第81話 海戦
「グロティア様。前方に狼煙のようなものが見えます」
グロティアは艦橋内を移動し、窓から外に目を凝らした。
海上には、小さな島が点在している。身を隠すには絶好のロケーションで古くから海賊の拠点となっている。何度か討伐を試みたが、その度に行方をくらまされ、顕著な成果は上がっていない。
入り組んだ島の間を縫うルートは海賊に発見される可能性はあったが、海軍に発見されやすい外洋を避け、敢えてこのルートを選んだ。
「海賊どもめ。会いたいときに姿を見せないくせに、会いたくない時に限って現れる」
グロティアはそう吐き捨てると「戦闘準備だ」そう叫んだ。
グロティア乗船の船は、ソロモン海軍の中でも2番目に大きいアリストテレス級戦艦だ。26の砲門(片舷12門、前方2門)と重厚な装甲を備える強力な船だった。
やがて、後方に小型の帆船が現れた。
近づかず遠ざかることなく一定の距離を保ったまま帆走している。
グロティアの船は、後ろにつく船を無視したままぐんぐん前に進む。
ギル・マーレンは小型の帆船に乗り込むと目標のアリストテレス級軍艦の後ろに付くべく、先回りして待ち伏せしていた。
ギル・マーレンは1隻の船と前方の海を注視する。
「隊長。軍船がBポイントに差し掛かります」
「よし。そろそろだな」
小さな帆船は砲弾の射程距離の届かないギリギリの距離を保ちつつ、前方の軍船の後をぴったりとついていた。
「現れました。薄っすらとですが、5ないしは6隻。軍船の前方にシルエットが見えます」
「来たか。予定通りだ」
「直に戦闘が始まるが、我々は戦闘には参加しない。あくまで軍船に対し後方からプレッシャーをかけ続ける。手柄は海賊にくれてやればいい」
「操舵手。距離を見誤るな。うっかり近づくとやつらの砲の餌食になる」
「分かってます。任せてください」
操舵手から快活な返事が返ってくる。
(さて、まずは序盤戦。お互いの出方を探りながらの戦闘だな。砲の威力では軍船だが、操船技術は海賊の方が上だろう。海賊もそこはわきまえているから、うまくいなしながら自分達に有利な形にしていくに違いない)
ギル・マーレンは空と海を交互に眺める。
(風も潮の流れもいつも通り。問題ない)
海賊船は軍船の前を塞ぐように密集して迫ってくる。海賊船も決して小さくない規模の船だが、軍船はその海賊船の倍近い大きさだった。
軍船は側面に配置してある多数の砲を活かすために、砲の射程距離に入ったところで面舵または取舵で、船の角度を変え、側面での砲撃戦を展開するのがセオリーだ。これが遅れると海賊船の接近を許すことになり、軍船の持つ強力な砲を活かせなくなる。対する海賊は、軍船が側面を見せた時、船首を転換させ、砲撃戦を避けるため砲の手薄な後方から接近して攻撃するのがパターンだ。
海賊と軍船の距離が縮まったところで、軍船が回頭を行った。それと同時に海賊船も回頭を行い、3隻が砲撃をしながら前方を塞ぐような位置に航行し、残りの3隻は軍船の後ろを狙って突き進む。
雲の切れ間から夕日が顔を出す。夕日からの光でオレンジに染まる海に、轟音が鳴り響く。
軍船並びに海賊船の周囲に水飛沫があがる。
時間が経つにつれ、軍船の砲撃が海賊船に当たり始めた。砲の数は互角だが、砲撃の練度の差が出始めてきた。
後ろから迫る海賊船は、軍船との距離をまだ詰め切れていない。
そうこうする内に、側面で打ち合いをしていた海賊船3隻が前方へ退きはじめた。軍船は後ろに付く海賊船を無視し、手負いの海賊船を追ってスピードを上げる。
「ふふっ」
その様子を見ながらギル・マーレンは、不適に笑う。
海賊船は島と島の狭い海峡を抜けていく。
それを追って軍船も海峡に差し掛かる。後方の海賊船はそのまま後を追いかける。さらに小さな帆船がその後を走る。
前方の海賊船を追いかけていた軍船が海峡を出た位置で、突如旋回した。後方から迫る海賊船に砲撃を加えるべく、真横の姿勢をとった。海賊船は狭い海峡で旋回する訳にもいかず、正面から軍船の砲撃にさらされる。
次々に、海賊船に砲撃が命中した。
そんな折、前方を進んでいた海賊船が戻ってきて、狭い海峡に居座る軍船に砲撃を仕掛ける。
今度は海賊の砲撃が面白いように軍船に命中する。
ギル・マーレンはニンマリ笑う。
「よし。罠にかかった」
軍船のいる位置は、海流の向きと風の向きが真逆に流れる「蜘蛛の巣」と呼ばれるポイントで一度そこにはまると、進むことも戻ることもできない厄介な場所として地元では有名なポイントだった。
まさに、軍船は蜘蛛の巣に捕まった蝶のように動きがとれなくなっている。
軍船の砲撃をまともに浴び大破した2隻が戦場を離れたため、4隻の海賊船が軍船に接近している。
海賊船は得意の白兵戦に持ち込むつもりだ。砲をたくさん備えた強力な軍船も白兵戦に持ち込まれては一溜りもない。
「勝負あった」ギル・マーレンは目の前の状況に勝利を確信して呟いた。
その時、突如巨大な水飛沫が現れ、接近中の海賊船1隻が大きく横揺れをしたかと思うと、横転した。
「?」
そして、再度水飛沫が上がり、もう1隻の海賊船も同じように横転する。
「一体、何が起こっている?」
ギル・マーレンは焦りの色を浮かべて、事態の確認のために艦橋の窓辺まで走る。
前方を走る海賊船を注視していると、海賊船に向け弧を描くように水の線が迫って来て、そのまま側面に命中すると、先程の2隻と同じように衝撃によって船が大きく傾いた。幸い横転はしなかったものの舵が効かなくなったようで、隣に並走していた海賊船にぶつかって立ち往生となった。
ギル・マーレンは顔を引きつらせて呟く。
「なんだ、今のは!」
さらに目の前の海面の変化に絶叫する。
「操舵手。取り舵全開。急げ!」
操舵手が慌てて舵を切る。
急旋回したので船が大きく斜めに傾いた。艦橋にいる全員がバランスを崩しよろける。
海面を見ると、海賊船を襲った水の線が真っすぐこの船に迫ってくる。
(やられる)
勢いを増して伸びてきた水の線は、方向転換した船の横を間一髪で通り抜けていった。
ギル・マーレンは通り抜けていった線を戦慄をもって見送った。
(何なんだ、あれは。ソロモンの新兵器か? あっという間に3隻の船を航行不能にしてしまった。あんな化け物みたいな兵器を備えているのかソロモンの船は)
ギル・マーレンは、未知なる新兵器に背筋も凍る程の恐怖を覚えた。
「隊長。軍船が去っていきます。追いますか」
見ると、軍船はどうやってポイントを脱したのか、悠々と海峡の向こうへと船を動かしている。
「いや。作戦は終了だ。人命救助を優先する。この船を海賊船が横転している辺りに急行させよ」
できるだけ落胆を見せないように振舞ったが、グロティアのしたたかさが自分の読みを上回った事実に、大きな失望を感じていた。
次回、「第82話 ソロモンの希望」をお届けします。




