第78話 「どんな形であれ、カミーユをサポートしていく」
留置場でカノンの身代わりになっていたマキが合流し、晴れて全員が集合した。イースとハイドライドが用意してくれていた炭酸で乾杯をする。
「みんなの無事を祝して...」
「乾杯!」
喉の渇きを癒すように一気にグラスを空にする。
「ほう。美味し過ぎて、顔が火照るー」
リーファが上機嫌で、みんな無事で良かったと話しているところで、マキが冷静に「これ、お酒じゃない?」と指摘した。
「えっ、そんな馬鹿な!」
ハイドライドが焦りながら瓶のラベルを眺める。
「どこから持ってきた?」
イースがハイドライドに尋ねると、あの棚に入っていた、と棚を指さした。同じような瓶がもう2本入っている。
イースがラベルをまじまじと眺めて言った。
「酒だ。よーく見るとここに小さく書いてある。ほらっ」
イースがラベルの下の方を指さす。
「うわっ、確かに」
いち早く反応したのはリーファだ。
「お酒なのー。私初めてなんだけど、まるでジュースみたい」
カミーユはハイドライドの不用意さを責める。
「ハイドライド。どうすんだ? みんな口にしてしまったぞ」
「ううう。面目ない。年代物の高級ジュースだとばかり思ってた。それにここは王女の部屋だろ。王女は確か同い年だし、その部屋にお酒が置いてあるなんて思わなかったんだ」
「そうだね。勘違いするのも仕方ない。ハイドライドは全然悪くないよ...なんて言うわけないでしょ。バカバカ」
リーファがハイドライドの頭をポカポカ叩く。
「本当にごめん。じゃあ残りは僕が責任を持って飲むよ」
そう言って、瓶ごと口に含めようとしたハイドライドから、マキが瓶をひったくった。
「ダメよ。未成年は。私が飲みます」
お酒を豪快にグラスに注ぐマキを見て、ハイドライドがあたふたする。
「マキさん。顔赤いっすよ。これ以上は止めておいた方が...」
「大丈夫よ。まだまだ序の口」
マキはシュワシュワっと液体が泡立つ様子をうっとり見つめると満足そうにそれを口にした。
一同、呆然と見つめる。
「飲んだ...」
「飲んじゃった」
「はあ、美味しい」
マキのその一言が引き金になって、みんな思い思いに騒ぎ出した。
リーファがハイドライドを問い詰める。
「これはジュース? それともお酒?」
「お酒」
ポカ
「これはジュース? それともお酒?」
「お酒って、さっき言った」
ポカ
「これはジュース? それともジュース?」
「・・・(もしかして酔ってる?)」
「リーファ。そのジュースをこっちに渡しなさい」
マキがお酒を指さし、声に凄みを利かせる。
「いやよ。マキはさっき飲んだじゃない。このジュースは私がいただくの」
いつの間にか、二人の会話の中では、お酒ではなくジュースになっている。
リーファがグラスに注ごうとするところを、イースが横から瓶を取り上げた。
「あっ、何するの?」
「ダメだ。これをこれ以上飲ませる訳にはいかない」
(よかった。イースだけはまともだった。変な方向に話が進んでたから焦ったけど)
カミーユが胸を撫で下ろす横で、イースはカミーユのグラスにお酒を注ぐと、さっと手に取って飲み干してしまった。
「ああ⁉ 私のジュース」
マキとリーファが同時に強い抗議の声をあげた。
《翌日 朝》
カノン王女は呆れ顔で、声を上げた。
「本当にもう。折角、私が二十歳の誕生日に飲もうと思って楽しみに取っておいたとっておきのお酒を」
イース以外の4人は酔いつぶれてスヤスヤ寝ている。
お酒の瓶が2本空になっている。
「悪い。炭酸ジュースのつもりで、飲んでしまった」
イースはカノンの抗議にも悪びれない。
カノンが酔いつぶれて幸せそうに寝ている4人を見下ろす。
「まあ、いいわ。そこは目を瞑っといて上げる。あなたは大丈夫なの?」
「僕はそんなに飲んでないし。それに何かあった時に動けるようにしておかないと。まだまだ終わった訳じゃないから。いつ何時不測の事態が起こらないとも限らない」
「見上げた心がけと言いたいところだけど、王子の護衛なら当然か。じゃあ、酔いつぶれて良い夢見ている4人に伝えておいて。明朝7時に別室で朝食。それとグロティアの執務室の資料をその別室に持って行かせるわ。こちらで調べている余裕はないから、その中から必要な情報を自分達で探して。後、この部屋はしばらく自由に使っていいわ。ただし、棚の中のお酒には一切触らないこと。分かった?」
「了解」
イースは苦笑いして答える。
カノンはイースが片時も離さない剣を見て言う。
「そう言えば、あなた、剣の達人だそうね」
「達人というほどではないが、武芸一般には自信がある」
「キスカが舌を巻いていたわ。信じられない実力だって。彼の前では私は赤子も同然だったなんてね」
「いや、それは謙遜だ。彼女の方が上手だった」
「これからもカミーユ王子のサポートを?」
「ああ、そのつもりだ。将来のことは分からないが、どんな形であれ、カミーユをサポートしていく」
カノンの視線とイースの視線が交錯する。
「ブエナビスタが侮れないということがよく分ったわ」
「その虚勢はカミーユの前では通用しない。プライドなのかもしれないが止めた方がいい」
カノンは一瞬目を見開いて驚きの顔を見せたが、ふっと肩の力を抜くように笑った。
「お見通しか。分かったわ。ご忠告、肝に銘じておく。じゃあ」
カノンは王女であることに誇りを持っていると同時に王女であることに縛られている。それがいいのか悪いのか。イースは彼女の強さの裏に見え隠れする脆さが気になったが、「俺が気にすることでもないか」と頭に浮かんだ想念を打ち消した。そして、4人が眠る室内に目を向けた。
次回、「第79話 ブエナビスタへ」をお届けします。




