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永遠の人魚姫 ~世界はやがて一つにつながる~  作者: 伊奈部たかし
第2章 素性を隠す人魚姫と自分の正体を明かすことを躊躇する王子のソロモン潜入編
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第83話 カミーユの憂鬱

 ハイドライドは甲板でガッツポーズをしていた。

「よっしゃー! 帰りも重労働かとうんざりしていたけど、仕事をしなくていいなんて。超嬉しい!」

 カミーユが周りを見ながら言った。

「いいのかな。本当に。手伝うって言ったんだけど」

「まさか、王子様に船の仕事をさせる訳にはいかないからな」イースが冷めた口調で言う。

 カミーユがすかさず突っ込む。

「おいおい。どの口がそれを言う」

 ハイドライドが陽気に笑う。

「まあ、彼らは彼らの立場もあるし、今回はゆっくり船旅を楽しむってことでいいんじゃない。ソロモンでは頑張ったんだし、ご褒美だと言うことで」

 カミーユとイースは顔を見合わせて笑い合う。

「そうだな。あまり深く考えてもしゃーないな」


 イースがエルゲラから託されたジュラルミンケースを差し出す。

「こいつはどうする?」

「未解決案件No.3だな」ハイドライドが呟く。


 カミーユが不思議そうな顔をして問う。

「ん? 未解決案件No.3? No.1と2は何だ?」

「No.1は、国境の海底に投げ込まれた発信機。結局目的が分からなかった。未だに意味不明だ」

「ああ。それな」

 カミーユは頷く。

「No.2は、ソロモンにいるのかいないのか。ギル・マーレンの所在」ハイドライドが話を続ける。

「結局分からなかったな。憲兵隊っていう厄介者に目を付けられないようにするには用心に用心を重ねなければならないから我々ごときに簡単に見つかってしまうようじゃスパイとしては二流だ。そう考えると完全に存在を消して何者にも尻尾をつかませないのは、流石の一言だ」


 面白そうなので、カミーユは続きを促してみる。

 ハイドライドがそのままNo.4とNo.5についても解説する。

「No.4は...。No.5は...」

 話を振ってみたものの、得意になって話すハイドライドとは対照的にだんだんどうでも良くなってきた。

「No.6は、ちょっとマニアックなところなんだがっておい、どこ行くんだよ」

 その場を離れようとするカミーユをハイドライドが咎める。

「ごめん。トイレ」

「全く!」


 トイレへ向かう通路を歩いていると、休憩室から話し声が聞こえてきた。ドアがちょっぴり開いている。

「ブエナビスタの王子とカノン王女。婚約解消かもだってよ」

「へー、そうなの? このタイミングでソロモンに来てるって、てっきり進展があるものと思ってたけど。何があった?」

「さあ、詳しい事情は分からないけど、久々に会いに来たと思ったら、愛人連れで来たから、それで王女が激怒したんじゃねえの」

「カノン様はプライドの高いお方だそうだからな。ふーん。あのリーファとマキって娘は王子の愛人だったんだ」

「はっきり言わないけど、そうなんじゃね。そうでなければこんな戦争をしている危険な国にあんな若い娘が来ないっしょ」

「うん。まあ、普通じゃ有り得ないよな」

「いいなあ。王子は。愛人を連れて旅行なんて羨ましい」

「婚約解消となったら、今度はブエナビスタと戦争か?」

「まさか。そんな理由で戦争なんてマジ勘弁して欲しい。偉い人はそれで満足かもしれないけど、命令されて動く身としてはたまったもんじゃない」

「何でもいいけど、もう戦争はなしにして欲しいな」


 カミーユはドアの隙間から聞こえる兵士達の会話に耳を傾けていたが、馬鹿々々しくて反論する気にもなれず、そっとその場を離れた。


 聞いた瞬間、内容のあまりのぞんざいさに、なんなんだという怒りの感情が芽生えたが、途中から(なるほど、無関係の人にはそんな風に見えるのか)と考え直した。

 それにしても、事実無根もいいところだ。


 リーファとマキが愛人? 可笑しくて声を出してしまうそうになる。


 マキはともかくとして、リーファを愛人にできる男性がこの世の中にいるのだろうか? あの激しい気性ところころと変わる感情をコントロールするのは100%不可能だ。それにリーファは表面上はにこにこしているが、プライドが高いところもある。愛人なんていう立場を絶対に認めないだろう。


 噂とは無責任なものだな、と思う。

 あの兵士たちも悪意があって言っている訳ではない。

 知っている事実と知らない事実があり、知らない事実を自分なりに解釈して語っているに過ぎない。

(面白おかしく盛っているところはどうかと思うが)

 いちいち目くじら立てるのもどうかと思うが、一方であんな噂を本気にされるのも困る。


 王子という存在への好奇心あるいは嫉妬。関心の高さの裏返しとも言えるけど...。


 面倒だな、とも思う。


 この船の乗組員たちは、俺を王子として一挙手一投足に至るまで観察し、それこそ何かあれば、それに尾ひれを付けて面白おかしく言いふらしていくのだろう。

 そう考えると、ハイドライドのように、はしゃぐ気分にはなれなかった。

(やはりこうなるか。周り中から監視されている感覚。また品行方正な王子を演じなければならない)


 行きの船は、体力的にはきつかったが、楽しかった。皆が王子としてではなく、一人の人間として分け隔てなく接してくれた。自分も心を解放して、周囲に接することができた。


(変な噂を立てられないよう行動と言動には気を付けよう)

(リーファとマキが王子の愛人って説も、それとなく否定しておこう)


 トイレから出て、先程の部屋の前を通ったが、噂の主は既にどこかに移動してしまったらしく、部屋の中はシーンとしていた。


 トイレから戻ると、ハイドライドの姿はなく、イースが一人壁に寄りかかって待っていた。

 薬の件の会話が途中のままだったので、イースと話の続きをする。

 まずは出航前にカノンとイースと3人で話をしていた内容を確認する。


 ソロモン国王が飲んでいる薬はバラリスが悪意を持って使っていた薬と同じものだった。カノンはこの事実に、直ちに薬の投与を止め、製造元を割り出すと同時に規制を強化すると感情的になって騒いでいた。


 ソロモンの方はそれでいいとして、問題なのはこの薬がブエナビスタで広く流通していて、一部の人間に悪用されていることだ。

「幸いソロモンが薬の有害化を認識してくれたお陰で、出所を抑えることはできそうだ。後は同じようにして、ブエナビスタ内の規制を強化すればいい。薬がこれ以上広がらないように早急に対応しなければならないな」

「ガイル・コナーとのつながりも確認しなければならない」

 カミーユの言葉に続けてイースが補足した。

「ああ、そうだ。彼が何故この薬を欲しているか。もしかしたら、グロティアとつながりがあるかもしれない」


 カミーユはついでに気になる情報を開示してみた。

「そう言えばグロティアの逃亡先の話だけど...」

「聞いた。西に行くフリをして、東に向かったとか」

 腕を組んだままのイースが目だけをこちらに向けて答える。

「海軍の不審船と海賊が、この先の海域で砲戦を交わしたそうだ。海軍の不審船はそのまま東へ去ったとか」

「東に...か」イースが深刻な顔で呟く。


 カミーユは嫌悪感を吐き出すようにして言った。

「まさか、ブエナビスタに向かったなんてことはないだろうな」

「なくはないって言うか、可能性は高いだろう」

 イースの指摘に頷く。

(認めたくないが、そう考えるのが自然だな)


「国王はグロティアの亡命を認めるだろうか?」

 カミーユは続けて自分の抱く懸念をイースに尋ねてみる。

「難しい問題だな。個人的には追い払って欲しいところだが...」

「ガイル・コナーと結託しているとすると、厄介だな。グロティアが行動を起こすより早く城に戻る必要がある」

「彼女達はどうする?」

「仕方ない。一緒に城に来てもらう。頃合いを見て、デグレトへ送り届ける」

 イースが「了解」と目で合図する。


 それまで落ち着いた態度を貫いていたイースがクスッと笑みを浮かべたので、話の内容におかしな所があったかと思って笑みの理由を尋ねる。                    

「どうした? なんかおかしなところがあったか?」

「ごめん。そう言うんじゃないんだ。自分が面白いなと思って」

「?」

「リーファとマキと知り合って、今まで考えもしなかったことが次々に起こっている。彼女達と知り合ってなければ、バカンスをゆっくり寛いでいるか、家の事業を手伝っているかそんないつも通りの生活を送っていたはずなんだ。その自分がまさかソロモンに行ったり、クーデターに加担したり、政治に首を突っ込んでいる。お前もそうだが俺も結局彼女達に振り回されている。自分が自分じゃないみたいだなって。それを思うと可笑しくなって、つい笑ってしまった」


「そう言えば、トイレに行く途中で兵士たちの会話が聞こえたんだが...」

 カミーユは、例の会話の内容をイースに聞かせた。

「なるほどな。勝手なことを」

「知らないとは言え、そんな風に解釈されてるって知って、ちょっとビックリした」

「リーファさんとマキさんが愛人か。あの容姿だし王子と仲がいいし、女性にしては度胸がある。条件だけで言えば当てはまらないことはない。むしろいい線突いている。でも有り得ない。そういうの一番嫌いそうだしな」

「だよな」カミーユは大きく頷く。


 イースはしばらく考え込んで話を続ける。

「カミーユ。国に帰れば、もう一つ大きな問題が発生する」

「大きな問題?」

「お前の婚姻だ」

「今までは、名ばかりとは言え、婚約者がいたから、周りもその件については踏み込んでこなかった。だが、正式に婚約解消した状態では、それこそ堰を切ったようにその手の話が舞い込んでくるぞ」

「何? マジか?」

「間違いない。王子の婚姻は国の重要事項だ。次から次へとどこどこの王女はどうだとか、どこぞの貴族の娘はどうだとか、勉強どころではないかもしれない」

 カミーユは頭を抱える。


「現時点で候補がいないのなら、俺はリーファさんはいいと思う。出自が謎なのがちょっと引っかかるが、器量は申し分ない。ソロモンのカノン王女とも仲良くなったみたいだし。愛人では話にならないが、こちらから結婚を申し込むとなれば悪い返事は返って来ないと思う」

「お前だって、リーファさんのこと満更でもないのだろう」

 婚姻問題でダメージを被っているところに、イースが畳みかけるように話を振ってくる。


 満更でもない、確かにそうだ。というか彼女のことは好きだ。

 だが、と思う。

 そんな急にバタバタとではなく、もっとゆっくりお互いを知りながら関係を深めていきたいというのが本音だ。

 イースの口ぶりだと周りがそれを許さない感じに聞こえる。周りにせっつかれながら事を進めるのは、嫌だ。


「分かった。考えとく」

 イースには、とりあえずそう返事する。

 重要なことだが、それだけに気が重い。

(なんだか帰りたくなくなってきた)


 そんな憂鬱な気分の中、どこに行っていたのかハイドライドが戻ってきた。


「おーい」

「ハイドライド! どこ行ってたんだ?」

「リーファさんとマキさんが、トランプでもやらないかって。行こうぜ。どうせ、やることもないんだし」


 イースがそっと肩を叩く。

 カミーユはイースを見て頷く。


「よし、乗った。勝った人が負けた人に罰ゲームを下す。女性だからって容赦なしだ」

 カミーユがはしゃいだ声を上げながら、ハイドライドとともにリーファ達のいる部屋へと走っていく。

 イースは、そんな二人の背中を見ながら、ゆっくりと後を追った。

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