第8話 暗雲
アンデルセン童話「人魚姫」をベースにした物語です。原作とはちょっと違う新しい人魚姫。世界は愛で満ちている、そんな愛のあふれる物語を描いています。
第8話は、前回に続いて海底の王国でのお話です。
王宮の一室で、女王ルナと長女のスーファ、次女のサイファが難しい顔をしながら顔を合わせていた。
目の前のテーブルには、30cm角くらいの金属が4つ置かれている。
スーファが地図を前に説明する。
「これが見つかったのは、ココとココとココとココ」
そう言って、地図上にバツ印をつける。
「いずれもこの王国の領地内です」
女王とサイファは、スーファの説明を真剣な表情で黙って聞いていた。
「今回見つかったのは、この4つだけですが、他にもまだ見つかってないものが存在すると思ってください」
しばらくして、サイファが口を開いた。
「何を企んでいるのかしら?」
サイファの疑問には答えず、スーファは説明を続けた。
「見張りの人魚から、人間の船がこれを海中に落とし、しばらく海上に留まっていたとの情報がありました。そのことから、この金属の構造は分かりませんが、何かの発信機あるいは探知機ではないかと思ってます」
「この金属を海中に沈め、金属の発する信号を海上の船が受信する。目的は1つ。海底調査です」
「私達の存在が、知られたとはよもや思いませんが、もしあれの存在を知っているとなると、この先かなり面倒なことなると思います」
「それとこの発信機による弊害らしき現象が2つ起きています」
「私達の張っている結界の効力が最近落ちて、ちょっとした問題になっていることはご存知と思います。もしかしたらですが、この機械が結界に影響を及ぼしている可能性があるというのが、弊害の1つ目です。2つ目は、この機械の発する信号で、付近に接近する船が感知しにくくなっています。船が感知しにくいということは、私達のテリトリーに人間の船が容易に入り込めることを意味します。このままでは、私達にとって好ましくない接触が起こってしまう可能性も否定できません。現に、今年に入って2件、子供の人魚が漁船の網に引っかかる事例が発生しています。いずれもリーファが網から人魚を助けて事なきを得ていますが。いずれにしてもこのまま放置できません。何らかの対策が必要です」
スーファは一気に説明し、深いため息を吐いた。
「そうね」
「カレンは結界について、何か言ってましたか?」
女王ルナが静かに問う。
「はい。最近は疲れたり、集中が切れることが多いと。本人は年齢によるものと言ってましたが、年のせいばかりではないと思います。それと船が感知できないため、今までのように、嵐を起こして船を追い払うことができなくなっているとも」
「悪循環ね。嵐が起こせないから、船が侵入してくる。船が侵入し、この機械を落としていけば、益々侵入した船を感知するのが難しくなる」
サイファが、お手上げといった仕草を見せ、考え込んだ。
「厄介ですね」
女王ルナも困惑している。
「現段階では、落ちているこの金属を探し1つ1つ回収して、破壊するのが、現実的な方法だと思っています」
サイファが、スーファの意見に横やりを入れる。
「でも、破壊しても人間は次から次へとこれを投げ入れてくるわよ。キリがないわ」
「それでも放置はしておけない。人間があきらめるまで、ひたすら回収して破壊し続ける。そうするしかない」
スーファは強い言葉でサイファの懸念を払しょくした。
「いかがでしょうか?」
スーファは決意を秘めた目で女王を見つめる。
「仕方ないわね。スーファ、地道な作業ですが海底を捜索して、この厄介ものの回収を進めてください」
「はい」
「カレンはどんな感じ? 体調はどお?」
「結界が張りづらいとか、船を感知しづらいとか、一時疲れた様子を見せてましたが、この機械が原因のようだと説明すると、元気を取り戻して、違ったアプローチで効力を高める方法を試してみると言ってました。カレン自体は大丈夫です」
「分かったわ。ではカレンが今までのように自分の職務に集中できるように、協力してあげてください。そこはエルファが手伝っているのかしら?」
「はい。一緒に問題解決にあたっています」
女王は微笑んだ。
そして二人を見て言った。
「この問題については、リーファにも手伝ってもらおうと考えてます」
「リーファに?」スーファは怪訝な表情で聞き返した。
「そう」
「来月から、リーファを人間界の研修に行かせます」
「そこで、人間達が何のために、海底調査を行うか、この機械が何の目的で使われているか真意を探ってもらおうと思ってます」
「そんな難しい役割。リーファには無理です」
サイファが口を尖らせた。
スーファも持論を展開する。
「私も難しいと思います。人間社会は人魚の社会より複雑で、こちらでは有り得ないようなしがらみがまとわりついたところです。その1つ1つを丁寧にひも解いていって初めて真相にたどり着ける。経験とセンスと根気が必要とされます。まだ若いリーファにはそこまでの能力は備わっていません。苦悩し、そのままトラウマを抱えてしまうかもしれません。リーファのためにも、私も反対です」
長女と次女が険しい表情で反対意見を述べるが、女王は静かに微笑む。
「いいのです。結果的にリーファが、何の情報も持ち帰って来なくても、それはそれでいい。リーファが与えられた役割をどう考え、どう組み立て、どのようにアプローチするか。苦悩の末、導き出した答えが正解でなくても、彼女自身が自ら課した問題に真摯に向き合うことが大切なのです。私の求めるものは結果ではなく、そこに至るまでの努力です。勿論、結果が出ればそれに越したことはありませんが。大丈夫、リーファは、私の娘であり、あなた達の妹です。不安もありますがまずは信頼しましょう。いいですね。そのように心得ておいてください」
女王の目は優しさに満ちている。
「はい。分かりました」
スーファはいち早く答える。
「はい。分かりましたって、いいの? スーファ。無茶でしょ」
「女王があのようにおっしゃられている以上、私は従うまで。サイファも、そのように」
スーファは淡々とした口調で諭すように言った。
「納得いかないわ。失敗したらどうするの?」
「リーファは、おっちょこちょいで、早とちりで。元気はいいけど。全て感情で判断するし、間違いが起こらないはずないわ」
サイファは捲し立てるように早口で言った。
スーファは唖然とした表情で、サイファを見つめた。
(えらい言われようね。余程信用されてないのかしら。確かにリーファにはそういう一面はあるけど)
スーファは呼吸を整えてサイファに言った。
「大丈夫。リーファに任せましょう。何かあれば、私達姉妹が全力でサポートすればいいだけ。そうやって今まで助け合ってきたんだから。ねっ」
スーファは、そう言ってサイファに笑顔を向けて、肩を叩いた。
「そうやって、またリーファを甘やかそうとして。どうなっても知らないからね」
サイファはぷいっと後ろを向いて、部屋から出て行ってしまった。
スーファはそんなサイファの後ろ姿を眺めていたが、振り向いて女王であり、母であるルナに声をかけた。
「これで、よろしいのですね」
「ええ」女王は微笑をたたえて小さく答えた。
「マキへの説明は私からしておきますか? それとも女王ご自身でされますか?」スーファは聞いた。
「私からしておきます」
「承知しました。では」
一礼して去ろうとしたスーファに、ルナは語りかけた。
「リーファは、本当に皆から愛されているのですね」
「彼女の最大の長所です」
スーファはにっこりと微笑んで言った。
「リーファのこと、よろしくお願いします」
「かしこまりました」
スーファは、深々と頭を下げた。
本作品をお読みくださり、ありがとうございます。
ネット小説大賞が開催されました。この物語も投稿途中で未完でもありますが、応募してみようと思ってます。実は第4回ネット小説大賞受賞の筏田かつらさんの「君に恋するなんて、ありえないはずだった」は、私が物語を書いてみようと思ったきっかけにもなった、今でも何度も読み直している程好きな小説です。よかったら、書店に置かれているので手に取って読んでみてください。オススメの一冊です。
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では、次回1週間後に更新します。