第97話 カミーユ18歳の決意
カミーユ達が船でグロティア親衛隊の残党と戦っている頃、カミーユの父であり、ブエナビスタ国王ガーナ・テスラ・ブエナビスタはギル・マーレンからの手紙を読んで憤っていた。
「全く。どういうことなんだカミーユは。デグレトに行っているものだとばかり思っていたが、勝手に、こともあろうにソロモンに潜入しているとは。理解に苦しむ。自分の存在をなんだと思っているんだ。王子としての自覚が...。自覚が欠如しておる!」
「はっ。私の教育が至らず大変申し訳ございません」
怒り心頭の国王を前に、カミーユの家庭教師を務めるステファンはただただ頭を下げるしかない。
「いや、ステファン。お前を責めているのではない。デグレト行きを許したのは、他でもない私だ。そのことはいいのだが、それをいいことに勝手な振る舞いは許さん。何かあってからでは遅いのだ!」
「・・・」
「どんな理由があったかは知らないが、自身の軽率な行動によって命を失う可能性もあった。いや、王子一人の命ならまだましな方かもしれない。最悪の場合、戦争になってもおかしくない状況なのだ。国民を危険にさらす戦争になっ!」
国王の興奮は収まる気配がない。
ステファンがもう一度頭を下げる。
「私からもよーく言い聞かせますので...」
「勿論だ。そうしてくれ。大臣達の手前もある。カミーユには少しお灸をすえおく」
目の前の家庭教師に向かって声を荒らげていた国王だが、内心では別の考えをもっていた。内向的で大人達の前では殊更周囲に合わせ、自分を表に出さないカミーユが常識的ではない行動をとったことに驚き、その思い切りの良さに、そんな一面もあったのかと意外に感じるとともに、男としての頼もしささえ感じていた。
「ギルマーレンは今、どこにいる?」
「デグレトのベッカー将軍とともに、王子の乗った船を出迎えるため、国境に向かっておられます」
「海上か・・・」国王はぶっきらぼうに呟く。
「港に使者を遣わして、カミーユともどもすぐに城に戻れと伝えよ」
「はい」
ガーナ国王は政務に忙殺されてしばらく会っていなかった息子との対面に僅かな期待を寄せる。
(カミーユめ。どの顔下げて現れるか、楽しみにしていよう)
カミーユの家庭教師のステファンが退出すると、入れ違いに体格のガッチリした筋肉質の中年の男と華奢ではあるがしっかりした足取りの男が王の居室に入ってきた。
「国王。ソロモンに動きがあったと聞きましたが」
「ん。耳が早いな。丁度良い。そのことについて少し話をしよう。直にギル・マーレンが戻ってくる。詳しい内情はそこで明らかになると思うが、その前に二人から意見を聞いておきたい」
「かしこまりました」
大臣であり、王の信頼厚い側近であるルイス・ザックバーンとガイル・コナーが片膝をついて、王に敬意を示した。
王の思惑を知らないまま、カミーユ達を乗せた馬車は王宮に向かって進んでいる。
車内では皆無言だった。それぞれが緊張した面持ちで馬車に揺られている。
カミーユは父の姿を思い浮かべていた。
カミーユのイメージする父は、堂々とした為政者の姿であった。
国王として威厳に満ちており、部下へも毅然とした態度で接する。声を荒らげて怒り、厳しい叱責をすることも厭わない。
ただ家族に対しては穏やかで、カミーユ自身も大きな声を出されたことはない。その代わり家庭教師のステファンがあれやこれやと口を出す。
今まではそうだった。
だが、と思う。
今回の件をきっかけに何かが変わるかもしれない。カミーユは漠然とそう考えていた。
「王子としての自覚を持て。この国を背負って立つ立場をもっと真剣に考えろ」そんな父の叱責が頭に浮かぶ。
そのために役職を与え、政治への関心を高めさせようとしてくるのでは、そんな可能性も考えていた。
18歳。
世間では既に働いている人もいる。ソロモンではもっと年齢の低い子供が自分達の生活のため、懸命に働いていた。
カミーユは周囲の人々が生きるために懸命になっている姿を見て考える。
(今まで通りではいられない。何かを変えていかなければならない。運命は僕に王子としての使命を授けた。なら、その運命を受け入れ、明日への一歩を踏み出すまで)
両手の拳を強く握りしめる。
覚悟が決まったところで、リーファとマキに確認しておかなければならないことがあったことを思い出した。
(丁度いい。ここで聞いておこう)
「ごめん。いいかな。リーファ、マキ。聞いておきたいことがあるんだけど」
カミーユが話を切り出すと、幾分緊張した声で返事が返ってきた。
「はい」
「君達の出自なんだけど。デグレト出身という以外よく分らないし、デグレト以外の所から来たようなことも言っていた気がする。君達は一体どこで生まれて、どこで育ってきたんだい?」
リーファとマキは互いに顔を見合わせる。




