第79話 ブエナビスタへ
朝食を終え、指定された部屋に入ると、膨大な資料が机の上に所狭しと積まれていた。
「うっ、美味しいご飯でご機嫌だったのに、何これ。一気に気が重くなったわ」
「何言ってるの。ここまでしてもらっただけでも本当に有難いことよ。王女の好意に感謝しないと」
気怠そうなリーファをマキがたしなめる。
朝食時に、グロティアを取り逃がしたことを聞いた。王都を中心に陸と海とで包囲網を敷いているが、有益な情報は得られていない。
キスカが国軍を率いて現地に到着した頃には、グロティアは側近のシュラとともに逃亡した後だった。ニースはグロティアの屋敷で親衛隊に圧迫された状態で救助された。後一歩遅ければ死んでいたかもしれないような危ない状態だったらしい。
国軍に囲まれたグロティアの親衛隊は、抵抗することなくあっさりと国軍に降伏した。
ニースは命に別状はなく、比較的元気で本人は「大丈夫」と連呼していたが、怪我の集中治療を行うため、病院に搬送された。最悪の事態にならなくて、それはそれで一安心する。
さて、目の前の資料の山だ。
グロティア本人から直接問い質せない以上、自分達で調べるしかない。
リーファは、自分の気持ちを鼓舞すべく、両手をグーにして「ドン」と机を叩き資料の山を見据えた。
仕方ない。やるか。
五等分に分けて、みんなで手分けしてかかれば、半日で終わる、かな?
早速取り掛かろうとしていると、「よし。みんなで手分けして資料に目を通そう。怪しいと思うものは片っ端からはじき出して、こっちの机に置いてくれ。疲れたら各々休憩して、無理なく進めよう」とカミーユが声を出してくれた。有難い。
(頼りになるな。王子様)
カミーユに目で「ありがとう」の合図を送る。
自分の分担の資料を上から順に目を通す。
みんな黙々と作業を進める。
資料がどんどん仕分けされていく。
戦争中なので当然と言えば当然なのだが、軍事に関する資料(地図、スケジュール、物資の調達、補給、人事など)が多い。
改めて、カノンの好意に感謝する。ほとんどが国の重要機密事項で、他国の人間に見られてはまずいものも多く含まれるだろう。こんな重要な情報を最優先で扱わせてくれるなど、通常では有り得ない。カノンの好意に報いるためにも、弱音を言ってはいられない。
「うおっ」
ハイドライドが声をあげる。
「何々?」みんなでハイドライドの周りに集まる。
「これって爆弾じゃない?」
「爆弾?」
ハイドライドが、爆弾の設計図面をみんなに見せる。
図面を見せられても何のことやらチンプンカンプンだ。
「ああ、リーファ。爆弾知らない?」
ハイドライドが図面を見ながら爆弾について説明してくれる。
「この中に火薬が詰まっていて、衝撃を与えるとこの火薬が破裂して大きな爆発が起こるんだ。ふーん。ソロモンはこんなものまで開発してるのか」
爆弾と言うものがどういうものかは理解できた。一瞬で何かを破壊したり、人をたくさん殺すための道具だ。だが、疑問も残る。
ハイドライドに尋ねる。
「衝撃? どうやって衝撃を与えるの?」
「うーん、どうだろ? 投擲機を使って敵の陣地に放り投げるのが通常の使い方なんだけど、これだけ大きいと投げるのは無理だな。地上に置いた状態で爆発させるにしてもどうやって敵の陣地に運ぶのかという問題もあるし、船に乗せてか、それも無理があるな」
いろいろと想像を巡らせているらしく、あれこれぶつぶつ言っている。
「そうか。たぶん威力の大きい爆弾を開発する案が出て設計してみたけど、持ち運びが難しくて没になった。うん。きっとそうだ」
納得するハイドライドをカミーユがたしなめる。
「いや、待て。もう少し考えよう」
「これを無数に作って、小舟に乗せて、夜の内に敵の港の城壁に結び付けておくとしよう。準備が出来たら、軍船でその小舟を狙って砲撃を加える。すると小舟の爆弾が爆発して城壁が崩れる。それだったら可能じゃないか? どうだろう」
カミーユが爆弾の使い方のアイデアを披露する。
ハイドライドは渋い顔を浮かべて応じる。
「理論的には可能だが。夜とはいえ複数の爆弾を積んだ舟が気付かれないで接近するのは無理だろう。おそらく戦争を始めた頃にはいろいろと案が出て大いに議論されただろうけど、現実的でない案は淘汰されていった。これもその淘汰された案の1つだと思う」
爆弾の図面をもう一度手元に寄せ、一瞥する。
「デカすぎる爆弾か。面白いけどな。そこに掛ける予算があるならもっと他にやるべきことがあるだろうって話だな」
「OK。じゃあ、作業再開」カミーユの掛け声でみんなそれぞれの場所に戻り、また黙々と資料を見始める。
リーファは爆弾の使い道で、心の中にある1つの疑念が芽生えていたが、確証のないことなので黙っておいた。
(まさかね)
半日以上かけて全部の資料に目を通した結果、国境付近の海底調査の報告書が見つかった。調査した場所、日時、責任者、結果、所感が書かれている。
調査は2年前から計6回行われている。結果の欄を見ると、✕や△が多く、有用な情報は得られなかった。何故国境付近の海底を調査する必要があったのかは書かれていない。唯一、分かったことは海中に落とされた発信機の傍受がうまくいっていなかったという事実だ。
男子3人は「なあんだ」という風に胸を撫で下ろす。「杞憂だったね」とも言った。
一方でリーファとマキは納得できない険しい表情を浮かべている。期待が大きかっただけに失望も大きい。
もっとはっきりした確証が欲しかった。理由があるはずなのだ。戦争の真っ最中にも関わらず、あそこの海底調査を行うべき理由が。ただ、調査がうまくいかなくて継続を断念しているのは朗報だった。スーファをはじめとするみんなの頑張りが調査の継続を諦めさせたといっていい。
国境付近の海底調査に関する資料はその報告書だけだった。
リーファが国境付近の海底調査の件を統括する。
「いいわ。期待した結果とは違ってたけど、やるだけのことはやったし、ここにいても、たぶんこれ以上の情報は得られない。完全に安心することはできないけど、少なくとも政権が変わる今、もうこれ以上、国境付近を気にする必要もないと思う」
「帰りましょ。ブエナビスタへ」
リーファの言葉に一同歓声を上げた。
リーファはマキの方へ顔を向けると、マキが軽く頷いた。
ふと、女王ルナの顔が頭に浮かんだ。
(釈然としないけど、有りのままを報告するしかないわね)
何はともあれ、首謀者は逃走した。もうあの発信機を落とされることはない。それは確信を持って言える。後のことはみんなで考えればいい。そう割り切ろう。
ハイドライドが浮かれた様子で声を上げる。
「そうと決まれば、船の手配だね」
「船もそうだが、食料や水他にも必要なものはある。カノンとボージャンの所に行ってお願いしてみよう」
カミーユも早速、帰国に思いを馳せているようだ。




