ入った。結構広い。石造りの高いアーチで形作られた大空間だ。もちろん王宮の広間に比べれば、半分位だろうけど。
そこに、着飾った男女が大勢集っていた。
珍しいな。誕生会などのパーティならいざ知らず。新伯爵家の長男が初の領国入りなどで詰め掛ける会合は、有力者だけ、つまり家長である年配の男だけの場合が多いと思うが。
お爺様の意向だろう。
「ラングレン伯ラルフェウスが長男、ルーク殿なるぞ」
お爺様が触れを出すと、ははぁぁ……と声が上がり、皆が立ち上がり、跪礼した。男は片膝を床に付き、女はスカートの前を両手で摘まみ膝を曲げた。
完全に敬う姿。
いい大人達が、6歳の子供にここまでする。いやでも自分が偉くなったと勘違いするよね。
あっ、レイナの祖父、バロックさんも居る。
「大儀!」
彼ら彼女らは父上の臣下もしくは領民だ。烏滸がましいが、声を掛ける時はこれしかない。
お爺様と僕が椅子に座ると、皆も再び腰掛けた。
ここに来た何割かは我が伯爵家へ取り入っておこうという魂胆で──残りはあそこの家が出席するなら、ウチも行っておかないとマズいかという消極的な算段だろう。
おとなは大変だな。
「ルーク殿は、皆々知っての通り、3月の王都での功により、忝くも国王陛下より、勲二等レルーマ勲章を賜った」
「おめでとうございます!」
「「「「おめでとうございます!!」」」」
にっこり笑って目礼すると、わぁぁと歓声が上がる。
どうやら、僕は見栄えが良いらしい。父上を始め親族には、整った顔形の者が多いので実感はないのだが。こういう時は、使える物は最大限利用しないとね。
「では。ルーク殿より、お言葉を賜ろう」
信頼されているのか、験されているのか。
両方か。
まずは、ゆっくりと辺りを見回す。
「僕の来城に、この様に大勢が来てくれて、うれしく思う。この土地は、前伯爵領から、国王直轄領へ変わり、さらに我が父の領地となった。目まぐるしく主が替わり、皆も心中穏やかではないと思うが、父と祖父が治めるゆえ、どうか安心して欲しい」
広間が低くざわめいた。
「ははは……ルーク殿。ありがたい言葉ではあるが、誰か1人忘れてはいないかな?」
「失礼致しました。では改めて。私は若年ゆえ、未だ物の役には立たぬが。父、祖父、そして皆の為に尽くせるよう、早く大きくなれるよう心掛けるよ」
ん?
前列に掛けていた壮年の男が立ち上がった。
そして、胸を手を当てこちらへ向かって礼を示すと、半身となって向こうへ振り返った。
「方々聞かれたか? 流石は、ラルフェウス様の子、ディラン様の孫。不肖、このメルロー感服致した」
メルロー男爵? この人が、ソーラ嬢の父上か。
「ラングレン家は、盤石なり」
「ご同意申し上げる」
後列から拍手が巻き起こった。
あの声は、バロックさんだ。
その後、皆の挨拶を受けることになった。
あっと言う間に、待ち行列ができる。
「メルローにございます」
父上の麾下ではあるが、僕と同格なので、立ち上がって挨拶する。
「ソーラ嬢は無事帰られましたか?」
「はい。昨日元気に戻って参りました。そして、王都の華やかさを語ったあとは、ルーク様の話ばかりしております。先約はあると存じますが、我が娘もその候補にお加え下され」
えっ。これって、縁談?
「ははは。メルロー卿、些か、気が早くないないかな」
「いえ。今日ここに集い、娘を持つ者は、皆そう思ったことでしょう。ならば、他でも同じことになりましょう。早くなどありません。お目に掛かれてようございました。後日正式に申し込みましょう」
うわっ。新年になったら、ソーラ嬢を真っ直ぐ見られなくなっちゃうよ。
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訂正履歴
2022/11/23 加筆、ルークの意識の表現変え