1話 まったりしない朝の風景
いやあ。ラルフのことは結構書いたと思うのですが、ルークが可愛くて……つい。
他に連載もしているのに、何をやっているんでしょうか、小生は。
こちらは不定期連載にしたいと思っていますのでご了承下さい。
「……ク様、ルーク様」
んんん……あぁぁ。
薄く目を開けると、凛々しい顔がのぞき込んでいた。
「ふぁぁ、もう朝か。おはよう。フラガ」
「おはようございます。ルーク様。そろそろ朝稽古の刻限となります」
「はっ! そうだった」
急に目が開いた。
「お召し物は、こちらにご用意しております」
「うん」
ふと見ると、もうフラガは稽古着を身に着けていた。
壁沿いまで歩いて、台に乗っている洗面器に手を突っ込む。暖かい。ぬるま湯になっていた。そのまま掬って顔を洗う。
洗い終わると、フラガは手拭いを差し出してくれる。
多分、約束の7時まではあと数分だ。
あわてて寝間着を脱ぎ捨てる。厚手の稽古着の下を穿くと、フラガが上着を着せてくれる。最後に靴を履いて準備完了だ!
急いで階段を駆け下る。踊り場でお辞儀するメイドと擦れ違う。確か母上付きの……気にはなるけれど、それどころではない。1階に降りて王都内郭に引っ越して広くなった裏庭に出ると、既に母上とサラさんが待っていた。
ううぅ。寒い……まだ12月中旬(春分が元日)だからな。
王都大聖堂の鐘が鳴り出した。
はあ、間に合った7時だ。早足で近付く。
「おはよう、ルーク」
「母上、サラさん。おはようございます」
えーと。母上の顔が恐いのだけれど。間に合ったよね。
「ルーク。あなた、廊下を走って、階段を駆け下りて来ましたね」
「あっ、はい」
うわっ、なぜ分かったのだろう。振り返ると2階の窓から、さっき擦れ違ったメイドが顔を出していた。そういうことか。
「どこを見ているのです? ルーク。 貴族たる者、いつも所作は優雅に、そう申し付けてありますよね」
お小言が始まった。
「はい。申し訳ありません」
でも遅刻すると、烈火の如く叱られるからな。やむを得なかった。
「奥様。本日は、私が遅れました。申し……」
「フラガ。庇い立て無用」
「はっ!」
「ルーク。あなたがしっかりしないと、このように周りの者まで迷惑を被ることになります」
「はい」
「そもそも、自分で起きられるようにならなくてどうしますか。夜遅くまで書物を読みふけっているから、寝坊してしまうのです」
なんでもお見通しだ。
「師匠。ルークさんは、まだ6歳なのですから……」
「サラさん。明日も来ますか?」
我が母上ながらお美しいのだけど、それだけに睨んだら数倍恐い。
「うっ……で、出過ぎたことを申しました」
「よろしい」
サラさんは、ウチの薬事事業の中で、かなり偉い人なんだけどなあ。母上には全く逆らえない。
ちなみに昨夜からというか、このところ時折上屋敷に来ているのは、9ヶ月前になろうとする災厄の時の出来事の所為だ。避難命令が出ていたのに、なんと日付が分かっておらず、皆が居なくなっても、サラさんは1人で研究所の地下に居たという。なんとも図太い人だ。
業を煮やした父上が母上に伝達し、ときおり今朝のように生活指導を受けることになった。
「時間がありません。まずは各自素振り百回。始め!」
†
「痛ぁ……」
朝稽古が終わった。
自室に戻って、右腕を左手で摩る。
「大丈夫ですか? ルーク様」
「うん。大丈夫だよ」
嘘だ。
右肘から先が痺れている。
母上の長刀に小手を強かに打たれたからだ。稽古用長刀の穂先は、柔らかいセルジュの樹の枝で出来ているから、もちろん怪我はしないけど。それでもきっと痣にはなるだろう。
ああでも。
「もう、父上と朝食の時間だ」
急いで着替えて、本館の食堂へ向かう。
新しい本館は、ロータス通りにあった頃に比べ何倍も広くなった。僕ら子どもが起居している離れと、渡り廊下で繋がっているのは同じだけど、随分遠くなってしまった。
しかたない。春までは元々子爵の別荘だったところを使っていたけど、父上は大貴族である伯爵に成られたのだ。何事も今まで通りにはいかない。
それはともかく、離れから本館食堂へ向かうには、時間が掛かる。しかし、今度は走ってはいけない。母上の目も恐ったが、父上の魔感応は、館の隅々まで及んでいる。
大股で歩いて食堂の前まで行くと、執事が扉を開けてくれた。
もう、父上が席に着いていた。母上はまだいらっしゃらない。
父上から1つ席を空けてアリー叔母上もいらっしゃる。母上の妹だけど、父上の側室だ。叔母上は、半年前、僕の弟を生んだ。外から見れば複雑なのだろうけど、僕が生まれる前からこうなのだから、不思議には思わない。
執事が椅子を引いてくれて、僕も席に着く。
「おはようございます」
「うむ。おはよう。ルーク」
「おはよう、ルークさん」
叔母上は、僕が準男爵になってから、少し堅苦しい呼び方になった。
父上は鷹揚に肯いた。叔母上はにっこり笑ってくれたけど途中から表情が曇った。叔母上が振り返ると、メイドが叔母上の椅子を引いた。叔母上は立ち上がられると、時々鼻を鳴らしながら、こちらへやってくる。
なんだろう?
「やっぱり」
「はい?」
「ルークさん。汗臭い」
「えっ?」
「お姉ちゃんと朝稽古したんでしょう。それで、着替えてそのままここへ来たわね?」
図星だ。
「もう! ちゃんと身だしなみに気を付けないと、女の子にモテないわよ……まあルークさんは例外になりそうだけど」
叔母上の右手が光り、黄色い量子が僕に振った。生活魔術だ。
「スンスン。これでいいわ。ああ、右腕も治して上げたいけど、私がお姉ちゃんに叱られるからね。ごめんね」
うわっ、バレている。
叔母上が、席に戻られた。
「ローザに、小手を打たれたのか?」
父上だ。
「あっ、はい。長刀で……」
「そうか。父もな、よく打たれた」
「そうなのですか?」
あっ。
「うむ。脛やら、腹もな。ローザの長刀は伸びてくるからな、油断していると喰らうぞ」
へえ。父上にも、そんな頃があったんだ。
「それで、回復魔術で癒やそうとしたことがあったが。エルメーダの親父殿に、そのようなことでは注意力が育たないと散々に叱られたことがあった」
「はい。僕も心します」
「おはようございます」
「おはようございます」
母上だ。
「おはよう」
「おはよう、お姉ちゃん、クローソさん」
メイドが椅子を引いて、2人は席に着かれた。
プリシラさんは、レイナと一緒に食べるから、朝食には姿を見せないことが多い。
「ローザさんが、旦那様を長刀で打ったのですか?」
嬉しそうに、クローソさんが訊く。さっきの話が聞こえていたようだ。
「私が旦那様を打ったのは、初等学校に入られてすぐが最後です。それ以降は旦那様の方が、私よりも遙かに強くなられましたので」
「そうだったかな」
父上が少し微笑んでいる。憶えているけれど誤魔化したに違いない。
「はい。それより、ルークは7歳になろうとしているのですから、未だに私に打たれているようでは、先が思いやられます」
「はっはは。それはどうだろう。ローザもあの頃よりは、格段に強くなっているからな。私がルークの頃に戻ったら、避けきれないだろう。それより皆揃った。食事にしよう」
香り高いスープが、メイド達によって運ばれてきた。
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訂正履歴
2022/10/30 文章調整
2022/10/31 誤字訂正