2話 ルークを巡る女性達
うーむ。小生は幼児の頃がモテるピークだったなあ……遠い目。
「おはようございます」
「ああ、おはよう」
学問所の教室で、学友達と挨拶を交わす。
3月。父上が伯爵と成られ、王都内郭に屋敷地を賜った。
そこを、ラングレン伯爵領上屋敷として、多くの建物を建設した。それから、本館が竣工したのが9月のことだ。離れも整地が終わると、なんと父上の魔術で一日と掛からず移転した。その時、僕ら子ども達も、内郭内に引っ越した。外郭の館は、今も下屋敷として使われている。
場所は変わったけど、起居する離れは変わらないし、それ程生活も変わらないと思っていたのだけど。それは間違いだった。その1つがここ学問所だ。弟妹達が中等教育課程が終わるまでの有期で開校するそうだ。
「おはようございます。ルーク様」
「ああ、おはよう」
学友。
新しく領地となった地。以前は国王直轄領、その前はバズイット伯爵領だった土地に居た男爵以下の貴族達の子とその他、男女総勢37人が、上屋敷内に作られた寄宿舎で暮らしている。
これは、領地内の教育機関不足対策の一環でもある。大都市以外では、男爵以上の貴族子女は家庭教師に教育を受けるのが一般的だ。しかし、準男爵以下は経済的な都合でそうはいかないのがほとんどだ。地元の公設の学校に中等学校までは庶民と共に通い、高等教育が受けられる比較的裕福な家は大都市に留学させる。
だが、新たにラングレン伯爵領となった場所では、中等学校自体が不足していているのだ。エルメーダ領と旧ラングレン子爵領でそうだったように、父上もお爺様も、開校を急いでいるが、伯爵領はそれに比較にならない程広い。それでも土地や建物よりは、教師の手配の方に時間が掛かっている。伯爵領は辺境とまでは言えないが地方なので、そこに赴任してくる人材はそう簡単に集まらないのだ。
その対策が、ここ学問所だ。
教師を比較的雇いやすい王都へ、子供を集める方が手っ取り早い。
王都の口さがない者達は、父上が新領の在来貴族から人質を取ったなどと言っているが。もちろん父上は、強制などしていない。都市間転送を使っての里帰りも認めている。多分、今週末から始まる年末年始の長期休暇では、ほとんどの生徒が王都を離れるだろう。
強制どころか、学費や寄宿舎での滞在費は免除だ。しかも、教師陣は初等教育だというのに、僕が教わっていたクリュセス先生、ナーラム先生以外にも数人雇ったし、非常勤としてバルサムさんや、修学院からも講師を招聘している。
それで、生徒募集は中等学校対象者以下としたのに、それを超えた年齢の者もなんとか成りませんかとお爺様へ依頼がいくつか入ったらしい。
それから、生徒は貴族の子だけではない。少ないが領内の優秀な庶民の子も選抜されて来ている。彼らにも制服を与えられているので、知らない者は見分けが付かないだろう。
学問所は、伯爵領の人材育成が大目的で、加えて僕の家臣を養成する意味もあるそうだ。あとは、やはり子どもは、同年齢の子と共に過ごすの良いというのは父上の持論らしい。
それから、例外の生徒もいる。
「ご機嫌よう、皆さん」
優雅な挨拶だが、それ発している人物とは相応しくない。
「おはようございます」
次々、皆から挨拶され、僕の隣にやって来た。
「おはよう。ルークさん」
「おはよう。エリス」
そう。僕の幼馴染みにして、バロール卿の長女、エリス・ディオニシウス伯爵令嬢だ。
もちろんエリスは、父上の領地の者ではない。
彼女も、バロール卿が伯爵と成られて、僕ら同様内郭にやって来たのだけれども、ウチが学問所を開くと知って、ここに通いたいと言い出した。エリスは、大貴族の子女なのだから、家庭教師に教わるはずなのだが。
エリスがここに通うとなった時は、僕も驚いた。父上も最初はお断りしようとしていたのだけど、バロール卿とナディスさんから母上経由で逆に頼み込まれて、しかたなく承諾したそうだ。
そして、例外はもう1人。
「ご機嫌よう、皆さん」
来られた。
「「「「おはようございます」」」」
叔母上だ。一番後ろの席に着かれた。
僕も振り返って、会釈する。
男子生徒達の顔が赤くなった。僕と、フラガ以外は全員そうなる。いや、女生徒も何人か赤くなっている。
まあ無理もない。
15歳でぎりぎり、中等学校に通う年齢と言えば年齢なのだけど。もう美少女ではなくて美女だ。
その美しさは、父上の側室以外に身近に比する者が居ない。
内郭に引っ越してきて、多くの貴族女性を紹介されたけど、一番美しいもの。
希代の美男と呼ばれる父上を女性にしたような造作で、今では大貴族を始め、数多くの縁談が申し込まれているそうだ。叔母上は、全く関心を持っていないようだが。
叔母上は一般生徒ではなく聴講生だ。毎日出席されるわけではなく、気が向いた専門教科がある時だけ来られるのだ。今日の1限目は、専門教科だからあるいはと思っていたけど。ちなみに教養学科は、年齢で4学年に分けて授業を受ける。
「イタイイタイ……痛いよ、エリス」
耳を引っ張られたので前を向く。
「ルークが鼻の下を伸ばしているからよ!」
いつもの呼び捨てに戻った。
叔母上を真似て、お淑やかに振る舞ってもすぐ馬脚を現すよね。
「それより1限目の魔術は、バルサム先生じゃなくて外部の講師だよね」
伯爵領には領軍がある。軍があれば信頼できる軍人も要る。
騎士団長だったダノンが領軍後方責任者となった都合で、バルサムが代わりに副家宰兼騎士団長となった。だから彼は結構忙しいのだ。
「うん。先週そう言っていらっしゃったね」
誰なんだろう?
「私、学問所に入る前に見たもんね」
「えっ、誰?」
「ふふん。まあ私も名前までは知らないんだけどね」
「なんだぁ」
おっ。
「来られたわよ」
エリスも魔感応が強いよね。
前方脇の扉が開いて、灰色の尼僧姿の人が入ってきた。まず間違いなく修学院の教員だろう。
階段状になった、教室を右から左にゆっくりと見回した。
「うぅわ。ラルフェウス卿に騙された! 子供ばっかりだ。はぁぁぁ、まあ引き受けたからには仕方ない」
教卓の前まで行くと、がっくりと肩を落としている。
はぁ?
いきなり父上を悪し様に言ったな。むっと来たが、なんか見覚えの有る顔だ。
「エリザさん」
小声にしたはずだったけど、意外に響いてしまった。
「おっ、その声は、ルーちゃん!」
教室内が笑い声に包まれる。ルーちゃんはやめて欲しい。今ではエリスですら呼ばないのだ。
「ああ、すまん。もっと小さい時にアリーがそう呼んでいたから、そのままになった。今は准男爵様なのに。大きくなったわねえ。私も歳を喰うわけだわ。それにしても、ラルフェウス卿そっくりになってきたね、ルーク君」
「はい。ありがとうございます、エリザベート先生」
「いや、別に褒めていない。ああ、名前は、紹介のあったエリザベートだ。見てわかると思うが、修学院から派遣されてきた。バルサム副長……じゃなかった、バルサム先生に替わって君達に月1回、魔術の実践よりは理論を教えることになっている」
そうなんだ。
「なってはいるが、今日は、騙された腹いせにラルフェウス卿が、修学院で私の生徒だった頃の話をしよう」
えっ? まあ聞きたいけれど。
隣のエリスも目が輝いている。
「ラルフェウス卿も、今でこそ世界の救済者! などと呼ばれているが。15歳で、私の生徒になった頃は、それはそれは生意気で、酷い……いや、酷いは言い過ぎ……じゃなくて心にもないことを言ってしまった。アリーはともかく、所長に聞かれたら撲たれる。みんな黙っていてくれよ」
ちなみに学問所の所長は、母上だ。
女子向けに、長刀を教えても居る。
「いやまあ、お世辞抜きでなあ。優秀な生徒でなあ」
取って付けたように褒めても、罪滅ぼしにはならないけどね。
「なにしろ、誰に習ったか知らないが、古代エルフ語が読めるんだぞ。15歳で。私だってがんばって、時間を掛けてやっと読むんだ。それをいとも簡単にまるでミストリア語を読むように。そりゃあ、魔術も強いわけだ」
おおうと、みんな響めく。
「賢者になるくらいだ。まあ、賢者になるような魔術師は、みんな頭が良い」
「先生!」
「おっ、なんだ?」
「ウチの父もそうですか?」
「ウチの父? えーと」
持って来た出席簿と、エリスを見比べている。座る席は決まっていないから、それを見てもわからないと思うけど。
「ああ。エリス嬢の父上は、バロール卿です」
「えっ? 電光バロール?」
「あっ、はい」
「えぇぇぇ……ルーク君に……だけじゃなくて。報酬上げて貰わなきゃ」
叔母上の方を向いていたな。
叔母上が何者かを知っているようだ。
「いやあ。バロール卿は会ったことがないから、しかとは分からないけど。多分頭が良いはすだ。良くなければ上級魔術は無理だ」
「おおぅ。そうなんですね」
エリスは嬉しいような、納得したような顔で肯いた。
「あっ、話を戻そう、ラルフェウス卿はな……」
†
「はぁ、終わった。ルーク、食堂に行こう」
「うん」
授業は昼で終わりだが、昼食は皆で食堂に行って摂るのが常だ。立ち上がり掛けると。
「ルーク!」
後ろから声が掛かった。
「はい。叔母上」
「供をなさい」
ああ。めずらしく低学年の教室に、お昼前の3限目も出席しているなあと思っていたら、そういうことか。
「はい。ああ、エリスごめんね」
「ふん!」
さっさと教室を後にした叔母上について歩く。本館を経由して離れに入っていく。
やっぱりな。
そのまま、ロベルの部屋の前にやって来た。
ロベルは、僕の弟だ。
ノックすると、乳母のダレイアさんが出てきた。
叔母上の顔を見て、一瞬眉間に皺が寄った。
「見よ。ルークを連れてきている」
「はあ。ですが、ロベル様は、先程寝付いたばかりで」
「心配ない。起こしはしない」
「承りました。どうぞお入り下さい」
そうだよね。僕が来ている以上、彼女に叔母上を拒む権限はない。
次の間を通り抜けて、ロベルの部屋に入った。
叔母上は、部屋の中央に置かれた籠に寄っていく。
のぞき込むと、僕には見せたことがない蕩けるような笑みを浮かべた。
叔母上はロベルに御執心なのだ。
彼が産まれる前に男だと断言し、自分の養子にくれと言い放った。
流石に、アリー叔母上も断ったし、父上も承諾はしていない。
しては居ないが、叔母上は何度もこの部屋に通い、僕は見て居ないけど、自分の乳首をロベルに吸わせたそうだ。
「いや、結構膨らんできているけれども、乳は出ないでしょうに」
とは、アリー叔母上の言葉だ。
しかし、その一件を、薄ら寒く思ったダレイアさんが、父上に訴えた。最初は、問題ないとしていたが、それから1日に何回も来るので、誰か家族を同席させないと面会させないということになった。
何回目だろう。
僕は、叔母上がこの部屋に入るために使われているのだ。別にアリー叔母上は、頼まれれば、同席して会わせてやっているそうだが。こちらの叔母上の方は、自分が母のように振る舞いたいのだろう。
ダレイアさんは、気が気ではないようだ。僕が胸に手を当てて謝罪したが、表情が優れない。僕の乳母エストリッドだったら、そうはならないだろうけど。これでダレイアさんの乳の出が悪くなってはことだ。
仕方ないので。僕も籠に寄っていき、のぞき込む。
「かわいいわね」
「はい」
2人ともささやき声だ。
確かにかわいい。小さいけれど、どことなく自分が鏡で見る顔に似ている。兄弟だし。
「ルークもね、こんな感じでかわいいかったわ」
へえ……意外だ。
僕は叔母上にずっと避けられていると思っていた。
「でも、ルークはお兄様に似過ぎていたからね。それが……まあいいわ。ロベルが起きない内に戻りましょう」
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2022/11/03 誤字訂正