第73話 蹄の音
「ええと、今状況はどうなっているんだっけ」
ハイドライドがカミーユに尋ねる。
カミーユ、ハイドライド、リーファ、デニスの4人はボージャンの馬車の中で待機している。ボージャンの馬車で一緒に王宮に来たが、王との会見に同席する訳にもいかず、そのまま馬車で待つことにした。
「キスカとイースは王女と一緒に城の中に入っている。マキは留置場で王女の身代わり。ニースの部下のザースは留置場の守衛に変装して、問題があった時に対応できるよう待機している」カミーユは現在の状況を一通り説明する。
「そうすると、今は留置場から出た王女と王宮まで一緒に来たボージャンが王を説得している段階な訳だね」
ハイドライドはフムフムと頷きながら話す。
「そう。王からの号令待ち。号令がかれば軍が王宮と政府拠点を掌握するために動く。そんな流れになる」カミーユが話をまとめた。
カミーユの話の内容で1点実際と違う所がある。王女と一緒に城に入っているはずのキスカは、全体の作戦に齟齬が生じた場合の備えとして、城に着くや否や留置場に引き返していた。案の定、そこでキスカはニースからの急報を受け取ることになる。
「この国はそれでいいとして僕達はどうなるんだ?」
ハイドライドが持て余している時間を埋めるように話を続ける。
「帰国するさ。でも、その前に調べなければならないことはある」
「ああ、その為にソロモンまで来たからね」
その場にいるリーファも大きく頷く。
「グロティア周辺を調べれば何らかの証拠が出てくるはず。それに期待するしかない」
カミーユがそう言うとハイドライドがそうだねと言って息を吐いた。
「そう言えば、ギル・マーレンの噂は聞かないけど、どうしたのかしら?」
それまで浮かない表情で沈黙を守っていたリーファが口を開いた。幾分、疲れた顔をしている。
「そうだった。ギル・マーレン」カミーユが手を打つ。
「もしかしたら、既に引き上げたのかも。ソロモンに来て感じたけど、他国と戦争をしている緊張感が感じられない。前線が膠着していることで国内の反対勢力に意識を向けている。ブエナビスタを目標に軍を差し向ける余力はないように思う」カミーユは私見を口にした。
「合流できれば良かったけど、お互い匿名で行動している以上すれ違いは仕方ないな」ハイドライドがしたり顔で言う。
「作戦が落ち着いたらもう一度王女に聞いてみて、それでも分からなければギル・マーレンとの合流はあきらめよう」カミーユは快活に言った。
カミーユとハイドライドの会話が一段落したところで、リーファが話題を変える。
「門の修理は?」
「うーん。ボージャンに修理してもらって、かかった費用を後日請求してもらう感じかな」
それを聞いて難しい顔をしていたリーファがぱっと顔を輝かせた。
「ねえ、ロカの村の子供達に修理してもらうのはどうかしら?」
思いもしない角度からの提案にカミーユとハイドライドは目を丸くする。そして、やや考え込んでから目を輝かせる。
「ほう。それは面白いアイデアだね」
「でしょ。でしょ。お金も安く済みそうだし」
「そっちかい」カミーユとハイドライドが同時に突っ込む。
「でも、どうせなら子供達にお金を払いたいし、ボージャンもその方がうれしいと思う」
リーファは自分のアイデアが余程気に入ったのか、流暢に話を進める。
「うん。じゃあ、そういう方向で考えておこう」二人が同意する。
再びリーファが話題を変える。
「ニースの方はうまくいったかな?」
「グロティアの確保か...。霧を利用しての待ち伏せだから、問題ないとは思う。ただ...」
言葉の途中で何かを考える素振りをするカミーユにリーファが続きを促す。
「ただ?」
「会った事ないから分からないけど、ずる賢く立ち回れる人って自分の身に降りかかる禍への嗅覚が人並み以上に鋭かったりするから、何らかの方法で襲撃を察知してうまく躱す可能性も考えられるな。まあ、根拠はないんだけど」
今度はハイドライドが聞く。
「躱してどこへ逃げる?」
「どこだろう? こっちで王宮と軍を押さえた後だったら、はっきり言って逃げ場はない。他国へ亡命とか?」
「投降して一臣下として心を入れ替えるは?」リーファが聞く。
「それが出来れば立派だけど。ないね」カミーユは断定的に言った。
「グロティアが己の欲望を優先する人生を歩み続けてきたなら、他人のために尽くすっていう発想は生まれない。そうなると仕方ないね。それに一度権力を握っちゃうと、変なプライドが芽生えるから。へりくだって他人に尽くすよりどうしてもプライドを優先するようになる。権力を握る前ならあるいは投降した可能性はあるかもしれないけど」
「人間って面倒だね」
カミーユはリーファのつぶやいた一言に不思議な感じを覚えたが、突っ込むほどじゃないと気にしないことにした。
遠くで蹄の音が聞こえる。
「ん。蹄の音がする。二騎」
ハイドライドが遠くから近づいてくる蹄の音に集中する。
音はこちらに近づき、馬車から少し離れたところで止まった。
騎乗の二人が馬車を降りて王宮に入っていくのが見えた。
「何事だろう?」
「顔、見えた?」
「見えなかった。明らかに緊急って感じだったな」
3人は顔を寄せ合って、それぞれ疑問を口にする。
「グロティアの手の者だったらまずいな。非常にまずい」
ハイドライドが焦りだす。
「行こう。阻止するの。こんなところでじっとしていて、取り返しのつかないことになったら、大変」
リーファは立ち上がると、早速馬車を飛び出した。
「あっ、待って」カミーユとハイドライドも続く。
ニースの部下のデニスは動く気配を見せない。
「ほら、デニスも来て」
リーファが一度馬車に戻って強く促す。
「えっ、私もですか?」
デニスは意外そうにリーファを仰ぎ見る。
「早く!」
デニスはリーファに手を引かれると仕方なしに馬車の外に出て、行動を共にした。
春眠不覚暁 ですね。
ふとんが心地よくつい二度寝に走ってしまう。
5分だけのつもりが...なんてことにならないよう気を付けよう。
次週、第74話「祈り」をお届けします。




