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桜の暗号と初恋

作者: 小菅銀吉

さらさらとシャーペンが紙の上を滑っていく。

わたしはそれを、じっと見る。

「何?…書きにくいんだけど…?」

せんぱいが顔を上げて、居心地悪そうに言う。

さらさらの髪が風に揺れる。

せんぱいの手首の時計が夕日を弾いてきらりと光った。

先輩が長めの前髪を髪にかける。

クラスの女子がせんぱいのことをかっこいいと噂していたのを思い出す。

せんぱいの小説を書く仕草を、わたしだけが知っている。

ほんの少しの優越感と、申し訳なさ。

「せんぱいが小説書くの、見てるの好きなんです。」

「僕は見られるの、嫌いだ。」

そう云ってせんぱいが左手でノートを覆い、見えないようにする。

「ひどいです!」

抗議するわたしを

「知らない。」

せんぱいはばっさり切り捨てる。

文芸部は、元々は「謎々研究会」だったらしい。せんぱいの代で潰れ、同じく人数の少ない文芸部と併合された。だから、せんぱいはミステリーばっかり書く。

「わたし、クトゥルフ神話も読破しましたから、平気です。」

「あっそ。」

せんぱいの目は、相変わらずノートを見ていて、それに少し、腹が立った。

「せんぱい。」

目線は上げずに、何、と返したせんぱいの耳元で囁いた。

「わたし、…せんぱいのこと、好きです。」

せんぱいは思った通りの反応を見せた。

ぴょんと椅子から飛び上がり、机もノートも騒々しい音を立てて倒れた。

「な、な、な…。」

何か言おうと口を動かし、でも言葉が喉につっかえたのか出てこないせんぱいに、わたしはにこっと笑って言った。

「…な〜んてね、騙されましたねせんぱい!」

「ー〜っっ!」

せんぱいが頭を掻きむしった。

「先輩をからかうなって小学校の時習わなかったのか…小川さん?」

「え?習ってないですよ。」

わたしはせんぱいが立ち上がるのに手を貸してから、わたしより少し高い位置にある、澄んだ目を見つめる。

「せんぱい。…せんぱい、暗号問題をわたしに出してください。桜が咲くまでに、先輩が卒業するまでに、わたしがその謎を解けたら…」

わたしはうまく吸えているかもわからない息を吸う。

「…そのときは、わたしと…付き合ってください。」

せんぱいの目が揺れた。

わたしは顔を伏せた。

せんぱいがどんな顔をしてるか、見たくなかった。

「…………………………………わ、かった。」

「…え?」

口からそんな言葉がぽろっとこぼれ落ちた。

「…君が、僕の出す暗号を、解けたらね。」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


わたしは一枚の紙と睨めっこをしていた。

せんぱいがだした暗号だ。


「さくらのきから

9 18 5 −1 11 9 31」


…ダメだ、全く意味がわからない。

あれだけ大見得切っておきながら解けない…

「それ、なに?」

友達がわたしの持つ紙を覗き込んだ。

わたしはその友達…みーちゃんに、小声で説明した。

「さら、凄いじゃん!えらい!」

そう言って、みーちゃんがわたしの頭を撫でた。

「さら、頑張れ!暗号の方は……。うん、さらには無理だ、やっぱり諦めよう!」

「ひどい!みーちゃん、そこは嘘でもわたしならできるって言ってよぉ…」

「ごめんね、うち、嘘はつけないの。」

「嘘つきぃ〜!」

そう喋りながら、わたしは少しホッとしていた。さっきまで、怖かったからだ。

「解けなかったら、どうしよ。」って。そんなわたしを、みーちゃんは励ましてくれた。

(…頑張らなきゃ)

わたしは手をグッと握った。


まずは、数字を整理してみる。

9 18 5 −1 11 9 31。

共通してるのは9。

せんぱい曰く一つの数字は一つのひらがなを表している、と言ってた。

「うーん…」

「あ」を「1」とするなら9は「け」

だとするなら

け つ お ○ さ け ま

「あれ?」

ノートの平仮名と睨めっこして、わたしは思った。

なにこれ?

てか−1の意味がわからない。

さくらのきからってなに?

数字を全部「き」か「ら」に置き換えればいいの?

きらきらきらき

まっっったく意味のない文になったぁ!

ああもう、分かんないよ!


…ううん。ちょっと待って。


「あ。」

私は呟いた。

「分かったかもしれない。」


次の日、わたしはせんぱいを訪ねて文芸部の部室に足を運んだ。

暗号が解けたことを伝えるため.

がらっと立て付けの悪い扉が騒々しい音を立てる。

いつものことだ。

せんぱいはいなかった。

代わりに、そこには一人の女の人がいた。長い髪が冷たい風に揺れている。はらはらと舞う外の桜の背景に、その姿はあまりにも綺麗だった。

桜の妖精みたいな人だなぁ、とぽかん、と見ていたら、その女の人が振り返り、にっこり微笑んだ。

「君、もしかして、文芸部の?」

「あ、…はい、小川沙楽です。」

「さら、ちゃん。いい名前ね。」

女の人はそう言って微笑んだ。

「ねぇ、貴方の部活の先輩はまだ来ないの?」

わたしに部活の先輩は一人しかいない。

「はい。…お知り合いですか?」

女の人は、頬にかかった髪をかき上げながら、恥ずかしそうに言った。

「うん。…わたしのカレシなの。」

その手首に、「せんぱい」がしていたのと同じ時計が輝いていた。


それから、わたしは彼女と何か話をしたけれど、何を話したかは、覚えていない。



あの女の人と話した、次の日。

3年生にとっては、最後の日。

せんぱいが、卒業する日。

三分咲きの桜が、それを祝う。

私たちは向き合って座っていた。

制服の胸に花飾りをつけたせんぱいが、わたしを見る。

「…解けた?」

わたしは、にっこり笑って、言った。



「いいえ…解けませんでした。

わたしにせんぱいの彼女は無理だったみたいです。」

せんぱいと同じ時計をした、あの卒業生の女の人。

せんぱいが、あの時わたしの「お願い」を断らなかったのは、その時わたしを傷つけたくなかったからでしかない。

優しいせんぱいは、後輩の「お願い」を断りきれなかっただけ。

泣きそうになったから、慌ててぺこりとお辞儀をした。

「せんぱい。今まで、ありがとうございました。」

せんぱいが戸惑っているのが気配で分かった。

わたしは、最後に顔をあげて、涙が溢れないように押さえて、笑った。


そして、わたしはせんぱいに背を向けて、走ってその場を後にした。


すれ違う人が、目を赤くしているわたしを不思議そうな目で見る。

わたしはただ、走って、走って、走って、

「さらっ!!」

みーちゃんがわたしの手を掴んだ。

「さら…?どうしたの?」

優しいその声音に、抑えていたものが全部溢れた。

「暗号、解けたって言ってたよな?すっぽかされたの?」

わたしは泣きながら首を横に振った。

「解けたの。解けたけど…でも、だめなんだ。わたしじゃ、……」


「たのしかったよ」

それが暗号の答えだった。


わたしは、笑った。

最後は笑って、

そして先輩に別れを告げた。


今まで過ごした、決して長くはなかった時間を思い出す。宝石みたいに、ううん、それよりももっともっと輝いていた時間を、そっと眺める。

ムッとした顔、驚いた顔、照れた顔。せんぱいの、満面の笑み。


「みーちゃん、わたし、ちゃんと…ちゃんと、区切り、つけて、きたから、だから。」


わたしはみーちゃんにしがみついた。

「ごめん。今だけ、泣かせて。」

後から後から、ぽたぽたと雫が滴って、

わぁわあと泣いた。

みーちゃんは、わたしが泣き止むまで、ずうっとそばにいてくれた。

桜の花が、何処からともなく風に舞い、

1年間の思い出を美しく彩った。


「ありがとうございました」

心の中で、呟く。

せんぱい。今まで1年間、



「ずっと、ずっと、好きでした。」



解説


さくらの「き」から

つまり、「き」を基準にして考えればいい。

「き」より前のひらがなは「−○」。

対応表↓↓


あ い う え お

−6 −5 −4 −3 −2

か き く け こ 

−1 +0 +1 +2 +3

さ し す せ そ

+4 +5 +6+ 7 +8

た ち つ て と

+9 10 11 12 13

な に ぬ ね の

14 15 16 17 18

は ひ ふ ヘ ほ

19 20 21 22 23

ま み む め も

24 25 26 27 28

や   ゆ   よ

2 9 30 31

ら り る れ ろ

32 33 34 35 36

わ       を

37 38

39


「9 18 5 −1 11 9 31」


「た の し か っ た よ」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 咲う先輩も読みました。 これは、あちらの続きですね。一度閉じた話の続きが読めて嬉しかったです(私の勘違いでしたらご容赦ください)。 後輩ちゃんの「せんぱい」呼びが可愛くて好きでした。彼女…
[良い点] 算数に引きずられていたのか、私は暗号は解けませんでした。 きれいな女の人の『わたしのカレシ』がどこまで本当かはよくわからなかったですね。 真相がはっきりするまでは沙楽ちゃんにもチャンスがあ…
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