第69話 かけがえのない仲間
王宮に向けての馬車に乗り込んだ途端、カミーユが言い出した。
「ハイドライド、リーファ。王宮に行く前に寄りたい所がある」
「寄りたい所? 今か?」ハイドライドが怪訝そうな目を向ける。
「ああ、このまま王宮に行っても、怪しい者として門前払いを食うだけだろう」
「お前がブエナビスタの王子だと宣告してもか」
「まず信じてもらえない。頭のおかしい異常者と思われる」
「言われてみれば、そうだな。何言ってんだってなる」
「だから、もう一人協力をお願いすることにする」
ハイドライドは首を傾げる。
「もう一人? 誰だ?」
「もう第一線から引退しているが、王や大臣に影響力を持っているご老体に」
「それって」ハイドライドが言葉を飲み込む。
「前宰相のボージャン」
リーファがよく分らないといった顔つきで問いかける。
「前宰相? グロティアの前の宰相ってこと?」
「そう」
ハイドライドが渋い表情をしながら聞いてくる。
「よく分んないけど、協力はしてくれそうなのか?」
「そこはさすがに分からない。誠意を尽くして説いてみるしかない」
「前宰相はお前のこと知っているのか?」
「8年前のソロモン訪問時に会った。あの時はいろいろ世話になった。細かいところまで手の届くような対応をしてもらった」
「8年前か。遠い昔の話だな」
ハイドライドが視線を宙に向けた。8年という月日の重みを感じて、彼なりに距離を縮める方法を考えているようだ。
カミーユはそのまま話を続ける。
「腰の状態が悪化して第一線を退いたが、彼が政権を握っていれば、ソロモンの国の在り方も違ったものになっていたかもしれない。目立った功績はないが、堅実で篤実な人物と聞いている。僕も実際に会ったのは僅かな時間だったが、面倒見のいいお爺ちゃんという印象だったのを覚えている」
二人の会話を聞いていたリーファが口を挟む。
「いや、あの二人とも。ボージャンって人がいい人なのは分かったけど、どこにいるのその人?」
二人とも言葉に詰まる。
「・・・」
リーファが二人の様子を見て呆れかえる。
「もう。そこが一番肝心なんじゃん」
「ああ。ボージャン様なら、郊外の海に面した丘の上の邸宅にいらっしゃると思います」
会話を聞いていたニースの部下のデニスが前宰相ボージャンに関する情報を教えてくれた。
カミーユとハイドライドが喜びのあまり大きな声を上げる。
「おおっ、デニス殿。本当ですか?」
「馬車なら、15~20分で着けるでしょう」
「おおっ」二人はガッツポーズを取り合って喜んだ。
「デニス殿。急ぎましょう。今すぐ出発」
「了解しました。では私が御者を務めます」
カミーユとハイドライドが出発を促すと、デニスは馬車を急発進させた。リーファははしゃぐ二人を横目で見ながら小さくため息をつく。
「ボージャン殿がギガスレーテに住んでいるとは付いている」
カミーユが喜々として御者を務めるデニスに話しかける。
「城とは真逆の海沿いの丘の上の邸宅で余生を楽しんでおられるはずです」御者役のデニスが答える。
「そのお爺ちゃんをこんなクーデターに巻き込んでしまっていいのかな」ハイドライドが呟く。
「・・・・・・」
カミーユが口を結んで何か考え込む仕草をする。
(そこなんだよな。突然押し掛けて力を貸してくださいって通用するかどうか)
「本人に国を救いたい気持ちがあれば協力してくれるし、気持ちがなければあきらめるしかないでしょ」リーファは若干素っ気なく答えた。
「どうなんだと思う?」ハイドライドがカミーユに聞く。
「さあ、分からない。だけど、僕達にできることを最善を尽くしてやる。それだけははっきりしている」
デニスが若干遠慮がちにだが、カミーユに対して問いかける。
「どうして? カミーユ殿は関係ない他国の我々の為にそんなに一生懸命尽くそうとしてくれるのですか?」
「何で...だろ?」
「理由か。考えたこともなかったな」
馬車の揺れを感じながら、カミーユは理由を考えてみる。
「自分が正しいと思ったこと、自分が信じる道を突き進む」
「今はそれがとても心地いいし清々しい」
デニスは前を見据えながら、カミーユの語り口に耳を傾けている。
「そう感じるのも、たぶん仲間がいるから。信じ合える仲間と一緒だから前に進む勇気が持てるし、自分の心の全てを委ねることができる。間違いには身を挺して注意してくれて、良いと思った事には損得なしで全力で協力し合う。そして、困難で立ち往生することがあっても、ぶれずに当たり前のことを当たり前に全うすることの大切さを教えてくれた。僕はこの旅で本当に多くのことを学ぶことができた。その学びで感じたことをできるだけ多くの人に還元したいというのが今の僕の原動力かな」
デニスは目を細めて口角を上げながら頷く。
「なるほど。分かりました。自分の生き方に誇りを持っておられるのですね。そんな風に感じることができるなんて羨ましい。あなた方のような存在が、今のソロモンに新しい風を吹き込んでくれるような気がしています。私もあなた方に出会えて心から良かったと感じています」
デニスが手綱を持ってない方の手を差し出すと、カミーユはその手をしっかり握りしめた。
馬車は丘へ向かう上り坂をゆっくりとあがってゆく。
霧は街中よりは少し薄いのかもしれない。夜なので真っ暗なのだが、それでも視界が広いように感じられた。
しばらくすると重厚な門を構えた邸宅が見えた。邸宅はひっそりと静まり返っている。門は当然ながら閉まっている。
「こんな夜にいきなり行って受け入れてくれるかどうか」
カミーユがここに来て自信なさげにつぶやく。
「そこよね」リーファがうーんと唸っていると、馬車がいきなり猛烈な勢いで走り出した。体が大きく揺さぶられる。
「どうしたの?」リーファが焦り顔で御者を務めるデニスに尋ねる。
「私にも何がなんだか。馬の様子が急に...」
デニスは手綱を引いて必死に馬を制御しようとしているが、馬の気配は一向に変わらない。どんどん加速していく。
ハイドライドが前方に見える門を指さしながら絶叫する。
「やばい。やばいよ。このままだと門にぶつかる」
「えっ、嘘っ」
リーファが焦りの声をあげる。
馬車は止まる気配もなく見る見る内に門目掛けて突き進んでいく。
「みんな飛び降りて!」
馬車に乗っていた4人が左右から地面に飛び降りる。
人のいなくなった馬車は勢いを増してガラガラ音を立てながら進む。門にぶつかると思ったところで、馬が急旋回したため、馬は無事だったが、馬車の本体が遠心力によって真横から大きな音を立てて門に激突した。
馬車は圧し潰されたように破壊され、門の一部も内側に向け大きな穴が開いた状態になった。馬は大きな音にビックリして止まり、門からやや離れた所で落ち着いた。
4人はそれぞれ異なる表情を浮かべながら、門前に歩み寄ってきた。
「いったい、何があったんだ?」
「馬が急に落ち着きをなくした。どうしてなのか分からない」
「みんな無事?」
「うん。怪我はないみたいだけど。これは困ったね」
外れた車輪をはじめ、大破した馬車と壊れた部品が門の前に散らかっている。4人はその様子を呆然と見るしかなかった。




