第71話 カノンの苛立ち
カノン王女が王に詰め寄る。
「ですからお父様。グロティア宰相を更迭しないことにはこの国は良くならないのです。戦争を今すぐ終わりにして、この無益な戦争を始めたグロティアを糾弾する宣告を国王が行えば、国民も周辺国も手を叩いて歓迎いたします。何をためらっているのですか? 決断してください」
「カノン。戦争が悪と決めつけるな。近年の戦争で得るものがないのは事実だが、国家の戦略として時に戦争は重大な意味を持つ場合がある。グロティアについて賛否あるのは儂も知っている。彼の国家への貢献は絶大だ。そんなことで貴重な人材を失う訳にはいかない」
「お前の国を想う気持ちに偽りがないのは分かるが、お前にはまだ早い。物事の深淵が理解できるようにならないと大臣達に軽んじられる。何の実績もないお前が国を動かすことはできない。もうしばらくグロティアに任せておけば良い」
「それでは遅いのです。それにグロティアは表面的には耳障りのいいことを言ってますが、私腹を肥やし軍を私物化しています。今はまだ大人しく言うことを聞いていますが、その内きっと本性を現します。そうなってからでは遅いのです。お父様」
「政治とは複雑なものだ。子供が軽々しく口を挟んでいいものではない」
突然、王が苦し気に咳をし、手を膝に置いた。
「ゴホッゴホッ」
カノンが王の肩に手をかけながら、苦し気な顔を覗きこむ。
「お父様。大丈夫ですか?」
「大丈夫。心配いらん。年なのか分からんが体がすぐだるくなる。薬さえ飲めばすぐ治る」
そう言って、上着のポケットから薬を取り出した。
「薬? ちょっと待って、お父様。それはいつも服用している薬ですか?」
「そうだ」
それがどうしたと言わんばかりな顔で答える。
「いつも飲んでいる薬だ。医者から心身症と診断されて以来、服用しておる。前は別の薬だったが、グロティアがこの薬の方が効果が高いとか言って、途中でこの薬に替えた」
カノン王女は父の手にある薬をじーと見つめる。
「その薬、借りていい?」
「構わんが、どうするつもりだ?」
カノンは国王から薬を受け取ると「トイレに行ってくる」と言って国王の部屋を出た。そのまま自分の部屋の扉を開け、中に入る。部屋にはイースが心配そうな顔をして立っていた。
「首尾はどうだった?」部屋に入ってきたカノン王女を見たイースが尋ねる。
「難しいわね。一筋縄じゃいかない。いつも通りの平行線だわ」
カノン王女は言いながら、やれやれといった顔をして、大きくため息を吐く。
「イースさん。お父様の服用している薬を持ってきたわ」
そう言って王から受け取った先程の薬を差し出す。
「どお?」
薬を一目見たイースはうなり声をあげた。
「これは!」
薬の袋には「B2F4」の4文字が刻印されている。
ヘルマン・リックの息子、イースの祖父に投与されている薬、そしてエルゲラに託され持ち歩いている薬の正にそれであった。
「なるほどな」イースは納得顔でつぶやいた。
カノン王女は、何が何だか分からず、ポカンとしている。
「王宮に来る途中の話で、国王が薬を服用しているなら、それを確認させて欲しいと言うから持ってきたけど、何が何だかさっぱり分からないわ。説明して」
カノンは、苛立ちながらイースに尋ねる。
強烈な刺すような眼差しを真っすぐイースに向ける。気の弱い人なら、その視線を向けられただけでだじたじになってしまうほどの強い視線。しかしイースは意に介さない。
「詳しいことを説明している時間はないから、結論だけ言う。これは薬ではない」
「えっ? じゃあ何なの」
「何という事はない。薬っぽいものだ。これをいくら飲んでも体は良くならないどころか悪化する恐れもある」
「悪化ですって?」聞き返すカノンにイースは頷く。
再びカノンはポカンとした表情になる。
「ごめん。意味が分からない」
「ブエナビスタにこれと同じものがあって、成分を分析してみたところ、麻薬に似た成分が含まれていることが分かった。この薬を飲み続けることで体や脳の機能が徐々に低下してきて、その内脳障害や運動障害を誘発する。治療効果など全く期待できない。そういう薬だ」
カノン王女は言葉を失う。
「嘘・・でしょ」
「父はこれを薬と信じて、ずっと服用している」
「ああ、国王の側近で国王が病気になることを望む人間がいる。そういうことだろう」
カノン王女は、怒りで体を震わせた。
「・・・なんてことを」
「この薬をグロティアの息のかかってない医者のところへ持っていき、分析すれば、きっとこちらで把握している内容と同じ結果が示されるだろう」イースは怒りに震えるカノンに対してあえて淡々とした口調で知っている事実を告げる。
カノン王女は事情を理解すると長嘆息して頷いた。
「それまでは、迂闊にこの薬のことは言わない方がいい。そういうことね。証拠がない以上話がややこしくなるだけ」
「その通り」
「分かったわ」
「やはりグロティア。国王の前では従順な振りして、裏ではこんな姑息なマネを。絶対に許せない」
カノン王女は捨てゼリフを残して部屋を飛び出すと、再度国王の部屋へ向かったが、国王の部屋の前で門前払いを食ってしまう。
「王女様、国王からの伝言です。今夜は疲れたから、話があるなら明日改めて聞く、とのことでした。どうかお引き取りください」
「そんな。明日の朝なんて、そんな悠長なこと言っていられない」
「お父様、お願い。ここを開けて。お父様」
カノン王女は、ドアをドンドン叩いて訴えたが、従者に取り押さえられた。
「王女様、どうか、お引き取りを」
「うるさい。邪魔するな。通せ」
「王はお休みになられました。王女様も自室へお戻りになってください」
カノン王女は、目に涙を溜めてドアを凝視していたが、肩を落として自室に戻ろうとしたところ、意外な人物が目の前に現れた。
「ボージャン元宰相...」
次週、第72話「長い夜」をお届けします。




